20.仮設柵の設置
杭を打つのは、掘った土を乗せた場所なので、まだ土は軟らかい。
アントンが手応えが変る深さまで杭を打ち込み、更に5cm深くまで打つ。
杭の周囲の土に少量の水を掛け、砂と石を乗せて踏んで、暫定の杭打ちの完了だ。
そんな手抜き工事で杭を打ち、打った杭と杭の間にヨーゼフとマーヤが細い木を渡してツタの紐で縛って貫とする。
貫の本数は最低3本。切ったばかりの生木なので、細くても簡単には折れない。
クリスタはと言えば、その貫の所々、マーヤに指定された場所に、払った枝や灌木を目隠し代わりにぶら下げたり縛り付けたりする。
「マーヤさん、目隠しって言っても、この辺に人間はいませんよね? 誰から何を隠すんでしょうか?」
「獣や魔物から頂上の地面を、かしらね。考えてみて。飛び込む先の地面がはっきり見える場所と見えない場所、クリスタちゃんが狼だったとして、飛び込むならどっちに飛び込む?」
「見える場所ですね……ああ、相手が入ってくる場所を限定するんですね?」
だから、目隠しを付けない場所があちこちにあるのかとクリスタは頷く。
「そ。まあ、相手も馬鹿じゃないから、いつまでも通用する手じゃないけどね」
これは暫定的な方法で、永続的な拠点をここに作るなら、もう少し色々と考える、とマーヤは笑った。
「色々というと?」
「まず罠ね。敵が通れる場所を減らして、必ず通る場所には乱杭を打ったり、ロープを張ったりすれば飛び込んで来た獣や魔物は動きが鈍るわ」
乱杭――上端が尖った杭を不規則に、飛び込んでくる付近に打っておく。
飛び込む際に刺されば重畳だが、マーヤもそこまでは期待していない。
期待しているのは、木刀による打突のような効果だ。
飛び込む時にぶつかる敵があれば、杭の先端という狭い範囲に発生した、自身の体重と勢いを乗じただけの衝撃が帰ってくる。
加えて、当たらなくても乱杭は敵の視界と動きを阻害する。
林の中と似たような環境だが、面積辺りの本数が違う。
釘などを打ち付けた乱杭を混ぜておけば、効果は更に高くなる。
そしてロープ。
これは複数の高さを用意する。
ロープは地面にいる生き物が直進しようとした際に引っ掛かるように張り巡らせる。
これで相手は素早い動きを殺されるし、動きやすい方向に動くだけなら、行動の先読みも簡単になる。
速度を奪えば相手の武器の半分は奪ったようなものだ。
とマーヤは説明をする。
「色々な方法があるんですね。でもロープがあると人間が武器を使えないのではないでしょうか?」
「ん? 人間の武器は槍よ。突くの。あと、上から叩くのも場所に寄っては許可。高い所のロープは多少緩みを持たせるから、柄の部分がぶつかっても問題はないわ」
「槍ですか。頑張ります」
自分も戦うと意気込むクリスタに、実戦はまだ早い、とマーヤは笑い、そして少し残念そうに辺りを見回した。
「本音を言えば、もっと広い範囲を石壁で囲みたいんだけどね」
それが本来あるべき防御の形で、それが出来ないから姑息な手段に頼るしかないのだ、とマーヤは肩をすくめた。
◆◇◆◇◆
丘の頂上を取りあえず柵で囲んで、クリスタの馬車と全員の馬をその中に入れる。
ここに来る途中で集めた竹を使って川沿いに屋根と目隠しを作って仮設のトイレとして利用する。
肥料素材を川に流してしまうことになるが、馬がいるのだから肥料に困る事はない。
初日の工事はそこで時間切れとなった。
どれも割と中途半端だが、すべてが必要な作業で疎かには出来ない。
いずれにせよ、まだ見張りを置いての就寝となるのだから、柵があり、高い場所にいるだけでも、今までよりもマシである。
食事の後、クリスタとマーヤはクリスタの馬車で。アントンとヨーゼフはそれぞれの天幕で寝る。
初日の見張りはアントン、夜番は水魔法が皆の飲み水限定となり、余力が出来たヨーゼフである。
なお、クリスタは、回復魔法がいつ必要になるか分からないから、生活が落ち着くまではしっかり寝ておきなさいとマーヤにベッドに押し込まれた。
◆◇◆◇◆
昼間、大騒ぎをしていた人間に警戒したか、獣や魔物の襲撃もなく朝。
その日はアントンとヨーゼフが林に入って資材採集を行なう事となっている。
空の荷馬車1台と馬一頭を川向こうに戻し、ヨーゼフとアントンが歩いて川を渡っては川近くの探索を行なう。
マーヤとクリスタは、前日のアントンの作業を引継ぎ、石を柵の下の土が露出した斜面に埋め込む。
「これ、意味あるんでしょうか? 獣がガリガリやったら簡単に掘れちゃいそうです」
土の斜面に石を埋め込む意味をクリスタに問われ、マーヤは苦笑した。
埋め込むと言っても、斜面の土に押しつけ、泥で固めただけでは、軽い衝撃で剥がれ落ちる。
「石は斜面の崩落防止のために必要なのよ。土が剥き出しだとすぐに乾いて崩れるのよね。でも、出来れば粘土か漆喰で固めたい所ね」
◆◇◆◇◆
日が天頂を過ぎた頃、アントン達が大量の竹と粘土を持って戻ってきた。
「竹は根こそぎ伐ってきたっぺ」
「いや、地表だけじゃぞ? 地下茎は残してきたからな? すぐにまた生えてくるじゃろ」
などと言いつつ、馬車だけは川向こうに残し、馬で丘に竹を運びこむ。
大量の竹が山積みにされるのを見て、クリスタは斜面の石埋めを中断し
「竹は柵の補強に使うんですか?」
とマーヤに尋ねた。
マーヤは首を横に振る。
「そうするつもりだったけど、優先度を変えて壁と屋根を作るわ」
「そう言えば、お手洗いの屋根も壁も竹でしたね」
竹を割って紐で結べば、穴だらけで隙間風は通るが簡易的な目隠しになる。
薄く割って編んでも良い。
割って節を取った竹を交互に重ねて並べれば、隙間から多少の雨漏りはあるが屋根のようになる。
それを思い出したクリスタは納得顔で頷き、そのまま首を傾げた。
「……でもどこの壁にするんですか?」
まだ家を建てる話が出ていなかったのを思い出したのだ。
「頂上に全体的に、かしらね」
一晩を過ごしてみて、丘の上は風の問題があるとマーヤは判断していた。
大した高さではないが、地上よりも風がよく通る。
建物などの制作はまだ先の予定だったが、一晩過ごしてそれを実感したマーヤは壁作成の優先順位を上げたのだ。
壁の候補として、マーヤは土壁を考えていた。
竹を芯材にして、土で固めれば、風が抜けない壁となる。
軽い竹は、屋根材にも向いている。
いずれもそのままでは雨に弱いという弱点はあるが、そこは、今後の探索に期待する。
「本当は建物を作るのはもっと先の予定だったんだけどねぇ」
マーヤは視線を丘の上で飼葉を食む馬に向ける。
「え、馬のためですか?」
「そうよ」
丘の下なら風の影響は少ないが、それでは獣から守れない。
丘の上に生えている数本の木の木陰に入れることで雨から守ることはできるが、吹きさらしでは体を壊すかもしれない。
人間は寒ければ服を着るが、馬は自発的に服を着たりしない。
だから人間が守ってやらなければならない。
荒れ地暮らしで馬の労働力を失うわけにはいかないでしょ、とマーヤは笑い。
「土壁で覆えば、獣の侵入を阻止出来るからって理由も大きいんだけどね」
と付け加えた。
「土壁って農家がたまに使ってるの見ますけど、藁とかはどうするんです?」
土壁は、木や竹の組んだ下地に、刻んだ藁を混ぜ、水で溶いた土を塗りつけた下地が一番シンプルな構造となる。そして更にそこに漆喰を塗る。
それを知っていたクリスタは、藁をどうするのかと尋ねた。
「川に生えている葦を使うわ」
川の丘側の岸には沢山の葦が生えている。
それを乾燥させて使うとマーヤは答えた。
「乾燥って……時間が掛りますよね」
「そうね。まあ竹も乾燥させないとだから、ちゃんとした壁を作るのは少し先になるわね。乾燥はヨーゼフに水の精霊魔法で頑張って貰うわ」
「乾燥って水の精霊魔法で出来るんですね……あ、でもヨーゼフおじさまの精霊魔法を使っちゃうと、また見張りは出来なくなりそうですね」
「そうね。まあみんなの飲み水とかもお願いしてるから、あまり無理はさせられないわね」
「川の水が綺麗でもさすがに飲めませんからねぇ」
「そっちはアントンが濾過器を作る予定ね」
濾過器と聞いてクリスタは嫌そうな顔をし、どうかしたのかとマーヤが尋ねると。
「小さい頃、濾過器の水を飲んで、お腹を壊したことがあるんです。見た目は綺麗だし、匂いもなくなってたんですけど」
と俯いてお腹をさすった。
「アントンは何をやらせてるんだか。そりゃ、濾過器の水は綺麗に見えても湯冷ましにしてからじゃないと飲用には向かないもの」
「おじいさまにも言われましたわ」
「まあ、今回のも沸かす前提だから大丈夫よ。ここは燃料になる木が多くて助かるわ」




