22 出会いと絆
「ひかりさん。今日はありがとうございました。疲れたでしょ?」
帰り道に恒星くんは言った。
私は首を振り、答えた。
「ううん、全然。行ってよかったです。むしろ、誘ってくれてありがとう」
「……それなら、よかった」と恒星くんは安心した顔をした。
私は家に行って気になったことを聞いた。
「……あの、……西園寺先輩も恒星くんの家にきたことある、よね?」
「はい。……あれ?海斗先輩と会った話してませんでしたっけ?」と恒星くんは言っていないことを驚いていた。
「あ、うん。聞いてない、と思う」
私は答えた。
「聞きたいですか?」と恒星くんは言った。
この言葉に、聞かないほうがいいんだろうかと思った。
私は考えて、言いたくないなら言わなくていいと言おうとしたら、「ひかりさんにはちゃんと話したほうがいいかな」と恒星くんは言って、話しだした。
「元々、母親が、海斗……さんの親の病院に勤めていたんです。ある日、海斗さんの家族から母が海斗さんの面倒をお願いされて、しばらく一緒に暮らしてました」
「うん」
私は相槌を打った。
「海斗さんが中学終わりから高校の間ぐらいかな。反抗期真っ只中の海斗さんといったらひどかったですね。………基本は無視なんですけど、家族で仲良く話していると泣き始めるから……」といってくすっと恒星くんは笑った。
「だから、ひかりさんが泣いた時に海斗さんと似ていると浩二がいったんです。」恒星くんは思い出しながら、ゆっくりと穏やかに話した。
「全然、今の先輩から想像できない」と私は言った。
「変わったのは、海斗さんの母親が亡くなって、母親っ子だった海斗さんが家と決別できないって理解して家に戻ったあたり」
遠くの方向をみて、恒星くんは言った。
『誰だって人生は制約だらけだと思ってる。俺の血はその制約の一部……その自分の一部に抗うことはもう大昔に止めた。むしろ自分として受け入れたんだ』という先輩の言葉を私は思い出した。
そしてはっきりと恒星くんは笑顔で「海斗さんは我が家では家族、みたいなものなんです」と言った。
「そういえば、さっきのひかりさんの母親に似ているっていうくだり、僕、海斗さんの母親なのかもなって時々、思うんですよね」
しみじみと恒星くんは言う。
「自分の子供だったら、どんなことも受け入れてしまうっていう」と恒星くんは言い、はぁーと長いため息を付いた。
私は気持ちが伝わってきて恒星くんを微笑えましく見ながら、言った。
「あのね、きっと、それは愛だと思う」
恒星くんも笑って、「ですね」
恒星くんはずっと先輩を支えてる。
その心底にある愛情は見えないぐらい深くて大きい。
そしてきっともう誰も失いたくない、というのが彼の本音なんだと感じた。
「……だから、先輩の悩みは孤独なんじゃないかって話したんだね」
「……想像ですよ。………まぁ、ほんと困った人です」
愛おしいというような顔で恒星くんは言う。
私はその顔をみて、つい聞いてしまった。
「……一番、困ったことってどんなことだった?」
私を見て、恒星くんは嬉しそうに、「聞きます?これ聞いたら、今度、海斗さんの顔みたら、笑ってしまうかも」
「まぁ、もう時効かな。ひかりさんだけ。家族も知らないんですけど、僕、ファーストキスが海斗さんなんですよ」としれっと恒星は驚く話を告白してきた。
私はびっくりした。
それはカミングアウトということ?と思っている中に、「海斗さん、高校時代、クラスで浮いてる中、家のことでクラスメイトに囲まれて、もう誰にも話しかけてほしくなくてその場にたまたまいた僕にキスしたんです」と気にせず、恒星くんは言った。
「当時、僕は中学生です。ほんとこの人、なにやってんの?って」
それまで呆れてて口を出さずにいたけど、さすがにそれは本人に言ったと恒星くんは言った。
そして恒星くんは西園寺先輩にその時言われた言葉を思い出して、真似をした。
「そうしたら、『お前に何がわかるんだ。俺は何をやっても西園寺で、できて当たり前、やって当たり前。なにかあれば金で解決してるって言われ、顔だって親の遺伝子の賜物だって言われ、俺が俺である意味なんて一つもないんだよ。
だから、俺がここにいるっていう証拠を作っただけだ』って………」
普段の恒星くんから絶対に出てこないような勢いと口調だった。
その時の先輩の様子。
追い詰められた、孤独を感じていたと思うような内容。
そして恒星くんは口調を戻して、「僕も言い返しました。『だから何なの?うちの誰が西園寺、気にしてるの?皆、年上の子供がやってきたっていう目でみてるよ。あんな知らない人の前で主張する必要ない。大事な人にだけ理解してもらえばいい。』とね。」と言った。
正論。
これが美幸ちゃんが言ってた自分にも厳しいけど人にも厳しい部分。
きっと恒星くんも母子家庭で私が思っていたようなイメージを持たれていたり、家事をしてクラスメイトにどう思われていたかと考えたら、嫌なこともあったはずなのに、恒星くんからそれを全然感じさせないのは、大事な人に分かればいいっていう考えからきているのかもしれないと思った。
そうして、恒星くんは「あーあ、忘れたいのに、全然、忘れられない。……でも、ひかりさんに言って少しすっきりしました」と爽やかな笑顔を見せた。
「それからです、海斗さんに思ったことを言うようになったのは。最初は言い合いしてましたけど、そのうち収まって、今では海斗さんにうまくはぐらかされる始末です」
確かに、西園寺先輩に恒星くんは思ったことははっきり言ってる。
それがそんな経緯から始まったなんて知らなかった。
あれ?そういえば、わかってくれる人が理解すればいいって、確か西園寺先輩、同じようなことを言っていなかった?
『今はわかってくれる人だけがわかってくれればいい。そして、少なくとも、狭山は『西園寺』を何とも思っていない。それで俺は十分なんだ』
そうだ。
私が倒れる前にそう言っていた。
これは恒星くんから言われたから?
先輩の中に恒星くんの面影を見た。
二人の絆。
「先輩に、ちゃんと思いは伝わってるよ。」と私が言ったら、「そうですかね。いいように使われてる感しますよ。…ほうっておけなくてついつい世話を焼いてしまう自分も悪いんですけどね」とちょっと困った顔して恒星くんは言う。
その反応をみて私は考えてしまった。
そんなことないと思うけど。恒星くんは、そう思ってるの?
私は二人の関係を知り、その経緯を聞いて、その間に築かれた信頼と、愛情を外側からみて気づいたのに、本人にうまく伝わってないの?
何で、二人は恋人で伝えられる関係なのに、伝えてないの?
そして溢れた感情の波に私は溺れそうになった。………それでも、それは私が彼に伝えることじゃない。
私は佳奈に言われたことを恒星くんに言った。
「恒星くん、あのね……私、ちゃんと言葉にするって大事だと思う。思ってること、ちゃんと先輩に伝えてみたらどうかな」
恒星くんは少し困った顔のまま、頷いた。
「……そうですよね」




