25 矛盾
携帯電話は22時38分に鳴った。
あれから2時間すぎ。
私は深呼吸して、電話に出た。
「はい。」
「ひかりさん?連絡が遅くなってすみません。やっと落ち着いて…家に戻ってもらっても、もう大丈夫です」と恒星くんからの電話だった。
戻りたくない。
先輩の顔を見たくたい。
平然と笑いあいたくない。
どんな表情で会えばいいっていうんだろうか。
私を……私の両親と友人を手にかけておいて……何もないように振る舞っていたこと。そして、真理恵のことで泣いた先輩の顔が浮かんだ。
精算してファミレスを出て、家に向かいながら、私は気持ちを引き締める。
でも、ここで私が知っている素振りをすれば全てが終わる。
あまりにバックを強く握りしめて指が痛くなった。
いや、私の情報を握ろうとしてるのは、先輩だけじゃない。その先にある先輩の家、もしかしたら真理恵が言っていたように、政治…国家ぐるみで隠している研究があるのかもしれない。
そんな巨大な組織に相手にするのに、こんな所で捕まりたくない。
そう、必ずナリと佳奈の三人で逃げ切る。
そしてふと、今、私、無敵かもしれないと思った。
思えば、今、私の大事な、大切な人たちはすでに抹殺されている。
もう失うものはない。
そしてある日にいわれた恒星くんが弱みに気づいていないという言葉を思い出す。
あの時、私は確かにあの時点で全く気がついていなかった。
私の弱みは、愛する人たちだった。
こんな風に急に一人になるような状況になることは想像できなかった。
両親に至っては、私に思いを伝える前に殺されてしまうなんて、ひどすぎる。
そして、この状況になるように仕組んだ上に、手を貸したふりをした先輩に、今は嫌悪感しか感じない。
そうやって、気分が怒りでいっぱいになる自分に努めて冷静に、落ち着いて、いつものように、様子を伺えばいいだけ、と繰り返し、マンションの前にたどり着いた。
部屋の明かりはついている。
私は自分の手をつねった。
まだ生きている、と実感して、玄関の扉を開けた。
開けても反応はない。
私は荷物を自室において、リビングに向かった。
扉をそっと開けたら、一度も使っているのをみたことがない二人がけのソファーに恒星くんと先輩がいた。
先輩は恒星くんに寄りかかって寝ている。
すぅすぅと静かな寝息を立てている。
先輩はどうも恒星くんの部屋着に着替え、着ていたスーツはリビングの梁にハンガーでかかっていた。
「ひかりさん、ごめんなさい」と、恒星くんは片手でごめんのポーズをされた。
「………様子は………落ち着いたみたい、だ……ね」
自分の声が掠れてうまく出てこない。
息を大きく吐いて、「まぁ、そうですね」と恒星くんは言った。
「ひどさで言ったら、まだましな状況ですけど、ここから動けないんですよね」
恒星くんは先輩を見て言った。
「そろそろ、もう大丈夫かな?」
恒星くんは、先輩を抱えて自室に先輩を連れて行った。
そしてまた部屋から戻ってきて扉を閉めた。
「酔うとひどく寂しがり屋になるんですよね。隣に誰かいないと寝れないっていう」
恒星くんは聞いてもいないのに、困ったように説明した。
テーブルの椅子にお互い向かい合って座り、私は先輩の携帯をテーブルに出した。
「……先輩の携帯。ブロックしておいた」
「ひかりさん、ありがとうございます。電話かけてきたのは、多分、弟だと思います」と恒星くんは言った。
恒星くんはわかってて、電話を間違い電話としたんだ、と今さらながら理解した。
「家族のいる飲み会なんてめったにないんですけどね、付き合いで今日みたいに行くことになって、海斗さんその場ではうまく合わせてそつなく会話してるんですけど、どうもそれで飲み過ぎちゃうみたいで、だいたいこんな感じです」と恒星くんはよくあることのように話した。
「……弟でも?」と私は聞いた。
「血の繋がりは父親だけ。弟さんは愛人のお子さんみたいで子供時代はそれぞれ生活していて、海斗さんの母親が亡くなるタイミングで家にきたみたいで………それまで次男の末っ子だったのに、いきなり兄にはなれないですよね」と教えてくれた。
「先輩の家って……あの大臣を歴任して今は財務大臣の」
先輩の家について、私は聞いた。
「そうです。父親は現在、政治家の西園寺 創真です。……先輩以外の家族は同族経営の病院・会社・政治家のどれかなんで、先輩が一人、全然関係ない会社に行ってること自体があの家の中では違和感、なんです」と恒星くんは手を顔にあてて言った。
「だからあの家で海斗さんは相当な酷い言い方もされてるし、相手は人を人と思っていないような態度なので………きっと海斗さん、途中で勝手に飲み会抜けてきて、弟さんが気がついて電話をかけてきたんだと思います」
また恒星くんは大きなため息を付いた。
そして私を見て、「いてくれて助かりました。携帯は明日、海斗さんに渡しますね」と恒星くんはお礼を言った。
「海斗さんは、僕の部屋を使ってもらうので僕はリビングのソファーで寝ますね。ひかりさんも休んでください」と言い、お互い休むことにした。
部屋に戻ってベットに横になってもなかなか眠れなかった。
抑えきれなかった涙が頬を伝う。
私のせいで何人亡くなったら終わるんだろうと暗闇が私の感情を追い込む。
そんな中、部屋の外でガタッという音がした。
私は涙を拭いて、部屋の扉を開けた。
そこには、恒星くんの部屋で寝ていたはずの西園寺先輩がいた。
私は声をかけた。
「先輩?………どうしたんですか?」
先輩は私に気がついて、
「?ここ……そうか、恒星の家か。ちょっと自宅と勘違い……」と言い、ふらっと揺れた。
私は先輩の肩を掴んで、
「………リビング、行きましょうか」と言い、連れていこうとしたら、西園寺先輩は私の手を振り切った。
そしてこう聞いた。
「狭山………あの……さ、恒星と結婚するの?」
私は先輩の顔を見た。
西園寺先輩はちょっと怯えたような表情で返事を待っている。
私の目はきっと真っ赤で腫れているんだろうなと思ったが、私の方は暗いからきっと顔がよく見えない。
もう私は迷わない。
むしろ、相手の状況を把握するには、懐に入らなければならない。
私は決意して、彼らのシナリオに乗ることにした。
「………は、い」
その返事で先輩の顔は悲しそうな、苦しそうな複雑な顔に変わった。
「………そう、か。あの、さ、狭山は恒星を愛し、てる?」とさらに不安そうな顔になった。
私はわからなかった。
これは彼らのシナリオでそう提案したのはほかでもない恒星くんだ。
先輩はどういう意図でこの質問をしたんだろうか。
それは私と恒星くんが恋人でもないのに………性的接触もなく、結婚することに対する疑問なんだろうかと感じた。
そう思ったけれど、私はひるまずに、「……あ、愛の形はいろいろ、です………恒星くんは…心地よくて…ずっと一緒にいてもいいと、思える相手です」と先輩に対する感情を押し殺して、私は恒星くんへの素直な感情を出した。
先輩は顔に片手を当てた。
そして「……そう、か。……君にそう、いう場所ができたことは喜ばし……」と言いながら、西園寺先輩は涙を流し始めた。
「……ごめん。嬉し、いのに、ちょっと涙が止まらない、みたいで」
そういって、落ち着くまでの少しの間、壁によりかかった。
「あ…リビングに行くから、心配しない、で」と先輩は言うので、私は「おやすみなさい」と言って部屋に戻った。




