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2.追放される者たち

「……よって、師匠を3等の国外追放刑にするとのことです」


 アントンにその沙汰を知らせたのは、アントンに師事する若者だった。

 (ヘクター)はアントンの友人の伯爵家の四男で家からは男爵位を預かっている。

 商人として身を立てつつも、彼は自領を豊かにするためにアントンに請うて農業の基礎を学んでいた。

 たまたま別件で王宮を尋ねた彼は門前の布告を見て真偽を確認し、慌ててアントンに知らせに来たのだ。


「……なんということだ……すぐにも釈明に行かねば」


 ヘクターがメモしてきた罪状には、アントンはすべて心当たりがあった。


 だがそれらは決して法に反したものではない。


 国のために、先王の認可を得た上で。物によっては先王の指示で施行してきたものばかりである。

 なぜそうしたのかという理由を新王に伝えれば、誤解はすぐにも解ける。


 アントンはそう考えたのだが。


「……それが……確認したところ師匠の爵位に伴う権利は既に停止されており、登城しても城に入れるな、師匠達の言葉を伝えるなとの厳命が出ているのです」


 言いにくそうにヘクターがそう伝えると、アントンは驚愕で目を見開いた。


「なん……だと? 新王は臣の声を届けるなと言っておるのか? 『不敬3回』以前の問題ではないか。国が滅びるぞ」


 王に意見を述べる際、不敬は2回までは許される。

 王に直言できる者の口を塞ぐことの愚かさを知っていた昔の王が定めた規則である。

 だが今回の沙汰はそれ以前の話だとアントンは憤った。


「はい。今までのやり方から外れており、布告の確認をする際に不安視する声も聞こえましたが……それよりも最悪なことが」

「……まだこれ以上があるのかね?」

「……追放の期日は布告日を含めた3日後までと」


 それが、ヘクターが慌ててて知らせに来た理由だった。

 追放の期日とは、その日までに追放を実行せよという期日である。

 そして、追放刑の執行は本人の責任に於いて実施しなければならない。

 国外追放を言い渡されたアントンの場合、期日を過ぎて国内にいれば追放破りの罪となる。


「3日じゃと? ……通常手続きならワシに連絡が来るまで2、3日。下手をすれば通達を受けてすぐに、追放刑破りで捕らえられるではないか」


 こうした通達文書は布告内容を元に文書管理院が手紙を作成する。

 その際、手紙の内容に誤りがないかを精査の上、となるため、数日を要するのが普通なのだ。

 それがアントンの言う通常手続きである。


 だが3日というカウントは、アントンに通達が届いた日ではなく布告日から開始される。

 追放刑を申し渡される者は、貴族や元貴族に限られる。

 彼らは自身の責任で追放先まで移動しなければならない。

 もしも通常手続き通りに3日後に通達を受けた場合、布告日から数えて3日を経過してもなお国内にいるという理由で、その場で追放刑破りの重罪を科される可能性もあるのだ。


「理不尽な……いや、いずれにせよ、たった3日では他国に向っても早馬を乗り継ぎでもしない限り国境にすら辿り着けぬか……ヘクター、わざわざ伝えてくれてありがとう」


 アントンはヘクターに報告の礼を述べ、自ら城の門前まで足を運び、ヘクターの言葉が正しかったことを理解した。

 そして、追放刑を受ける者が思っていたよりも多いことを知る。

 その中には友人の名前もあった。


 なお、3日後までに追放となっているのはアントンの友人2人を含む3名で、その後も不定期に数人が追放刑となっている。


 アントンは、同日までに追放される事となったヨーゼフとマーヤを集めて、今後の計画を立てることにした。


  ◆◇◆◇◆


 ヨーゼフに説明したアントンは、そのままヨーゼフを連れて王都のマーヤの屋敷に向った。


 友人用の応接室でアントンから話を聞いたマーヤは、執事を確認に走らせつつも、アントンの話が正しいと言う前提で今後の相談を始める。


「それで? ふたりはどうするのが良いと思う?」

「ワシらには案すらない。だからこうして相談に来ているのじゃ」

「本当に、どうしたものかしらね。今のところ、死ぬ以外の選択肢が見えないのだけど?」


 追放刑を受け入れる場合、期間内に他国に行くことは出来ず、既に平民となった彼らが追放破りという重罪を犯すことになり、そうなればアントン達は死罪か、良くて懲役刑――犯罪奴隷の別の呼び方――にされる。

 犯罪奴隷の懲役刑は、期間内に落命するような事故が多発する場所が普通で、刑期を全うできる者は少ない。


 これは追放刑と言いつつ、実質的な死刑だとマーヤは苦笑した。


「3日以内っていうのは、追放破りで処罰を狙っているとしか思えないわね」

「……新王は何を考えておるのだ」


 ヨーゼフ、マーヤを前にアントンはそう言うが、ヨーゼフはわしが知るものかよ、と笑う。


「今更言っても詮無きことだべ。それより、わしは何ばすればええ? それば考えるために集まったんだべ?」


 ヨーゼフに問われ、アントンは唸る。


「ワシが思うに3日では他国に向うのは無理じゃ。そこは同意して貰えているな?」


 アントンが訪ねるとヨーゼフとマーヤは頷いた。


「それにしても無茶な布告もあったものね」


 こうした布告は、通常、それなりの余裕を持って行なわれる。

 余裕のない布告は、発布した者の愚かさを伝える悪手なのだ。普通なら。

 だが、アントン達が不満を申立てても、それは王には届かない。

 だからこそ、こうした無茶が通ったのだとアントンは分析した。


 同時に、これだけ大きな事をどうすれば起こせるのかを考えた。


「ワシらは多分誰かに嵌められたんじゃ」

「わしたちば嵌めてもええ事なんがないじゃろに。ご苦労なこったなぁ」

「たぶん、貴族派の連中ね」


 ヴィードランドには貴族至上主義を掲げる貴族派が存在し、一定の力を持っていた。

 対する派閥は存在しない。

 貴族派か無所属である。

 俗に無所属の者たちを親王派と呼ぶこともあるが、親王派という集団があるわけではない。


「先王が崩御するのに合わせて準備していたのでしょうね。もしも親王派という組織があれば、こうした時に助けを求められたかもしれないけれど愚痴になるわね……愚痴を言っても始まらないわ。地図を見て考えましょう」


 マーヤは棚から北大陸の地図を出すと、テーブルに広げた。


 地図の北半分の大半は中央に山脈が描かれている以外は荒れ地である。

 南半分も荒れ地だが、小さな国を国境を接しないように並べる。

 国と国の間を繋ぐように線が引かれていて、黒い線は道路。青い線は川だ。

 縮尺はあまり正確ではないが、大まかな距離感はこれで読み取れる。

 概ねそのような地図を眺め、マーヤは溜息をついた。


「やっぱりどの国に向っても無理ね。早馬を変えつつ不眠不休でなら、東か西の国境には届きそうだけど」

「そりゃ途中途中で馬ば替えながら夜通し走ればな。だげんど、今のわしらにゃ、何の権限もねぇからなぁ」


 マーヤの言葉にヨーゼフが無理だと首を横に振る。

 基本、各地の早馬は軍が伝令用に管理している。

 稀に大商人などが各地の支店に自前で馬を確保することもあるが、そうでもなければ個人が使えるものではない。


「そうなのよね。分かってはいたけど、地図を見直しても都合の良い記憶違いはないみたいね」

「マーヤはワシらの中でも物覚えは達者な方じゃろうに」

「それを恨めしく思うときがくるとは思ってなかったわ……国境を出るだけなら北の荒れ地なら馬車で丸一日の距離だけど、それじゃ死にに行くようなものだし、どうしろって言うのよ」


 この世界では一部の例外を除き、他国と国境を接したりせず、ひたすら広大な荒れ地の中に国が点在している。

 だから国境と言っても、草が生えない荒れ地になったら国を出た、国境を超えた、という雑な定義しかない。

 そしてヴィードランドの北の国境は王都から馬車で丸一日の所にある。


 北を目指せば3日以内に国境を越えることは可能だが、国境の向こうには他国はない。

 そちらに進んでも荒れ地しかないのだ。


 荒れ地には水がなく、土が死んでいて、水を運んで撒いても草もろくに生えない。


 多くの国において開拓可能な土地は自国内にまだ残されている。

 自国の貴重な水資源を使って開拓をするなら、まず自国が先だ。

 だから今のところ、荒れ地の開拓を大々的に行なっている国はない。


 多くの国は、隣接する荒れ地の領有権すら放棄している。

 地下資源があると分かっているなら別だが、そうでもない限り万が一自国の領有する荒れ地に起因する問題が起きた場合に責任が生じるし、そうでなくとも道路などの管理などを考えれば、支出ばかりが大きくなるためである。


 今は石と砂しかない荒れ地だが、かつては美しい大地だったという伝承が精霊神殿にはある。

 人間同士の争いに怒った火の精霊が、国家の間に生物が住めない土地を作って緩衝地帯とした、という伝承でだ。

 更に北の大地には覇権国家が存在したが、すべてが溶岩に沈んだ、とも伝承は伝えている。

 だから、荒れ地を忌むべき場所と考える人間も少なくはない。


 多くの国が荒れ地の領有を拒否する背景にはそうした事情も影響していた。


「そういや、わしらがまだガキの時分、荒れ地の向こうに水があるって噂があったなぁ。あれが本当なら良かったんになぁ」


 ヨーゼフのその言葉に、アントンとマーヤは顔を見合わせた。


「失念していたわ。アレがあったわね」

「ああ、ワシも追放と言われて、他国に行くことしか考えておらんかった」

追放刑。

中世日本だと島流しや所払いなどがこれに該当しますかね。

色々調べていたら、国外追放(自国民を国外に追放する)はあり得ないという結論に至ってしまったため、この世界はそれを成立させる地形になっていますw


村からの追放、町からの追放(日本で言う所払いや流刑(島流しは、後に恩赦で戻されるケースもありますので、追放と言うより懲役刑に近いと思います))ならありです。

そういう刑罰は江戸時代にもありました。


しかし周囲の国と国境を接した国が国外追放するなど、普通に考えてあり得ないのです。


なぜあり得ないのか、については、第一部の終わりあたりで覚えていたら説明しますw

良ければ少し考えてみてくださいませ。

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