10.スコリア
昼。
大休止である。
周囲の丘はかなり高さを増した。
また、砂礫に混じる礫の割合が下がり、砂が多くなり始めていた。
丘の形状もなだらかな砂礫から、岩の露頭が目立つようになりつつあった。
「のうヨーゼフ。岩が増えとらんか?」
「増えたなぁ。これなら野営場所には困らんわな」
「これは良い変化なのかね?」
「わしにも分からんなぁ。岩が削れて砂が出来たようにも見えるけんど」
周囲の丘は岩が露頭し、足元には砂が多い。
その違いを、ヨーゼフが、丘の砂が流れ落ちたためではないかと分析した。
「そう言われてみると、丘は下の方が砂礫の粒が細かいように見えるな」
「ヨーゼフ! アントン! 遊んでないで馬に水をやりな!」
「遊んどるわけじゃないぞ?」
「そうじゃそうじゃ」
などと言いつつもマーヤに従い、桶に入れた水を馬に与え、その体を拭いてやるヨーゼフとアントン。
マーヤとクリスタは馬の世話を終わらせて昼の用意をしている。
昼はまだ残っている肉と野菜を使ったスープと黒パンである。
クリスタに黒パンを見せ、マーヤが首を傾げる。
「クリスタちゃんは黒パンって平気?」
「農業指導の時はこういう食事もありますから慣れていますわ……ただ、黒パンは切ってあると食べやすいと思いますわ」
「あー、たしかに千切るの大変だものねぇ……これだと、波刃の包丁が……って持ってきてないわよそんなの」
「あるぞい? わしが打ったナイフだべ。片刃は波にしとる。本来は縄用なんじゃけどな」
マーヤが普通の包丁で切れないかと試し始めると、ヨーゼフが自分の馬車の荷台から取り出した両刃のナイフを差し出す。
「あらありがと」
マーヤは受け取ったナイフの波打った刃を使って、硬い黒パンを薄く切り分ける。
切り終わるとまな板の上にかなりの量のパン粉が零れていたが、それらはスープに投入する。
昼食を終えて少し長目の休憩中、クリスタは近くの丘から露頭する岩に足を掛けて、揺らそうとしていた。
「随分しっかりと埋まってますわね」
そう呟くクリスタに、ヨーゼフは危ないからやめとけと注意する。
「根が見えとらん岩は危ないぞい」
「そうなんですか?」
「根の深さの想像が外れたとき、怪我をしやすいんじゃ……深いと思って体重を掛けて浅かったら転んだりもするべ? 逆も危ない事があるしなぁ」
なるほど、と納得したクリスタは、その岩を諦めて、岩から剥離したような位置に散らばっている砂礫と呼ぶには大きめの石を拾い上げた。
「そんで、クリスタ嬢ちゃんは何しとるんだ?」
「この辺の石って、珍しい色してますから」
赤茶けた砂礫の原料となったであろう岩は、同じく赤茶けているが、場所に寄っては黒も混じる。
形状は区々だが、スポンジのように多孔質のものが多く、クリスタの知る普通の石とは違っていた。
「黒いのは……こりゃ玄武岩のスコリアだべな。安山岩のスコリアもあるが、あっちはもう少し色々見えるからなぁ」
「すこりあ?」
「火山から出る多孔質な暗色の礫の総称だべ。なんでか、そういう穴が沢山開いたもんが出てくるんじゃ」
「赤いのはなんと言いますの?」
「赤いのもスコリアじゃ、同じ場所じゃから元になったのも同じ玄武岩じゃろうな。赤いのはまあ鉄混じりで錆びたもんだべな。混じりもんによっちゃ、色違いのスコリアなんてのもあるぞい? 青いのなんかは黒い岩の中に青いキラキラがあって綺麗じゃ」
「鉄なんですか? もしかして、これから鉄が?」
目を輝かせるクリスタに、ヨーゼフは首を横に振って無理だと答えた。
「出来るか出来ないかで言えば、鉄は採れるじゃろうけんど……空洞が多くて効率が悪すぎるなぁ……砂まで砕いて水に沈めてやりゃ、鉄の多い部分だけ抜き出せるじゃろうけんど、その手間掛けるなら、普通に採掘した砕石を使った方が楽じゃな」
「そうなのですね、残念ですわ」
「昔、この辺に火山があったんなら鉱床なんかもあるじゃろうから、そっちを探すべきだべな」
「火山でしたの? あれ? でも火の精霊が……」
首を傾げるクリスタに、アントンは分からないと答えた。
「そういう説もあったなぁ。もしかすっと、火の精霊が火山を噴火させたんかも知れんな」
必要なのは石すら溶ける熱だ。
山火事程度ではこうはならない、とヨーゼフは足元の赤茶けた石ころを蹴飛ばした。
ヨーゼフの言葉を聞いて、クリスタは分かっている範囲の地図を頭の中で広げてみた。
それぞれの国土は狭く、国は荒れ地の中に点在するように存在する。
その地図を思い浮かべたクリスタは
「でも、範囲が広すぎますよね?」
と首を傾げる。
火の精霊の成したことと聞いた時は、火の精霊ならばと納得したクリスタだが、火山だと言われるとそんなにスゴい物だろうかと疑問に感じるのだ。
「ほぼ全部の国。だけじゃないですわよね。知られている限り、この大陸は海沿い全てが荒れ地と言われてますわ」
「ふむ……確かに大陸全部がスコリアで覆われとるように思えるよなぁ。じゃが、実際、そうなっとるんだ。案外、火の精霊が火山の力を借りたんかもしれんな、火山がひとつと限ったわけでもないじゃろし」
「火山の力ってそこまでスゴいんですか」
「うむ。わしは長く鉱山におったから、色々な痕跡を見て来たが、山が丸ごと吹き飛んで抉れたような地形もあったぞ」
ヨーゼフは今まで山で見た噴火に関連する珍しい景色や出来事を説明する。
初めて聞く話に、クリスタは目を丸くして楽しげに聞いていた。
◆◇◆◇◆
昼休憩を終えて動き始めて数時間後。
そろそろ本日の野営地を、という話になった。
今彼らがいるのは、大きな丘がいくつも連なる場所。
谷底までは降りず、遠回りになっても丘の中腹を辿るように北に向って進んでいた。
馬車は登りも下りも苦手なので、出来るだけ水平に進めるように道を選んでいるのだ。
迂回していることもあって、馬車の進み方は亀の歩みである。
車輪が砂に嵌まることも増え、馬たちはかなり汗をかいていた。
夜営の場所を決め、馬たちの汗を拭って水と飼葉を与える。
地面はマーヤが火魔法で焼き、虫除けの粉を撒いた上で、鶏の籠も下ろしている。
できるだけ平らな部分に馬たちを置いて、不調があれば自己申告ができる人間の寝場所は二の次である。
天幕の用意と夕食の支度を終えたクリスタは、槍を持ち上げる練習、構える練習を行なう。
「槍を持つだけなら、それなりに見えるようになったわね」
「構えるだけでも大変ですね」
「そうでしょうね」
本日の練習の目的は、見た目の強化である。
今回の目的は対人向け。
相手に多少の心得があるなら、構えを見れば腕の善し悪しの見当がつく。
突かず振らずにゆらゆらと穂先を揺らす構えであれば、それなりの腕前の相手までなら騙せる可能性が高い。
もちろん戦いになれば即座にばれる。
相手がそれなり以上の腕前であっても即座にばれる。
しかし僅かな時間であっても、対峙した相手がクリスタを警戒して注意を向けるなら、それは相手を足止めするのと同義となる。
人数差が小さい時に、その効果は大きい。
バランスよく持って、腰を落し、目線は相手の後ろ足の爪先。
相手が動いた場合は、動きが小さければ無視。
自分に向って移動した場合は、ゆっくり下がって槍を持ちなおす。
マーヤから合格が出たのはそこまでだった。
そこまでというべきか、そんなところまでというべきか。
付け焼き刃でも多少動いてもバレない程度になれたのだ。
(正直、11才の娘がたった一日でここまでやるとは思ってなかったわ)
才能なのか、農業が基礎として良い方向に働いているのか。
或いは槍ではなく模倣や演技の才能かもしれない。
当たり前だがクリスタの動きはマーヤのそれに癖までそっくりだった。
いずれにしても、クリスタの付け焼き刃は、軍人を見てきたマーヤですら、もしかして強い? と錯覚しそうになるほどに様になっていた。
マーヤはそんな内心を押し隠し、クリスタの指導を続ける。
「あの、普通に槍の使い方を学ぶのではだめなのでしょうか?」
「数日の訓練で使い物になるのは天才だけよ? あなたは天才?」
天才かも知れないと思ってもマーヤは口に出さない。
そしてマーヤが言わない以上、アントン達も何も言わない。
だからクリスタは
「凡人ですわ」
と返す。
「なら、まずは戦力になれるようになりなさいな。獣相手でも今の訓練は無駄にはならないから」
そう言われたクリスタは、再び槍を握って仮想の敵に対峙するのだった。




