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27.方針説明

 クリスタが連れ戻ってきたアントン達は、長年の習慣で貴族らしい挨拶を交わしかけ、苦笑いしながら庶民風の挨拶に切替える。


 ヘンリクは森人からの伝言を皆に伝え、アントン達はヘンリク達を受け入れる前提で、当面の天幕をどこにするか、などの相談を始める。

 まだこの場所には家と呼べる物はない。強いて言えばクリスタの箱馬車が最も優れた住環境なのだ。


 なお、クリスタの馬車や馬たちを丘の上に置いているのは、川が増水した場合でもそこまで水がこないからだ。

 仮に丘の高さを超える波が発生しても、丘に到達する前に周囲の荒れ地に流れ出て終わる。

 鉄砲水でもあれば別だが、地形的にそれも考えにくい。

 だから、貴重な物品は丘の上に保存するように計画されている。


 天幕の設置の前に、そうした保護すべき品はないかと問われたヘンリクは


「僕の荷物の大半は空の樽と発酵中の酒が入った樽だね。あと飼葉と僕たちの食事。それに夜営関連道具。この土地では全て貴重だけど、優先して保護すべき品と言ったら本かな。それで、本の置き場所はあるだろうか?」


 と答え、リコもまた系統の異なる書物が消耗品以外の大半を占めると答えたことで、


「丘の上のスペースは限られているのよ。書物かあなたたちのどちらかを水没しない丘の上に上げる、と言ったら?」


 とマーヤが尋ねる。


「書物だね。濡らさずに置けるならそうすべきだ」


 間髪入れずにヘンリクはそう答えた。


「理性的で話が早いのは助かるわ。本の入った木箱は丘の天辺の厩のそばの木の下に、空の樽を並べた上に置きましょう。防水の布はあるわね? なら、それを掛けておいて。いずれは倉庫も欲しいけど、今はこれが限界ね。当面はアントンの指示に従って天幕を張って頂戴」

「ワシか? ……可能なら草原は避けるべきと考えると、そう選択肢はないんじゃがな」


 アントンは、丘の中腹を一周するように作られた通路の南側を彼らの仮の居住地として指定した。

 そこは頂上を安全地帯にする際に出来た場所であり、何かが攻めてきたら危険地帯となる。

 が、獣や魔物がこないと分かっているなら、草原が水没しても水に流されないそこそこ平らな高台となる。


「草原よりも高いって言うのは助かるよ。でもここ、丘の上を切り崩して、丘の頂上部分を広げたりすれば、もっと高台を広げられそうだけど、そこまではしないのかい?」

「今後人が増えたら、必要かもしれなんが……ワシらじゃ体力的に厳しいな」

「そう言えば、よくこれだけの人数でここまで掘ったね?」

「掘った残土を上にあげたから、その分深く見えて居るだけじゃよ……あまり力仕事が出来る者がいないのがワシらの問題点じゃな」


 そうぼやくアントンに、ヘンリクは確かに、と頷く。

 リコが


「マーヤさんは割と体力派だと聞いていましたが」


 と呟くと。


「それを言えば、ワシもヨーゼフもそうじゃな。ワシは畑仕事、ヨーゼフは鍛冶に関わることなら何でもやっておるから、貴族にしては力がある方じゃろ」

「だけんど、わしらじゃこれ以上は無理だべな。力の使い方は知っとるから、若いのよりも効率は良いけんど長時間の作業は腰に来る」


 アントンとヨーゼフはそう言って苦笑する。


「……なるほど。私もあまり人の事は言えませんが……アントンさんの土の加護では無理なのですね?」

「……アントンとマーヤは手であれを掘ったぞ? 出来るならやっとるべ?」

「いや、まあ、慣れてきたら少しは使っておったんじゃが、分かりにくいんじゃよ、アレは」


 話が発散し始めてきたため、マーヤが手を叩いて皆の注目を集める。


「積もる話は後にして。まずは二人の馬車を川のこっちに持ってきましょう。ヨーゼフ、頼めるかしら?」

「おう。なら天幕とか、今日すぐ使うもんだけでもこっちに運んでくれんかの。わしゃ柵の一部ば外して川の浅いところに印を置いてくっから」

「お願い。いずれはもっと渡りやすい場所を作りたいわね」

「ふむ……当面やることが決まるまで、その辺は僕とリコ君が担当しようか」


「二人にはその前に、まず一通り見て貰って、改良案があったら聞かせて貰いたいわ。あなた達の知識には期待しているのよ」

「ん。じゃ、リコ君。軽く一回りしてみようか」

「なら、今の方針だけ伝えておくわ。大前提として、ここは仮の拠点と考えていて致命的不備があれば移転も視野に入れます。だから馬車は壊さずに置いておきたいの。馬車を壊せば板が手に入るけど、それはしないってことね。で、今は水路を広げて、川沿いの水路に竹を利用した小型の揚水水車を作ろうと思っているわ。板を多用する製材機とかは板がないからずっと先になるわね。農作業のためよ。あと、馬は貴重な資産だから厩の強化と柵の強化もしたいわ。ヒトの利便はその後で考えます」

「ふむ。馬車を残しつつ農業を充実させ、馬を保護するわけですか。いずれも理由は分かります……ところでマーヤ君、皆の家を建てる計画はないのですか?」


 ヘンリクの質問にマーヤは困ったような顔をする。


「まだ早いとあたし達は考えているのよ。さっきのヘンリクの意見にもあるように、高台部分を広げたいとも思ってるんだけど、家はその後でしょ? 木の精霊がこの土地を守ってくれることで、随分と計画の見直しが必要になったの」

「なるほど」

「それとさっきも言ったけど板不足が問題なのよね。何とか水車を作って製材をしたいのだけど、製材ができる程の水車となると大量の板を使うから、全然足りないの。後、水車で製材が出来るようになっても、伐採した木材は乾燥させないと使えないでしょ?」


 マーヤはそう言って、畑のそばに無造作に詰まれた材木を指差す。


「ああ、あれは材として使うための乾燥中なのですね。薪にするのかと思っていましたよ……でも僕の知る限り、使えるようになるまで1年近く掛ると聞きますが」


 そうすると、製材機も家もその後になるのか、とヘンリクは溜息をつく。


「それ、ちょっと手を掛けると半分になるのよ?」

「ほう、興味深いですね。どのような方法でしょうか?」

「それは後で説明するわ。先にヨーゼフと一緒に必要な荷物と出来れば馬車も渡しちゃって頂戴」


 マーヤは馬車を指し示す。

 そこではヨーゼフがリコと共に天幕など、すぐにも必要になる荷を下ろしていた。


「おっと……新しい情報に触れるとついつい夢中になってしまう。僕の悪い癖です」


 ヘンリクは頭を掻きながら川を渡ってリコが降ろした、川に落したらまずい荷物を手で運び始める。

 それを見て、クリスタもそばに近づき、運んでいる荷物を見て、運べそうな物もあると判断してから


「お手伝いします」


 と声を掛ける。


「おお、ありがとう。本の箱はお嬢さんには重いから、天幕を頼めるかね?」

「はい」

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