13.水
暫くするとマーヤが登ってきて下から見て想像していたよりも広くて平坦な頂上を見渡し
「なるほどねぇ」
と呟いた。
平坦と言ってもそれは砂礫の話で、岩は下よりも多い。
あたりに転がった岩が風化して砂礫になって行くのだろうとマーヤは想像しつつ、北の方を眺めているクリスタを観察した。
何やら頷きながら、視線を動かしていたクリスタは、マーヤと目があって、ばつが悪そうな表情をする。
「マーヤおばさま、もう来ていたんですね」
「ええ。それで、この景色からクリスタちゃんは何か分かった?」
「見たままですね。私達が来た南は丘が少ないです。北西側は見えている丘は三つくらい。他の方角は丘しか見えません」
「もう少し眺めて見て、他に何かない?」
「ええと? 北山脈も見えてます」
クリスタは困ったように空を見上げる。
マーヤはくすくすと笑うと、今見ている所だと言った。
「空ですか? 雲しかありませんけど」
「そ。雲よ。雲の形状をよく見て。偶然かも知れないけど、丘を避けるように雲が出来上がってるわよね?」
「なるほど……あ、もしかして雲の下に水があるのかもしれませんわね」
クリスタのその言葉に、マーヤは
「雲は水蒸気って説もあるし、可能性はあるかも知れないわね」
と答えた。
◆◇◆◇◆
頂上には幾つかの岩が露頭していて、中には人の背丈よりもやや大きい岩もあった。
マーヤはそれを眺め、少し考えてからクリスタを呼んでロープを引き上げる。
実質マーヤが引き上げ、クリスタには引き上げたロープを1m程度で折り返して束にして貰う。
「これ、何に使うんですか?」
「あの岩に登りたいんだけど、落ちたとき危ないからね。クッションにするのよ」
ロープを岩の西側に運び、丁寧に敷いたマーヤは軽く踏んで感触を確かめる。
(柔らかいけど……安定は悪いわね。万が一、飛び降りるときは膝と腰もしっかり使わないと)
それでも砂礫の地面に落ちるよりはマシだと考え、マーヤは岩をロープを置いたのと逆の東側から登り始める。
前向きに転べば、体は岩の向こうの西側に落ちる。
気泡の多いざらざらした質感の岩は、ゴツゴツしていて掴みやすいが脆い部分も多い。
それでも丈夫な部分を選んで岩をよじ登ったマーヤは、岩の上でしゃがんでバランスを取り、ゆっくりと膝と腰を伸ばしていく。
岩の上に立ったマーヤは
「クリスタちゃん! やったわ!」
と喜びの声をあげる。
「落ち着いてください。落ちます」
クリスタから見るとマーヤはゆらゆらと微妙なバランスで岩の上に立っているように見える。
だが、マーヤからすれば常に僅かに揺れる事でバランスを取っているだけの話だ。
「クリスタちゃん。記録して」
「え? あ、はい、どうぞ」
クリスタが紙のノートと黒鉛の鉛筆を取り出すと、マーヤは情報を整理しながらそれをクリスタに伝える。
「水を見付けたわ。見える限りで丘5つ分先。広範囲が水に覆われているわ。深さは不明。見える限りでは形状は細長い。流れているのか、細長い湖なのかは不明。北から南に向い、大きく北に曲がってたわ。水の手前は荒れ地。向こう側には緑が見えるわ」
水……と呟いてクリスタは慌ててメモを取り始め、質問をする。
「動物の姿はありますか?」
「見える範囲には……いなさそうだけど……あら? あれはもしかしたら……細い煙みたいなものが上がってるわ」
その意味を理解できないクリスタは、煙の燃料について興味を持った。
「煙ですか……木は多いのでしょうか?」
「あるにはあるけど低木が多いわね……丘に隠れちゃうくらい……だものね……ああ、でも北の方の緑が濃く見えるわ」
そしてクリスタを見下ろしたマーヤは、クリスタに少し離れるように指示をした。
「そうね、距離はそれくらいで、二歩、左に……あと半歩……そうそこ、そこから、あたしに向ってまっすぐに地面に線を引いて」
クリスタはマーヤの指示に従って地面に線を引いた。
「これ、川の方向ですよね?」
「……そうね。後は、今のあたしの目の高さから距離を……ってそもそも丘の正確な高さが分からないからあんまり意味ないわね……まあいいわ。水が見付かった、その朗報をまずは持ち帰りましょう」
岩から降りたマーヤは人の拳ほどの大きめの石を拾い、細引きに結んで丘の下に向って放り投げた。
「水の方向とあってるかしら?」
マーヤに聞かれ、クリスタはさっき引いた線と細引きを見比べる。
「大体合ってます」
「ま、こっち方向って分かれば十分なのだから、これでよしとしましょう」
「紐、ここに置いていっちゃうんですか?」
「降りる途中で回収するわ」
◆◇◆◇◆
「朗報よ。水があったわ」
降りるなりマーヤがそう伝えると、アントンとヨーゼフはうむ。とだけ頷く。
「それだけ? 感動がないわね」
「頂上からロープを投げ落としておったからな。ヨーゼフと、何か見付けたのじゃろうと話しておった」
「で? 水の量はどうじゃった? わしらが生活できるほどにあるんべか?」
ヨーゼフの質問に、マーヤは笑って頷いた。
「かなり広い……というか長いかしらね? 水面を確認したわ」
「長いっちゅうと、川か湖かは分からんちゅうことだべか?」
「順を追って説明するわ。丘の上で、あたしの背丈くらいの高さの岩によじ登って北西を観測。見える限りで丘5つ分先に広範囲が水に覆われている場所を発見。深さは不明。形状は細長い。距離があったから流水か静水かの判別は出来なかったわ。仮に川だとしたら、北から南に流れてきて大きく曲がって北に戻る感じね。その南端が、北西に見えてるのよ。水の手前は荒れ地だったけど向こう側には緑が見えたわ。近い位置は灌木がまばらにだけど、北に行くほどに緑が濃くなってるように見えたわ。ここまでが朗報」
その言葉を聞き、ヨーゼフの表情が引き攣った。
「のうアントン、わし、続きは聞きたくないだげっど」
「奇遇だな。ワシもじゃ」
「聞いて貰うわよ。結構重要な情報。川沿いに煙が見えたわ。火元は岩や灌木に隠れていて見えなかったけど」
「煙か……どうしたものかのう」
とアントンは空を見上げ、固まっていた肩の筋肉を解すように首を回す。
「……まあ行くしかなかんべ? わしらにゃ、水と食いもんが必要だ」
「じゃが、火元が見えなかったというのは少々恐いな」
なにやら深刻そうな表情のアントンとヨーゼフを見て、クリスタも自分が何かを見落としていることに気付いた。
だが、考えてもそれが分からず、マーヤに尋ねた。
「何か問題があったのでしょうか?」
「煙があると言ったでしょ?」
「あ、はい」
その話を聞いて、燃料が何かを気にしていたクリスタは首肯する。
「で、煙の下には火があるわ」
「はい……そうですね?」
「火を使うのは大抵はやっかいな魔物か人間よ?」
そこまで言われてようやくクリスタは、煙の意味を理解した。
「誰かが住んでるのでしょうか?」
「その可能性もあるわ……相手が先住権を主張した場合どれくらい離れる必要が生じるか」
「話をして助けて貰う事は出来ないのでしょうか?」
「障害物が邪魔で火元周辺は見えなかったわ。火を使ってるのが魔物なら襲われるし、飢えた人間でも襲ってくるでしょうね」
「近付かぬ方が安全じゃな……少なくともワシらの生活が安定するまでは」
「そこはわしも同意だが、確認は必要だべ? 相手によっちゃ、わしらの拠点の位置も考えにゃなんねぇ」
アントンとヨーゼフは、接触は避けるべきだが、相手が何であるかを知っておく必要があると結論づけた。
マーヤも概ね同意する。
「それなら、あたしたちの当面の方針は、丘を抜けて川の近くまで進むこと。煙が見えない位置が望ましいわね。で、何回かあたしが、人数と、相手の状況把握を最優先とした偵察を行なうわ」
「うむ。またマーヤに頑張って貰わんとならんな。すまんが頼む」
「適材適所よ。川のそばに拠点を作るとかはアントンたちに期待しているわ」




