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4 憂鬱な月曜日

 また1週間が始まる。


 昨日、あまり眠れなかった。

 しげの目の下のクマ、きっと彼も空き巣から眠れていないんだろうな。

 心配になり、携帯を見るが、しげから連絡はない。


 連絡がないのは良いことだと思いたい。

 重い体を起こして、会社に行く準備をする。


 目の下のクマをコンシーラーで隠し、アイシャドーを濃く塗り、涙の痕跡を無くし、赤に近い口紅を塗る。


 手帳を見て、今日の予定を確認する。

 午前中は会社で今月実施中の治験の状況確認、そして午後は病院に行く。


 よし、と気合を入れて、私は家を出た。

 電車はいつもどおり、混んでいる。


 何も変わらない景色なのに、私の心は落ち込んでいた。


 携帯が鳴る。


----

おはよう光。

しげから連絡きたよー。

次の祝日にどう?って。

私はちょうど空いてる。光の分も含めて聞いてっていうから、予定を確認したら連絡してね。

----

 

 佳奈からの連絡だった。


----

ありがとー。わかった。

仕事、早いね。

昨日、もしかして電話でもきた?

----


----

よく気づいたね。

そう。もーう、おかげで寝不足。

早く予定を入れないと、また連絡きそうだったから早めにした。

もう始業時間だからまたね。

----


 OKのマークを押して会話を終わりにした。


 そっか。

 私にはなしか。

 ちょっと胸がずきんとした。

 これはしげの優しさ。


 わかってる。

 1対1での会話を徹底的に避けてきた。

 昨日の出来事はそういう意味じゃないってわかってる。


 そう仕向けたのは自分で、今までは真梨恵が対応してくれてた。


 電車を降りて、朝からため息。


「ひかりさん、おはようございます!朝から、ため息、どうしたんですか?」

 ふと横をみると恒星くんがいる。


「おはようございます。あ、いや、週の始まりだなって」と私は返した。


「確かに、週5って辛い。週3勤務にならないかなー。あ、でも来週は三連休。週4ですね」


 最後のねを強調して、明るく返してくれた。


そして「そういえば、昨日、あの後、どこかにいったんでしたっけ?」と、恒星くんは聞いてきた。


「あ、えーとコーヒーをね、飲みたくなって。化eduのコーヒー」


「そうなんですね。XXX駅にしかないコーヒー店でしたっけ?けっこう遠い所まで行きましたね。僕、飲んだことないんですけど、美味しいですか?」


 私はぎくっとした。まだ飲んでない。

 平静を装って、「いや、まだ飲んでないから、わからないの。ほら、なんか気分切り替えたくて。今月末、申請の山場だから」


「えーそれはそれは。じゃあ、飲んだら、感想教えてください!」

 

 恒星くんのお願いに、私は頷いた。

 感想言うの忘れそう、と思った。


 そんなことを考えている間に、会社に近くなってきて、周りに知っている顔も増えてきた。恒星くんは他の人に挨拶し始めて、そのまま分かれた。


 午前中の会議はチーム全体会議。

 治験・申請状況を共有する重要な会議で、関係者が集まってそれぞれ進捗と課題を共有する。


 部屋に入ると、会議前であるが、西園寺先輩が既に会議室で他の数名と事前に状況交換しているようだった。


 数名がちらっと私を見て、そのまま話続けている中、先輩は私によっという身振りをして、挨拶した。私も軽くお辞儀をする。


 会議は課題の話で盛り上がり、延長をしてお昼前に終わった。


 もうお昼。

 せっかく会社にきたから、経費精算しようと思ったのに、事務作業が全然進まない。

 息をふっと吐いて、食堂に向かった。


 社食の今日のランチを選んで、席につく。

「狭山さん、ここ座っていい?」と同じチームの同僚が声をかけてきたので、「どうぞ」と言った。


「えー、ふき、食べられないんですか?」

 聞き覚えのある声が聞こえて、ふと見ると二人分先に恒星くんと先輩が仲良く食事をしていた。


 目の前に座った同僚と食事をしながら、「週末、どうでした?私、花粉症でずっと家にいました」


 私は同僚の話に相槌しながら返した。


「用事があって外出しましたよ。風強かったです。花粉症じゃないですけど、ホコリとか飛んでる感じしましたよ」


「ですよねーー」と相手も同意したぐらいのタイミングで「ひかりさーん。」と恒星くんが手をひらひらして声をかけてきた。西園寺先輩もにこにこしている。


 私もつい、恒星くんにつられて手を振った。

「狭山さん、西園寺さんと仲良いんだ?」と同僚が言った。


「大学の知り合いです。挨拶程度です」と私はお決まりの文句を言った。


同僚は安心した顔をして、「あ、そうなんだ」と言った。


 しげいわく、先輩の友人枠に入ると、面倒なことになるから、そんなに親しくないを強調しろってよく言われた。

 私はそれを守っている。


 確かに、大学でよく皆で一緒にいた時、先輩を紹介してほしいという知り合いの女子は多かった。


 真梨恵のように、先輩は直接、話せば、連絡先を交換してくれる人だと思うけど、実際、そういう行動を取る人は少ないらしくて、多くはとにかくお近づきになる手段として、友人を介してというものを利用しようとする。


 会社でも全く同じだった。

 それはそうだ。

 我々の開発部の仕事は新薬の承認で、薬の治験に絡む病院、そして承認先は厚生労働省であり、その裏には政治家がいるわけで、先輩のバックボーンは強力な武器であり、出世することがほぼ決まっているわけだから。


 私とは住む世界が違う人。


「私、そういえば、午後、外出するから先に行きますね」

 私は同僚を置いて、先に食器を下げに向かった。


 少し早めに食堂を出たので、部署までの道のりの人はまばらだった。

 

 飲み物を購入しようと自販機のスペースに行った。

ボタンを押して、ペットボトルを取ろうとした時、「狭山」と呼びかけられた。


 先輩が自販機に手を置いて、声をかけたようだ。


「お疲れさまです」と私は返した。


「お疲れ様」といって、先輩も自販機で水を購入した。


「狭山ってさ、いつも感情出ないよな」

 唐突に先輩は言った。


私はうつむきながら、「………そう、ですか、ね」と答えた。


 くすっと笑って、先輩は、「うん。昨日のしげと俺の扱いみてて、思った」


 昨日のしげ、はしつこく誘ってくることを指していて、先輩は昨日の車での出来事を言っているようだ。

何かリアクション取ったほうがよかった??


 反射的に謝ってしまった。

「………すみません」


 ちょっと考えるポーズを取り、「俺のことはいいんだけどさ」と言った。


そして一呼吸置いて、「あーいや、それにしてもしげは相変わらず、だよな」


 言いたいことが見えなかった。

「?」


「困っているなら、言って」

 先輩はいつになく真剣な表情で言った。


「………はい」

 その一言しか、出てこなかった。


「午後は外出か……いってらっしゃい」

 先輩はそう言って、その場を去った。


 もやもやした中、午後、同僚と病院に行き、何も考えないようにし、治験状況、病院にある薬品の確認、そして今後について医者と打ち合わせをした。


 そして自宅に帰って来たのは22時を過ぎていた。


 携帯を見ると、恒星くんから一件連絡がきていた。


-----

こんばんは!

お裾分けの話です。

今週、どこかで渡せたら。

-----


 私は返事をせず、携帯を置いた。

 シャワーを浴びて、帰り際に買ってきた惣菜を食べる。


 テレビでニュースが流れているけど、全然、頭に入ってこない。


 お昼の先輩の言葉を思いだす。


 しげに困ってなんか、ない。


 真梨恵が亡くなって、しげともう話す機会はなくなるのかと思ってた。

 自分はしげに答えないくせに、誘われると嬉しい。

 まだ彼の中に少しでも私がいることにこんなに喜んでしまう。


 友人たちとのたわいない会話を聞くだけでいい。


 恋人にならないと決めたけど、せめて、それぐらい願ってもいいんじゃないかって、自分勝手な感情を巡らせる。


 感情が出ない。

 それは私にとって幸か不幸か、今の私を支えている。


 先輩の行動はよくわからない。


 あの場で忘れてと言ったはず。

 それをわざわざ職場で蒸し返してくるなんて……と思って、すぐ先輩の気持ちを考える。

 

 きっと先輩のことだから、私を心配しているんだろうな。車で話したいと言った時から、そうだったのかもしれない。


 誰かに相談したい。

 今のこの気持ちを吐き出したい。


 由衣がいてくれたら……。

 今は何も考えたくない。

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