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3 手紙

 私は自宅に戻り、手紙の入った袋をリビングのテーブルに置いた。


 春とはいえ、少し汗をかいたので、シャワーを浴びて部屋着に着替えて、椅子に座る。


 手紙と携帯を出した。

 人に見られないように、という文字をみて、誰も部屋にいないのに、光はできる限り、音をたてないように手紙の封をきった。


----

光へ


受け取ってくれてありがとう。

コーヒーはそのお礼。


この一年、光は元気だった?

俺は二回、死にそうになったよ。

誰かに多分、命を狙われてる。

俺も妄想と思ったけど、これは現実だ。


その二回の出来事と何でそう思ったかを伝えたくて、手紙を書くよ。


一回目は、俺が愛用するマウンテンバイクの故障だ。それであやうく事故を起こしそうになった。

光は俺が乗る前に、毎回、簡易点検してること知ってると思うけど、ブレーキ効かなくておかしいなと思ってる上に部品もなくなった。


まぁ、でも、そこまではブレーキなんて消耗品だし、部品は盗難にでもあったんだろうと楽観的に考えてたんだ。


そうしてまた数ヶ月たって、今度は空き巣にあったんだ。深夜にやつらはきたんだけど、その日、たまたまマンションのウォーターハンマー現象がおきて目が覚めちまったんだ。うるせぇなぁと思ってる中に何人かの足音が聞こえて、俺の部屋の前で止まったんだ。不審に思った俺はとっさに寝室からベランダに移動した。案の定、やつらは家に入ってきた。そして部屋を確認しながら、寝室で「どこにもいない。今日、ほんとにいるんだろうな?」「とりあえず、空き巣は予定通り装うぞ」という声を聞いたんだよ。


それで2階から非常用入口を通って逃げたんだけど、俺は生きた心地しなかった。


それで思ったんだ。

あのマウンテンバイクの細工も、誰かに仕組まれて俺は狙われてるって。


あいつらは俺の予定を知っている。

それからさ、予定を書き換えたり、人といるようにする、家の明かりをつけっぱなしにするようになったのは。


でも全然、狙われる理由がわからない。

俺、誰かに恨まれてるのかな。

わからないけど、このままだと確実に死ぬ。

巻き込んで悪いけど、何かあったら渡した携帯に連絡するから持っておいてほしい。


いきなりこんな手紙渡して、

俺の都合を押し付けてごめんな。


じゃあ、また。

----


 誰かに狙われている?

 ほんとうに?なぜ?と、矢継ぎ早に私の頭の中に?が浮かんだ。


 しげの疑問と同じく、私もしげが誰かに恨みを買うようなイメージがない。


 しげに連絡しようか、でもこの感じだとそれすらも見えない誰かに見られているような気がする。

 少なくともしげはそう思っているだろう。

 だから不用意に様子を伺ったり、連絡することは・・・やめた。


 そのうち、佳奈を通して会う機会もある。

 それまで何も起きないことを祈るしかない。


 そしてその夜、私は夢をみた。


 その夢には、まず真梨恵がいた。

 そして彼女はここから始まったんだよと言い、亡くなった両親、由衣、真梨恵が浮かんで消えた。


 そして、私は目が覚めた。

 夢…、真梨恵。


 眠れなくて、起き上がり、牛乳を温めてゆっくり飲んだ。


 眠れない時は、優しい飲み物で体を温めるんだよ?ってしげと付き合っていた時に教えてもらった。


 しげ……懐かしい。


 もう別れて、2年ぐらい経つのかな。

 少し前まで頻繁に皆で会っていたから、そんなに遠く感じない。


 しげは3歳年上。

 大学時代のよくあるテニスサークルの先輩。

 背は高く、くせっ毛の髪の毛で目が細め。

 学生時代からテニスをやっていたらしくて、サークルの中で上手なほうだったと思う。


 全然、テニスをやったことがない私と佳奈と風花に教えてくれた。


 佳奈と風花は感がいいのか、すぐにコツを掴んで他の人ともラリーができるまで上達した。


 私はなかなかうまくならなくて、「うまくなれないのさ、もしかして俺に教わりたいから?・・・気がある?」とある日のしげに言われた。


 全然、全くそういう気持ちがなくて、ほんとに上手くなれなくて・・・いや、でも、ここでそれを言って良いんだろうか?と答えに迷っているうちに、


「返事ないってことはさ、そう受け止めていい?」

 そういって、サークルの薄暗い部室でキスされた。

 その時のしげの顔が真っ赤で、じっと目を見てしまった。


「・・・見るなよ」

 それが私達が付き合いだしたきっかけ。


 私と彼の考えは全然違ったけれど、交際はただ1つを除いて、順調だった。


 冗談を言って笑わせてくれて、私が勉強したいといえば、隣でゲームをしていたり、多分、マイペースな私に合わせてくれていたと思う。


 ただ私は全然、しげとキスしたり、性行為を全然、求めていなかった。できないわけじゃないが、それを必要としていなかった。


 しげのことは大事だと思うし、一緒にいたいと思う。けれども、きっとしげはそうじゃなかったんだと思う。


 できる限り、彼に答えてきたが、気持ちを伴わないそれは私は苦痛だった。それをしげも感じていたのか、しげから体を求められる機会は少しずつであるが、減っていた。


 このままだと彼から嫌われる、そう思った時に、しげの浮気問題が発覚した。


 あぁ、やっぱり。

 私はそう思った。


 そして安心した。

 しげに似合う女性は、私じゃない。

 私は恋愛に向かない。

 しげを縛るのをやめよう、と。

 そして別れを告げた。


 しげには何度も謝られ、やり直させてほしいと懇願された。私は首を縦に振らなかった。


 そして事情を知らない周囲は、しげのことを激しく非難した。

 私は、私と付き合って、私が原因であっても彼が責められるということが、これから誰かと交際することで起きると思ったら、もう誰とも付き合いたくないと思った。


 …辛かった。


 確かに私は体の繋がりは求めていない。

 でも、両親が亡くなり、理由もなしに、横によりかかれる存在がいるということがどれほど心強かったことか。


 そして別れたとしても、しげから完全に離れるなんて、できないと思った。

 だから、しげに別れることがない友人に戻ろうと心から、本当に・・心から言った。


 しげにとって1番、残酷かもしれない。

 でもしげはそれからも、断られても何度も誘ってくれる。私はそのしげの優しさに甘えている。


 もし、そのうち、しげにとって、愛する人ができたら私は祝福できるだろうかと自分に問う。答えは出ない。もう二度と、あの日を繰り返さないためにも、私は絶対に自分の気持ちをしげに明かさないと決めた。


 だから…、今日、久々にしげから抱きしめられて、安心したのは、むしろ私だ。


 彼を二度と失いたくない。

 彼の手紙を見つめ、何も起きませんように、そう強く祈った。

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