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31/83

31.一週間後

「ところで実際の所、安全地帯ってどの程度の範囲なのかな?」


 精霊に頼むにしても、可否の見当や対価の見当をつけるにしても、現在の状況を知っておきたいというヘンリクの質問に、マーヤは肩をすくめた。


「調べたけど、正確な範囲は不明なのよ……事実として、南北の林の向こう側にも中型の獣や魔物は見付からなかったわ。草原と林を3つ超えて、地面に大きな亀裂がある辺りの向こう側で、ようやくアライグマを見付けたけど」


 たまたまいなかったのか、見付からなかっただけなのか、それとも加護の効果なのかの区別は出来ない。とマーヤは答える。


「確かにそうだね。罠を使った追加調査が必要だろうけど、かなり広範囲と言うのが事実なら、希望が持てそうだね」

「それにしても精霊を防衛に使うとか、よく思い付いたわね」


 マーヤのその言葉にヘンリクは、何を今さらと笑った。


「もともと人間は精霊の加護を得て生きてるんだよ? 加護を持たない者でも、精霊の力の発露である水や空気を得ているんだから。マーヤ君は頭が硬いよ。取引のような話を持ち出したのはあちらからなんだから。それなら、調整が出来るかもってだけの話なんだけどね」

「精霊と話が出来るなんて言っても信じて貰えないのが普通なのよ?」


 ヒトが精霊と話をしたなどという記録は数百年なかったことである。

 だから普通なら、精霊と会話をする機会があるという前提をおくことは出来ない。


 記録では、創造神の言葉を精霊が伝えたとされるが、表現が独特で、創造神が精霊なのか異なる存在なのかすらも分かっていない。

 だから万が一、言葉を交わせてもそれを理解出来るとは考えない。


 精霊との会話はそれほど希有で困難な出来事なのだ。


「でもアントン君が木の精霊と話したと言って、マーヤ君達はそれを信じたんでしょ?」

「そうね。あたしたちは、加護を得たことからそれを信じたけど、常識的に考えて、普通は信じないわよ」

「常識って言うのは厄介な思い込みだからね。あんなの地域や世代で変わっていくあやふやな流行みたいなものなんだけど。まあでも他の国の常識を壊せれば以降は安泰だと思うんだよね」


 過去の聖人達以外に精霊との対話の記録はなく、精霊との対話は不可能に近いというのが常識だ。

 その常識が間違いであったと、ここにいる者は知っている。

 アントンは仕事に真面目ではあるが、聖人という柄ではない。


「木の精霊による防衛が上手く行ったら、他国も信じざるを得なくなるわけね。この地が精霊の守護を得し国だって」

「うん。満月の頃にヨーゼフ君が水を奉納するのなら、その時が対話のチャンスになるから、僕とリコ君で条件の叩き台を作ってみるよ」


  ◆◇◆◇◆


 ヘンリク達が合流してから1週間ほどが経過した。


 川底の大きな穴は荒れ地の石で埋められ、川と岩山方向にあった柵は撤去され、代わりに土と乾燥した葦と竹、漆喰を使った土壁が半ばまで作られている。

 プロから見れば粗も多い素人仕事だろうが、隙間の多い柵よりはマシになった。


 川方向は柵があった時と同じく、川から水を引き込み、その用水路の外側に壁を作っている。

 用水路は川よりも深く掘られており、水の速度は緩やかだ。

 用水路出口と入口の両側には、堰板を入れられるような工夫がされているが、堰板になる板は、製材機がないと作れないため、現在は枠しかない状態である。


 用水路に沿って上流から、炊事、水浴び、水車、トイレとなる。

 水車は今は1つ。

 竹等の手に入りやすい素材を中心とした、短寿命のオモチャのような試験機である。

 いずれは軽めの製材機と揚水の2つの実験目的で使われる予定だが、現在は実験的に設置してみました。ほんの少し揚水できます。という程度でしかない。

 だが、僅かでも継続的に揚水が出来ることで草原の奥まで水を流すことが出来るようになり、草原部分の開拓速度が向上した。


 板などの入手が容易になれば、この隣に新型を設置する事も計画されていて、地盤を調えるための資材集めが始まっている。


 丘の上は増えた馬を入れるために厩が拡張された。

 結果、丘の頂上は馬たちとクリスタの馬車、貴重品が入った木箱が占有している。

 人間の食べ物も必要だが、7頭に増えた馬の食料も必要となるため、草原に作られた畑のほぼ8割が、ヒトも馬も食べられる草になっており、馬の世話は主にリコの仕事となっていた。


「そろそろ満月だし、方針を相談したいんだけど」


 とヘンリクが言い出したのはその頃のことだった。


 丘の下に設えられた休憩所――丸太の椅子と、木箱のテーブルがあり、竹で作った日除けがある――に野草で作った茶と、どんぐりを粉にして作ったクッキーのようなものを並べ、クリスタを含む全員が揃ったところで会議が始まった。


「方針ちゅうと? ああ、前に話したっけ件だべか? いずれ国ば目指すために、精霊にこの土地ば守って貰おうっちゅう?」

「そうだね。具体的に何をお願いするのか。対価はどこまで許容出来るのかの共有は必要でしょ?」

「まあ、そうだげっとさ。何が考えはあんだべか?」

「叩き台は僕とリコ君が用意したよ。前に話したのと大体同じだけどね。リコ君から説明してみて?」

「まず、現在の加護はそのままです。可能なら加護の範囲にアントンが作る村、いずれ国になりますが、その民を含めて貰います」


 リコの言葉に、マーヤは頭を抱えた。


「まずとか言った割にとんでもないこと言ってるわね。なに? ここに移民したら全員が木の精霊の加護を得るの?」

「それが理想です。誕生時点で得られる加護に影響が出ないように、木の精霊の加護を得るのは5才の誕生日とします」

「他の精霊の加護も得られるみたいな言い方ね?」

「産まれながらに加護を持つか否か、という部分が変らないのなら、恐らくは。他の精霊の加護を得られて、中に水の精霊の加護持ちがいれば、対価支払いの継続時間が延びますから、お互いに利のある提案です」


 精霊の行いは自然現象と同じだ。

 人間が何かをしても、大勢は変化しない。


 朝になれば太陽が昇り、夕方になれば太陽は沈む。

 洞窟にでも籠もれば、太陽を見ずに生活することもできるが、それで太陽が昇らなくなるわけではない。

 常に同じようなことが続く。

 リコの述べているのはそうした考え方が基本にある。


「その法則に介入しようというのがヘンリク様の方針ですので何事にも例外があるわけですが、そも、精霊と対話した例など、精霊神殿の記録にしかない希有なことで、言ってみれば一種の奇跡です」

「奇跡を味方に付けられるのなら安泰ね……それで?」

「現在の加護の範囲は、想定外なほどに広かったため、まず川沿いの距離を現在の2倍、面積は2.2倍に広げ、0.2倍を使って荒れ地側も含んで貰います」


 マーヤやリコが調べた限り、魔物も中型の獣も、周囲の林にはいなかった。

 その範囲は、リコの言うように想定していたよりもずっと広かった。

 南は大地に線を引いたように荒れ地があり、途中から深い亀裂になってる三つの林を超えた先。

 北は、岩山があって、植物が生えていない、九つの林を超えた先。

 なお林と林の間は、草原だったり、沼だったりと多様だ。


「差し渡しの距離にして、ざっと……10キロくらいはあったかしら? 木がまばらだから林って呼んでるけど、広さで言ったら森よね」

「林と森の定義は、その『まばらである』か否かで分かれますよ。あれらは中に光がそれなりに入っていましたので林ですね」

「距離はその2倍? 国と考えると少ないように思うのだけど」


 差し渡しで10キロ。2倍なら20キロ。

 林や草原の幅は区々だが、例えば丘のある草原だと川から岩山までで150m前後である。

 加護で守って貰う範囲と考えると広すぎるが、国土と考えると極めて小さい。


「話はちゃんと聞いてください。まずは2.2倍です。後々増えますから」

「増える? ああ、植物が生えた土地も対象にするとかって言ってたあれね?」

「ええ。なので、距離は20キロ。面積は、我々の努力で増やせます。そのために、0.2倍で荒れ地側を含めます」

「植物がないのに?」

「ええ。まあ、それは今現在の話です。仮に我々が、土を運び、水草を植えれば、よそ者は水に近付くことさえ出来なくなります。馬に水を与えたくても、馬は大型の獣ですので、それもダメです」


 あれ? とマーヤは首を傾げた。


「馬は大型の獣……確かにそうね。それならなんであたし達の馬は平気なのかしら?」

「分かりませんが想像は出来ます。我々の所有物は例外なのでしょう。森人とも契約しているような発言があったそうですので、人間の要望に応える事に慣れているのかもしれませんね」


 話が通じたのは、森人との対話の成果なのかもしれない、とリコは笑った。


「……なるほど。まあ、それはさておき、範囲は当面2.2倍。それは今後増えていく、という事は理解したわ。その範囲内で、条件は植物がそこにあること。効果は我々に敵意ある者と、魔物、中型以上の獣の禁足だったかしら? そっちは変更はあるのかしら?」

「私とヘンリク様は禁足で十分と判断しましたが、何かあれば意見をお願いします。禁足だけでも、防衛についてはかなり安心できますし、今以上を望んで対価を用意できなくなっても困りますし」


 リコの言葉に、なるほどと頷くマーヤ。


「でも、国家として考えると、先々をどうするのかも決めておかないとよね? あたし達がいなくなった後の事とか」

「まず、今ここにいるメンバー……クリスタお嬢さんをどうするのかは要相談ですが、ここにいるメンバーを責任者チームとします。村なら村長と長老、国家になれば国王とその重臣といった所でしょうか」

「現時点ではそうせざるを得ないわね。クリスタちゃんは、王女様ポジションかしら。重臣とは違うわね」

「その責任者チームに属する全員には任命権が与えられるものとします。任命権はそれぞれ1名分。有事の際は合議の上、期間限定で枠の増加もあり得ます。仮に任命者存命の内に被任命者が死亡したら、カウントは戻ります。被任命者は、任命者が存命中は、任命権を除く、任命者と同じ権利と義務を有します。任命者が死亡した後、被任命者は任命権を相続します」

「あー、要は弟子を育てろってこと? で、重臣は重臣が育てた弟子が継ぐような感じね? 徒弟制度みたいな感じを考えてるのかしら?」


 徒弟制という言葉に、リコは思わず失笑した。


「徒弟制……大臣と副大臣に近いものを想定していたのですが、的を射た表現だと思います。同じ仕事を一緒に行って仕事を覚えさせ、仕事を引き継いでいくやり方ですね」

「それ、任命者が任命せずに死んだらどうするの? あと、ふたり揃って死んだりとか」

「その場合、遺言があればそれに従います。遺言がなく、他の者が残っているなら合議で任命者を決めます。これで任命権のカウントは減りません。他の者が残っておらず、遺言もなければ国民による投票で決定することになりますね」


 静かに話を聞いていたアントンが、手を挙げて発言の許可を求める。


「どうぞ?」

「うむ。随分と細かな部分まで検討済のようじゃが、今のは国家となった際の法の下敷きになるものじゃろうか?」

「それは僕からだね。一応、各国の法律の書物があって、使えそうな部分を抜粋してるだけだよ。将来立法府が出来た時に参考になるように栞は挟んでるけどね。それで、叩き台はリコ君が述べたモノになるけど、意見や質問はないのかな?」


 暫く、全員が腕組みをして考え込む。

 そんな中、クリスタが手をあげ、ヘンリクは嬉しそうにクリスタを指した。


「はい、クリスタ君」

「議題にあった筈の対価のお話がまだですわ」

「うん。良い指摘だね。大人達は見習うように。リコ君、説明を」

「はい。対価については、相手からの提示をお願いします。面積から考えて2倍前後が妥当ですが、今後の対象人数が増える事や、条件の面倒さから考えて面積あたり5倍までは許容と考えています」

「面積が2.2倍だから、11倍じゃな? 頼み事の割に少なくないか?」


 元より、器はそれほど大きくはないのだ。

 10倍を超えると大変そうにも思うが、アントンはそこは心配していなかった。

 むしろ、木の精霊がそれで納得するかを心配していた。


「元が少ないからなぁ、わしん魔法なら百倍でも問題はないべ?」


 全力を出せば、風呂桶一杯程度は出せる、必要なら任せろとヨーゼフが力こぶを作って叩いてみせる。

 この際、筋肉の出番はないが、気合いだけは伝わってくる。


「人数や攻撃頻度が僕らの予想を超えていた場合、見直しが入るかもしれないから、余裕は持っておくべきというのが私とヘンリク様の一致した意見なのです」

「あー、精霊がそのような事を言うだろうか?」

「アントン君は精霊のやることを予想出来るのかい?」

「うむ、まあ無理じゃな」

「僕も無理だから。より安全な道を選択すべきだと思うんだ」

「そうじゃな……しかし木の精霊がどういう存在なのか、未だに掴み切れんと思っとったが、そうか、これは普通なのじゃな」

「木の精霊……」


 クリスタは何やら思い出そうとして首を傾げている。


「どうしたの?」

「木の精霊は、四元素全てを内包するんでしたっけ?」


 と問われ、あまりそちら系の知識が特異ではないマーヤは


「う」


 とうめくとヘンリクに答えろと視線を送る。

 苦笑しつつもヘンリクはそれに答える。


「精霊神殿の教えでは、四元素全てを内包しますよ。土からなり、水を用いて、風に手を伸ばし、そして火となる。地水火風すべての親の因子を内包する優秀な精霊ですね」

「でもたしか、精霊の子供は親の精霊よりも弱いんですよね?」

「よく勉強してますね。その通りです」


 例えば荒れ地を生み出したと言われる火の精霊。

 火の精霊は地水火風の四元素のひとつ、火を司り、その力は精霊の中で最大級とされる。


 他の精霊は四元素の組み合わせからなる。

 その関係はクリスタが述べたように、親子にも例えられる事がある。


 そして子の権能は複数の親の権能からなるため親の精霊よりも幅広い。

 だが、器用貧乏と言うことでもないだろうが、その分力は弱い。

 それに対して親は特化型で強力無比。


 クリスタが述べたのはそういう意味である。

 そこに、念のためにとアントンが補足する。


「念のために言っておくが、力が弱いと言ってもそれは四元素の精霊に比しての事じゃ。この辺りを魔物の禁足地にしたのは木の精霊であることを忘れてはならんぞ」


 人間の物差しでは、「どちらもスゴい」としか言えない。

 そこを間違えると大変な事になる。


「それで、クリスタちゃんは、何が気になったの?」

「あ、はい。水の精霊の子供なのに、なんで木の精霊は自分で水を出さないのかなって」

「あー、なるほど? ヘンリクはどう思う?」


 素早くヘンリクにパスを回すマーヤ。


「いや、その観点はなかったから考えてなかったよ。クリスタ君の着眼点はなかなか面白いね……まったく根拠も何もないけど、他人が作った水の方が、木の精霊にとって魔力とか、そういう何かが豊富で、本当に欲しいのはそれなのだとか? あ、そうか。それも確認しないとね」

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