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28.まず村を目指そう

 荷運びとヘンリク達の天幕の用意が調ったところで、ヘンリクが会議をしないかと言い出した。


「会議だ? 必要なこたぁ、マーヤが伝えたべ?」

「あんまり楽しい話じゃないんだけど、今回の騒動の裏の事情を調べたんだ。聞きたくないかい?」

「あら、黒幕でも分かったのかしら」


 マーヤは楽しそうに笑った。


「実行犯はいるけど、たぶん、黒幕はいないかな」

「それじゃ、アントンの畑の横辺りで休憩にしましょうか。ところでそれってクリスタちゃんに聞かせても良いお話かしら?」

「それが何にせよ、知識はいずれ力になるよね?」


 まあ良いか、とマーヤはクリスタと共にハーブティの用意を始める。

 とっておきの砂糖は消費したくないので、甘藷と豆を潰して柔らかく焼いた軽食を付ける。


 木箱を置いただけのテーブルの回りの丸太を転がしただけの長椅子。

 テーブルの上には木のカップに入れたお茶と、木皿に取り分けた軽食。

 それを囲んでヘンリクの話が始まろうとしたところで、マーヤが口を挟んだ。


「あたしの予想だと、貴族派が利権目当てにやったこと。王が代替わりして、まだ側近やその周辺は安定していないから、王に何かを吹き込んだのはそこら辺から。どう、合ってるかしら?」

「……合ってますね。僕が話すことが無くなっちゃいましたよ」

「さっき、黒幕がいないって言ったでしょ? それなら、小物連中が金目当てに好き勝手したのかなって分かるわよ」

「……それじゃ、この先王国が衰退していくことも予想してますか?」


 マーヤはヘンリクの言葉をうまく解釈できなかった。

 自分の仕事には誇りを持っていたが、同じようにやれば誰がやっても大差のない仕事である。

 ヨーゼフの仕事は職人芸の域にあるため代替は難しいが、それも職人がひとりやふたりいなくなった程度で国が傾くはずがない。


「どういう意味よ?」

「ふむ……ああ、そうか。現状を知らないとそうなりますね。マーヤの所だと、軍でやっていた訓練の内、工兵の訓練が中止になりました。ヨーゼフの所だと、計画段階にあった炉の新設計画が白紙に戻されて、王都の近くに新型の炉を作ることになりました。アントン君の所だと、種が元々の品種に戻されたのと、小さな畑をひとつにまとめて、大きな畑で一種類だけ作るようなやり方に変えるそうです……おや?」


 ヘンリクはそう言って首を傾げた。


 なぜならば、マーヤ、ヨーゼフ、アントンが頭を抱えていたからである。


「……よりにもよって無策なの? いいえ、否定するだけなんて無策より悪いわ。それならいっそ、他国の謀略とかの方がマシよ」


 マーヤは絞り出すようにそう言った。


 周囲の変化がないのなら、という前提条件が付くが、今までうまく回っていた事を変えずに踏襲するなら無策でも良い。

 だが、周囲の変化がないのに、今までうまく回っていた事を変えてしまうなら、それは国を滅ぼす事に繋がりかねない。


 これが他国の謀略であるなら、目的は水と作物だ。

 それならば、それらの確保に悪影響が出るような真似はしない。

 ――それならば、国が滅びようとも民は残る――

 マーヤの言葉はそういう意味だった。


 正しくその意味を理解したヘンリクは


「僕もそう思うよ」


 と頷いた。


 マーヤがやらせていた、自領の民の賦役を使った治水工事――賦役とすることで自領の持ち出しとなるが、国の出費は最低限にする――は廃止された。

 国による治水工事計画があるわけでもない。ただやめただけだ。

 そしてこの国に残った重臣たちは、川の氾濫は恵みをもたらすように制御できると考えている。

 そもそも氾濫を制御するというのは治水の基本だ。

 それなのに、治水工事をしないなら、それは制御をしないという意味になる。


 ヨーゼフの行なっていた汚染の少ない炉の新造を中止させ、他国で開発された最新の高効率な炉を王都のそばに作ろうとしている。

 だがその炉は、水や木の少ない他国で生まれた高効率型で、汚染物質の排出抑止などは一切考えていない。

 煙、排水、炉で砕いた鉱石を溶かして残ったスラッグ。全てがその近隣を汚染する。


 アントンの作った冷害に強い種は廃棄され、古い種の植え付けが決定された。数年前の冷害で大きな被害が出なかった事から、冷害は大したことはないと思っている者が多いためであるが、冷害を乗り切れた理由については考えが及んでいない。

 加えて、小規模な畑を大規模化する計画も進んでいる。

 農業は土地土地の気象条件などに合わせ、種蒔や収穫の時期が決められている。

「長年の経験から諸々を決めている」「ご先祖様と同じやり方」などというと根拠も進歩もないように見えるが、実のところそれは、経験から得られる統計情報を元に試行錯誤して築かれた知識と技能の集大成なのだ。

 その、ほとんど数字として記録に残っていない統計情報を得るために使った時間は数十年から数百年である。

 先祖代々の農法はそうした時間を積み上げた上にあるものなのだ。


 皆は肩を落して大きな溜息を吐いた。


「おじいさま。力を落さないでくださいまし」


 クリスタがアントンに腕に抱きついて心配そうにその顔を見上げる。

 アントンは、大きな溜息をもうひとつ吐くと、破顔してクリスタの頭を撫でた。


「そうじゃな。もう、関係のないことじゃ。ワシらはワシらで自由にしよう」


 アントンの言葉にマーヤとヨーゼフも頷く。

 が、ついついマーヤの口からは愚痴がこぼれる。


「そうね……それにしても貴族派には愚か者しかいないのかしら」


 そのマーヤの問いにはリコが答えた。


「これは私の推測ですが。王だけに吹き込んだ筈の嘘が、それを嘘と知らない官僚達にも伝わり、嘘を元にした対策がされた結果と思われます。もしも貴族派が元に戻せと言えば、追放の根拠を失いますので、言い出せなくなっているのでしょう……彼らが自分の嘘を制御仕切れなかったという意味では愚かなのでしょうね」

「おじいさまの小麦の種は廃棄されてしまったのですか?」


 クリスタの問いかけに、ヘンリクは悲しそうな顔で頷いた。


「そうだね。僕たちが知る限り、各農村に保管されていた種は回収されて、昔のものに交換されたよ。回収した種を保管していれば良いのだけどね」

「そんなの許せないわ」


 憤るクリスタだが、それで何が変るものでもない。

 クリスタ以外は、国に立ち入ることすら許されていないのだ。

 何も出来ない以上、それは負け犬の遠吠えと同じだ。


「許せないと言っても、ここで何を言っても彼らには届かないよ?」


 ヘンリクがごく当たり前の主張をする。


 現在、クリスタ以外はどこの国民でもない。

 クリスタにしても身分は平民に過ぎない。

 国や貴族を相手にしようにも自身の力の根拠がないのだ。


 がっかりしたようなクリスタを見た、それはマーヤの気の迷いだったのかもしれない。


「なら、いっそ、あたし達で国を作りましょうか?」


 マーヤはそう言ってクリスタの頭を撫でていた。


「馬鹿ば言うでね」


 子供の前で、大人が無責任なことを言うのは良くないと、ヨーゼフがそれを即座に否定する。


「馬鹿かしら? 国に必要なのは統治者と民と土地よね」

「僕の知る限りだと、他に外交能力も必要だね。他国に認めて貰わないとならないし。でもそもそも建国の目的は? 戦争でもするってことなら止めるけど」


 国を作る目的を問われ、マーヤは


「あたし達の足場を固めるためかしら?」


 と自信なさげに首を傾げた。


「それは順番が逆ではありませんか?」


 とリコが口を挟む。


「まず、足場を固めて、人数を増やした上でなければ国を自称する妙な集団だと認識されます。その上、豊富な水があると知られれば戦争……いえ、国と我々の関係性から考えれば、単なる討伐ですね。討伐されるかもしれません」

「だべな? ほれマーヤ、悪いこた言わねぇ、止めとけ」

「僕からも今はやめておくように進言するよ」

「……じゃが、目標としては面白いな。国を作ることをワシらの目標にするのはどうだろう?」

「でもおじいさま。この土地はまだ村とも呼べませんわよ?」

「ならば、まず村を目指そう。いずれにせよ、ワシらの生活環境を調えていく必要はあるんじゃ。その上で、いつかは他国が戦争を仕掛けるのを躊躇うほどの力を得て国を名乗れるようにするというのは無理じゃろうか?」


 アントンの言葉に、クリスタはなるほど、と頷くのだった。

まだまだやることが山積みですが、全員に建国ということを意識して貰いました。


ここから建国のための村作成に向けての奮闘となりますが、建国に向けた村の作成に言明(ワシらの建国はこれからじゃ!)までが内容的には1巻の終わりに相当します。

切りは悪いですが、ここまで読んでくださった皆様にお願いです。

それなりに面白かった。

まだ続きを期待している、などと思ってくださいましたら評価を頂けますと幸いです。

つまらないからそろそろ終れ、というご意見の方は低評価を頂けますと参考になります。

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