15.威力偵察
翌日、昼からアントン達は更に丘3つ分だけ北西――煙が上がっていた方角――に進んだ。
それまでの位置からでは、偵察の負担が大きくなりすぎるというのと、アントンが火元から少し離れた位置で植物採集を提案したためである。
植物採集の主目的は食べられる野草、利用価値が高い植物の調査である。
手持ちの種にないものなら、株ごと掘り出して行くのだ。
川沿いに移動するなら持ち歩く水は多少減らせる。
その分、そうした調査を行ないたいとの意見で、具体的には既にマーヤが見ている葦などが利用価値が高い植物に分類される。
食べられる野草の類いは、何があるのかも分からないからこその調査だ。
ちなみに本日はマーヤの偵察も休みだ。
厳密には翌日未明に出立して、早朝の様子を確認する。
「それはそれとしてじゃ、マーヤ、たしかおめさん、上流に行くか、下流に行くかを決めるとか言っとらんかったか?」
「あー、あれね。現時点では上流かな、と思ってるわ」
「何か気に掛かる事でもあるのかね?」
「そりゃね、例えば相手が何語を話すのかすら分かってないのよ? 気に掛かることだらけよ」
言語が分かれば、出身国もある程度見当がつく。
国によって常識も法律も違う。だから国によって国民の意識や考え方も違う。
それは、付き合い方を考える上で、とても重要な情報となる。
もちろん、性質や気質には個人差がある。
それらを知る事が一番なのだが、理解には一定期間の付き合いが必要となる。
だから、取りあえず使う言語を知ることで、相手のルールを予想するのだ、とマーヤが言うと、横で聞いていたクリスタはふむふむと頷く。
「でも、言葉を調べるにはお話をしないと難しいですよね?」
「そうね。でも現状では接触は避けたいから、離れて暮すのが良いかな、と思うんだけどね」
◆◇◆◇◆
そして翌未明。
マーヤは馬に乗り、再び偵察に出た。
到着見込みは日の出の少し前になる。
近くの岩陰に隠れて、水で戻した乾燥食料を食べ、火元があったあたりを観察する。
(川沿いまでに塀を作っているのね。何に対する備えなのかしら?)
二日前に見た人影が一般的な成人男性ほどと仮定すると、塀の高さは2mを少し超える程度である。
塀の材質は下の方は見えないが、見える範囲は木材。
薄明かりの中、その塀に扉があるのが見えてくる。
ドアの材質も木材か、或いはツタのようなものを編んだ物のようにも見える。
そこから先日よりの人影よりも二回りほど小さな人影が出てくる。
(背丈は先日の人影の半分程度?)
頭が大きく手足が細いシルエットは子供のそれである。
獣が出る事でもあるのか、左右の安全確認を行ないながら桶に水を汲んでいるように見え、マーヤも改めて周囲を警戒する。
暫くすると塀の向こうから煙が上がり始める。
最初はやや黒い煙、それが落ち着くと、透明な揺らぎ。
食事の後なのだろう。
先日見た大きい人影よりもやや小柄な人物が出てきて、子供と一緒に川で洗い物を始める。
塀の中に向って何か言っているようにも見えることから他にまだ数人程度はいてもおかしくはないとマーヤは判断する。
明るくなってきたお陰で、彼らの服装や髪の色も見える。
マーヤは塀の外のふたりの姿をしっかりと観察した。
細部は見えないが、着衣はそれなり――村人にしてはかなり上質。ただし、貴族としては微妙――に見える。
こんな場所の生活であることを考えると、まとも過ぎるようにも見えるが、模様に見える部分が接ぎがあたった部分という可能性もある。
子供の髪の色は金と呼ぶにはややくすんだ黄土色。
大人の髪の色は栗色。
肌の色はマーヤたちよりも少し赤っぽく見える。
(んー? あら? あれって森人? まだ残ってたのね)
髪を見ていて、そこから伸びる何かが長い耳だと気付いたマーヤは目を瞠った。
マーヤが子供だった頃には、まだヴィードランドにもいた森人。
人口が減り続け、ある日、姿を消したと伝えられていたが。
荒れ地に暮す3人の姿は、話に聞く森人によく似ていた。
体は細く、背は高く、耳が長い。
もうひとつの特徴とされる、切れ長で瞳の大きな目だが、距離があるためそこまでは見えない。
大昔はヴィードランド以外にもいたとされる森人だが、ヴィードランドから姿を消したあと、彼らの姿を見たという記録は残っていない。
(性格は温厚と伝えられるけど、野生動物も子連れは危険……まああたしたちも同じだけどね……でも、話を聞く価値があるかも知れないわね)
彼らが生活のための仕事を始めるのを観察し、それまでと真逆の感想を持ちつつ、マーヤはゆっくりとその場を離れる。
マーヤのいた岩を、観察する目があったとは知らないままに。
◆◇◆◇◆
昼前に戻ったマーヤは、人間がいたことを報告した。
静かに話を聞いていたクリスタは
「森人……空想上の生き物と思っていましたわ」
絵本でしか見た事がない名前を聞いて首を傾げた。
「いや、森人は昔は王都付近にもおったんじゃよ。森に住むのが好きじゃったから、普段はあまり顔を見なんだが、ワシらが子供の頃は、遊んで貰ったこともあるわい」
「羨ましいですわ……精霊に愛されていると読んだ事がありますけど、お伽噺でしょうか?」
「総じて我らヒトよりも魔法に長けておったな。今でこそ、人間はワシらを指す言葉になっておるが、当時は森人とワシらヒト種を指す言葉じゃったんじゃ」
初めて聞く話にクリスタは目を輝かせる。
その横でヨーゼフはマーヤに尋ねた。
「で、武具はどうだったべか?」
「活動を始めるまで見ていたけど、それらしいモノは見えなかったわ」
「持ってないちゅうことはないべな?」
「荒れ地で持ってないとすれば、精霊の加護だけで戦えるってことになるわよ? さすがに……どうなの?」
笑い飛ばそうとしたマーヤは表情を引き締め真面目な顔でアントンに尋ねる。
「ワシが知るか……まあ当時の村の老人達から聞いた話の半分でも事実なら、森人は魔法だけで大抵の魔物を倒せそうではあるが」
「子供向けのお伽噺なら良いけど、そうでないなら、ちょっと危ないわよね」
「それよりわしゃ、森人が使うっちゅうアーティファクトが気になるんじゃが」
「光の剣とか、魔法の鞄とかよね……待って待って……その辺の話の半分でも事実なら、森人は消えていない筈じゃない?」
「実際、消えておらんかったべ? 今さっき、マーヤが見てきたんじゃろ?」
ヨーゼフにそう返され、マーヤは言葉に詰まった。
死に絶えたと思われていた森人は確かにいた。
ならば、その力は伝承の通りなのか。
それはない、とマーヤは考えた。
遠目に見た限り、彼ら親子の生活は決して楽なものには見えなかったからだ。
「彼らの生活環境は寒村の生活より貧しそうに見えたわ。人数が少ないからかもしれないけど、仮に強い力があったとしてもそれは限定的なものだと思うわ」
「ふむ……ならば、当初の方針通り、ワシらは相手に気付かれぬように上流を目指すので構わんな?」
「それなんだけど……あたしとヨーゼフ、アントン達の二手に分かれて、あたし達は接触するって言うのはどうかしら?」
「目的は?」
「まず二手に分かれるのは、クリスタちゃんとその馬車を隠すためね」
特に若い女性がいるという情報は、広めない方が良い。また、荷馬車と比べると箱馬車は見るからに立派で、相手が邪な考えを起さないとも限らない。
だから見せずに済むなら見せない方が良いというマーヤにアントンは頷いた。
「それは分かったが、ふたりが接触する理由はなんじゃ?」
「挨拶するのよ」
「挨拶なぁ」
「こんにちはー、ヴィードランドから新天地を求めて旅してます。ここら辺は良い場所ですねーって馬鹿みたいに無警戒にね」
「わしらが囮になって、相手の出方を見るためだべ?」
ヨーゼフは、威力偵察じゃねぇべか、と溜息をつく。
「戦闘するつもりはないわよ。あくまでも相手の出方を見るのが目的」
「隠密じゃねぇなら威力偵察以外のなにものでもなかんべ」
「ま、そうだけどね。仮に戦闘になるなら、あたしとヨーゼフが適任でしょ?」
「そうなっと、馬車はどうすんだべか?」
「どうって……ああ、ヨーゼフの馬車と馬はアントンに任せましょう。囮なら馬車は1台あれば十分よ」
そして、首を傾げるクリスタに気付いたマーヤは何か気になるのかと声を掛ける。
「……子連れで荒れ地なんて、何があったのかと気になりましたの」
するとアントンが呵々大笑する。
何事かとクリスタがアントンの様子を窺うと、
「いや何、子連れというか孫連れならここにもおるを思っただけじゃ」
「あ、そうでしたわね。それに事情は人それぞれですもの、聞くのは失礼かもしれませんわね」
クリスタはそう言った後、あら、人それぞれは森人も含めて良いのでしょうか、と再び首を傾げるのであった。
一応念のため。偵察には二種類ありまして、
・隠密偵察
・威力偵察(強行偵察と同義)
がそれです。
日本には日常的に領空侵犯機が飛んで来てますが、これは威力偵察に相当するわけです。
マーヤがやってるのは、相手に姿を見せてその反応を調べる、というものなので、威力偵察に該当します。
当初予定通り、感想欄を閉じました。
勘の良い読者さんは、そろそろ発生する問題やらが見えている頃だと思います。
ネタばれ感想がいつ出てもおかしくはありませんので。。。
 




