7 閉じた記憶への邂逅
父のパズルには続きがあった。
私が動揺していると、佳奈が聞いた。
「光の両親てどんな人なの?」
私は佳奈のほうを振り返って、「え?」と発してしまった。
しげが「光、答えなくてもいいよ。佳奈、ちょっと」と止めてくれた。
そのしげの促しをみて、佳奈は察して、「あーそうか。ごめん、気が付かなくて」と言った。
「佳奈のさ、疑問に思ったことを突き詰める姿勢って俺は羨ましいよ。まぁ、だからこそ、光もあえて話にしなかったんだろ?」としげはフォローなのか、よくわからないことを言った。
私は一呼吸置いて、二人に「えっと、うん、ずっとね、考えないようにしてたんだよね。だから、パズルみて思い出して……」と、今日、何回目かの涙が出てきた。
「うん、佳奈が思った通り、どんな人だったんだろうって、うん、そう思うよ」
背中をさすられながら、私は言った。
私は当時、小さくて全然解けなかった。そのまま解くのをやめたパズル。
「そして、いつの間にか忘れてしまった」
そう、私が覚えているのは、印象が強い出来事だけ。
今日、パズルをみて、ぎゅっと苦しくなった。きっと父は解いてくれるだろうと思って、次を準備してくれていたんだと。
「思い出したい。パズルをどんな気持ちで作っていたのか……」
そう私はつぶやいた。
佳奈は、「このパズルよくできてる。子供のためにこれを作ろうって、きっとさ、光のためを思ってだと思うけど、せっかく光の実家なんだし、記憶の探検しようよ。ねっ!」とうきうきと話す。
しげは「えっ、それ、どーなの、光?」と心配し、気を遣ってくれる。
私一人では絶対そんなこと、無理だと思う。
でも今日は二人いる。しかも、二人はきっとどんな出来事であっても受け止めて、肯定的に捉えてくれると直感的に感じた。
「二人がいる今日、知りたい」
まず、私はアルバムを開いた。
「生まれたばかりの写真ないの?」とか、「2歳ぐらいの写真かな?」と声を出しながら皆で写真みた。
4歳ぐらいで自転車に乗る写真。
父が心配そうな顔して横にいる。
ある写真がめくれていて、写真の日付と場所がボールペンで書いてあった。
それをみて、「お母さんは几帳面な人みたいだね」
保育園のアルバムには、母とのツーショットとお互いにメッセージ。
「えーと、おかあさんへ。いつもありがとう。おかあさんはおやすみがないので、たいへんです、だって。お母さんは‥ひかりへ。ひかりはおかあさんにとってのひかり、です。おかあさんはひかりがげんきでいてくれたらうれしいです」
「光って名前、おかあさんのひかりって意味なのかな?」としげ。
小学校のアルバムはなりたい人に「父のような探究心を忘れない人」と書いてある。
「お父さん、研究者肌だね」と笑う佳奈。
「もう、そう。ほら、泣いちゃうようなクイズとパズルがたくさん」としげがおもちゃ箱から、原子やら遺伝子のパズルを出してきた。
「懐かしい。仕事でほとんど家にいなくて、いつもお土産にパズル持ってきて‥子供に解けるわけないのにね」
父の書斎に終わったパズルは並べられていて、しげがその中の一つを手に取る。
「量が半端ない。終わらないの当然‥おっと」とバランスをくずし、落としそうになった。
パサッとパズルの箱の隙間から、赤ちゃん時代?の私を抱きかかえる父と母。
「これ、研究所で撮ったのかな?」
そう佳奈がいったのは、二人が白衣をきているから。
「うーーん、覚えてないけど、それっぽいよね」と私が返す。
「忙しい中も面倒みてたってことなんじゃね」ってしげ。
一通り見て、「お母さんは心配症で几帳面かな。病院の通院、投薬の記録、食事とノートにびっしり。保育園のノートで、こんなことできましたって、嬉しそうにかいてあるよ」と佳奈はいい、パズル担当とばかりにしげが、「お父さんはパズルで光の気を引いてたな、絶対。ほら、もう一個、俺解いたわ!」と新たにボール型でボタンを入れるパズルを解いたしげ。
「中には???メモとDVDかな?」
「見てみようよ。ほら、レコーダーあるし」
私達はもう宝探しのように、部屋のものを調べつくし、どこに何があるのか、理解した。だからレコーダーもすぐにわかった。
「壊れてないかな?」
恐る恐る電源を入れて起動する。
『ひかり。大丈夫か?現在、時間は午後4時45分、熱が40度近くある。脈拍と後、血中の酸素は‥投薬は……』
そこには、私の看病にあわてる両親の姿が録画されていた。
「なんで発熱時の記録、取ってんだろ?」としげが謎に思ったことを口にした。
佳奈はじっとみて、「これ……症状の記録じゃないかな」と言って口ごもる。
私も同じことを思った。
治験で結果を残すための症状の記録。
普段は記録を専用の用紙に残すが、場合によっては録画するケースもある。
「私ね、子供の頃、体が弱くてそのせいかも。症状についておかあさんが気にしてた」
佳奈は、「だから、あんなにノートに書いてたわけ」
なんでわざわざパズルに入れたのかわからないけど、私を心配しているのは伝わってくる。
しげが「ほら次のパズルは、あそこに飾られているのを解くらしいよ」
終わったパズルを飾る棚にあるものを指して言った。
「終わってるはずだけど?」
「まぁ、でもこの棚でしょ?」と二人で疑問の声。
私はそのパズルを手に取り、
「?他に解き方があるのかな?」
その時、時計が0時を指して、音がなった。
「こんな時間か」
「光、私はなんとなく光のお父さんとお母さん、わかってきたよ。二人とも、すごく大事に育ててた。きっと大きくなることをすごく楽しみにしてたんじゃないかな」と佳奈が優しく言った。
「ありがとう。二人がいなかったら、また振り返ろうとは思えなかった。忙しくて相手にされてなかったと思い込みそうだった」
現に、中学受験する時、さりげなく、寮に入ることを進められたわけだし。
私はこの家にいたかった。
でも、小学校高学年になると、両親は不在が多くなり、ほとんどばらばらに食事し、私が寝る頃に帰ってきたりして、顔を合わせる機会は少ししかなかった。
そして健全な生活が送れるという建前を理由に寮のある学校を勧めていたと私は思っていた。なぜなら、私がいなければ、家に帰る必要もなかったのではないだろうから。
「そんな人は、こんな手の込んだパズル作らないよ」としげが言った。
「うん‥今は、そう感じる。忙しい中でも、考えてくれてた」
佳奈は「よかったね!おかあさんのひかりだけじゃなくて、私にとってもひかりだよ」
しげも、「お、俺にとっても、そうだよ」と言った。
「ありがとう。パズルは全部、解いてみる」と私は決心を伝えた。
長い一日はおしまい。
佳奈は数週間後には、アメリカに旅立つ。
不思議と今は寂しさは消えていた。
それよりも感謝の気持ちが大きくて、佳奈としげの二人に抱きついて、ほんとにありがとうと言って、それぞれ帰路についた。
もちろん、私は開かないパズルと佳奈からもらった思いの籠もった重い日記帳を持って帰った。
帰ってからも、眠れず、佳奈に連絡した。
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今日は、ふたりとも手伝ってくれて、ありがとう。
昔の記憶を、父と母のことを少し思い出したよ。
二人がいなかったら、絶対に思い出せなかった。
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佳奈からすぐ返信が来た。
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それはそれは、どういたしまして。
帰り際に、しげからなかなか一か八かのライン攻めるよね、と言われたよ。
だからそんなんで崩れる仲じゃないと、言っておいたよ♡
しげはおいておいて、光のこと、大好きだからね♡
追伸
しげはさ、意外と気を遣い屋さんなんだね。
しげにもちゃんと感謝を伝えなよ!
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しげには連絡してないことを、佳奈に読まれてる。
私はベットにごろんとなりながら、携帯を持って、打つ文章を考えては消し、どう伝えるのか悩んだ。そして思い切って送信ボタンを押した。
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しげ
今日はありがとう。
しげと佳奈がいなかったら、父と母の姿に辿り着けなかったと思う。
マスターがまた来てって言ってたよ。
その時は声かけるからね。
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今日で最後、なんて言わないで。
私の心の気持ちを精一杯、書いた。
でも、しげからはその日、連絡こなかった。