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海とまぼろし-IdentityCrisis Missing  作者: MERO


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21/31

21 家族

 日曜日は梅雨があけそうな夏が迫った暑い日だった。


 部屋で支度をしていると、トントンとノックがあった。


「ひかりさん、ちょっといいですか?」

 珍しく恒星くんが声をかけてきた。


 私は準備しつつ、返答した。

「はい。あと少し5分ぐらい、準備してからでも………いい、かな?」


「わかりました。リビングにいます」といい、戻って言った。


 何も隠すようなものはないけれど、

 できれば部屋には入ってほしくない。


 強いていえば、私の気持ち。

 部屋の外に出たら、私は今までの私を演じなければならない。


 昨日、戻ってから、つい考えてしまう。


 自分をつい欠陥のある人間のように、一人ぐるぐると考えすぎている。


 カバンの中にある佳奈の日記帳を見た。

 後で時間があったら読んでみようか。


 さっと時計をみたらもう5分すぎた。

 私はリビングに向かった。


「おはようございます、ひかりさん」

 コーヒーカップを2つ持った恒星くんがキッチンから出てきた。


「おはよう、恒星くん」


 私はそのカップに目が行ったのを、恒星くんは見て、言った。

「これ、テーブルに置いておきますね」


「ありがとう」

 今日は朝起きて、リビングに来るのは2回め。


 珍しく、恒星くんは10時近くまで起きてこなかった。

 声をかけるのもなんだかと思って、そのままにしていた。


 椅子に座って、コーヒーをいただく。

「早速なんですけど、ひかりさん、今日、予定あります?………さっきはそれを聞きに行きました」


 予定?

 今日は予定といった予定はなかった。

 実家にいたくない。

 そうはいっても、行く場所もない。

 日記をどこかの喫茶店で読もうかと思ってた。


 何も言わないままの私に恒星くんは、

「………何もないけど、一人でいたい?」


 私は一瞬、恒星くんを見て、少し考えた。

「………当たっているけど………その、用件は知りたい、です」


「わかりました。じゃあ、話します。………昨日、午後、僕、実家に帰りました」


 昨日のマップを思い出す。

 隣県に実家があるのかな?


 私の反応を見ているような仕草だったので、「うん………」と返した。


「それで、ひかりさんの話をしたら、家族がひかりさんに会いたがって………今日、ちょうど、母親の仕事の休みで………」

 言いにくそうに恒星くんは言った。


 実家に来てほしい、ということ。

 そういえば、母子家庭だって言っていた。

 恒星くんのこと、全然知らない。


「………嫌なら、全然、いいんです」と恒星くんは言ったけど、少しいつもとトーンが違う。


 本物の、彼女じゃないけど、偽物だけど、そもそも人間かどうかもよくわからないけど………と考えて、一人でいたらもっと悪い方向に考えてしまいそう、と思って、「………い、行こうかな」と返事をしてしまった。


 恒星くんはぱっと明るくなって、「………いいんですか?………てっきり、断られると思ってました。」


 どういう反応なんだろ。

「………私、でよければ」

 私の返答もおかしい。

 私が誘われているのに………。


 でも恒星くんは気にせず、「じゃあ、連絡しますね」


 そうして携帯で連絡したようで、終わったら行きましょう、とそのまま向かうことになった。


 思った通り、恒星くんの家は隣の県の住宅街にあった。


 一軒家。

 表札に『橋本』と書いてある。

 インターフォンを押して、ピンポーンとなる。


 そうしたら、ダダダと走ってくる音がして、扉が開いた。


「こう兄、待ってたよー」

 そこには恒星くん似の、年齢は若干、若い男性が現れた。

 その後ろに、その男性と似ている女性が見えた。


 恒星くんは「ただいま」といって私を見たので、私は「初めまして。お邪魔、します。」と挨拶した。


「どうも、初めまして。お母さん、こう兄が彼女連れてきたよーー」と挨拶し、女性が家の中に向けて言った。


 彼女、扱いだった………。

 そうだよね。

 ナリの顔が浮かぶ。

 私は頭の中の妄想を振り切り、家に入った。


 リビングに通されて、椅子に座った。

 橋本家が揃って、挨拶した。


 恒星くんは四人兄弟の一番上。

 2歳下の弟、5歳下の男女の双子の弟妹がいる。そしてお母さん。


 私含めて、全員で7人。

「久々に、全員集合だね」と恒星くんは言う。


お母さんが「恒星が全然、帰ってこないから」


「いや、おかんの仕事の休みと合わなかっただけだよ」と恒星くんが言う。


「ひかりさん、ゆっくりしていってね」お母さんは恒星くんのようにおおらかな方みたいで、にこにこと話してくれた。


 そこに一番下の美幸みゆきちゃんが「いやーーついに、こう兄が彼女連れてきたなんて・・・涙出ちゃうね、お母さん」と涙を拭く仕草をして、お母さんが反応した。

「そうだねぇ」


「あれだね、海斗さん以来の、ニュースだよね」と二番目の浩二こうじくんが言った。


 私は名前を聞いて、海斗さんて、まさか、ここに西園寺先輩、きたことあるのかなと思った。


 恒星くんは全然、変わらず、言った。

「そーかな。ちなみに会社一緒だから、ひかりさんは海斗さんとも友人だよ」


「え、そうなの?」

 美幸ちゃんが私に聞く。


「はい。西園寺先輩は大学からの先輩です」と私は言ったら、速攻、3番目の康介こうすけくんが質問がする。

「じゃあ、お兄ちゃんとも大学で知り合ったてこと?」


 会話のテンポが早くて、ついていけなくなってしまった。

「………」


 そこに恒星くんがフォローしてくれる。

「ひかりさん、困ってるから」


 康介くんが謝る。

「あーーごめん。ひかりさん」


 そして恒星くんが答えた。

「サークルで一緒」


 双子がふたりとも頷く。

「そーなんだ」


 そうして浩二くんが言う。

「ひかりさん、うるさくてごめんね」


 言い方が恒星くんに似ている。

 恒星くんは母子家庭と言う話を聞いて、二人なのかと思ったけど、大家族だった。


 恒星くんの世話好きは、四人兄弟の一番上が影響していそう、と思いながら会話を聞いた。


 恒星くんが言った。

「僕の家、広いでしょ?元々、弟が泊まりに来ることも多くて」


 私は納得した。

 一人暮らしなのに、なぜもう一つの部屋があるのか、少し疑問を持っていた。


「そうそう、急に家にはもう泊まれないっていうから、問い詰めたら・・ひかりさんの話になって」と浩二くんがいい、


「せっかくだから連れてきてって、皆で頼んだの」美幸ちゃんがまとめる。


 恒星くん、家族に慕われてる。

 すごく温かい。

 久々の日常に、涙が出てきてしまう。

 それを見て、恒星くんがハンドタオルを渡してくれる。


 そしてそんな私達を見ながら、「なんか………やっぱり海斗さんみたい」康介くんは言った。


 泣いてる私と先輩が似てる?

 先輩が泣いてる所なんて、見たことなかったから、似ていると言われて、不思議に思った。


「確かに。でも、もうさすがに海斗さん、そんな簡単に泣かないけどね」と恒星くんは平然と言う。


「まぁ、そうだけど………最近、全然来ないから」康介くんは寂しそうに言った。


「それは忙しいんじゃないの。あの頃みたいに暇じゃないよ」と美幸ちゃんが言う。


「そりゃそうか」と二人が頷いている中、お母さんが言う。

「海斗さんにもたまには顔出すように言ってね、恒星」


「はーい」と言いながら、目の前のおかしに恒星くんは手を出した。


 そうして和やかに会話して、恒星くんと美幸ちゃん、私が手伝いしながら夜ごはんを作ることになった。


 恒星くんが炒めものを作ってる中、美幸ちゃんはサラダ、私はお皿とか準備をした。


 美幸ちゃんが私に話しかける。

「お兄ちゃん、きっとご飯ちゃんと食べないと、注意しますよね?」


 私は恒星くんの様子を見ながら、言った。

「………そう、ですね」


「我が家は皆、ちゃんとしてないのに、お兄ちゃんだけ、しっかりしてる」と美幸ちゃんが言う言葉に私はふふって笑ってしまった。


「その様子だと、ひかりさんの前でもそうなんだ?」と美幸ちゃんが聞くので、私は

「そう、かもしれない」と一緒に笑った。


「お父さんいなくなってから、お母さんがお父さん役、こう兄がお母さん役なんだと思う」


「そう、なんだね」


「だから、ね、皆、心配してたの」とそう言って、美幸ちゃんは、話してくれた。


 恒星くんが自分の幸せ横にして、皆の世話ばっかりやっていたこと。

 今日、私を見て、少し安心したこと。


「光さん、きてくれてありがとう。あの、こう兄の相手が想像通りで嬉しい」と美幸ちゃんに言われたので、少し胸が傷んだ。


「こう兄は機転は効くし、話し方は優しいけど、意外と…自分にも人にも厳しいの。だからね、その厳しい部分を包んでくれる人がいいなぁって思ってた………から」とさらに美幸ちゃんは補足した。


 その言葉を聞いて、恒星くんの今までの言動を思い出す。

 確かに、論理的で筋が通っていないことに対して毅然と対応していた気がする。


「うん」と私は罪悪感を隠して頷いた。

 そうして、ご飯が出来上がって、テーブルに持っていく。


「やった、久々の我が家のご飯。」と康介くんは言った。


「美幸のご飯、美味しいけど、お兄ちゃんのが一番」とさらに加えたので、美幸ちゃんが、「なら、いつも食べなくてもいいんだけど………」と不満げに言った。


「美幸が作ってくれるだけで感謝してるよ。さあ、冷める前に食べようか。」と浩二くんが言う。


「いただきます」

 お箸をあわせてご飯をいただく。

 それはかつて、両親がいた実家で見た光景だった。


 父は母に食事内容について一言突っ込んで、母は相手をしつつ、体調管理のために、ご飯を食べるように促す。


「両親を思い出しちゃうな」と私はぽつりと言ってしまった。


 恒星くんが手を止めて、私に顔を向けた。


 私は彼に両親の話をしたことがない。

 突っ込んではいけないと言われているかのように、何も返ってこない。

 でも恒星くんは明らかに知っていて、戸惑っている反応。


 私は「あ、小さい頃のね」と付け加えた。

 そんな私を恒星くんは私をじっと見る。


「あ、えーと………恒星くん、私のお母さんに似てるんだよね」とさらに意味不明に自分の言葉にフォローを入れた。


 そうしたら、浩二くんが「他の家庭のお母さんとも兄ちゃん似てるんだ?すごいな」と突っ込んでくれた。


 恒星くんは心配そうな顔から戻って、「母親、かぁ」と考え込む様子。


「お母さん、仕事ばっかりで恒星には家のこと、全部任せてたからね」と恒星くんのお母さんが申し訳なさそうに言った。


美幸ちゃんが「お母さん、看護師だもん。しょうがないよ。ほら、そのおかげで皆、生活も学校も行けたし」とお母さんをフォローする。


「兄ちゃんもそれで病院にお弁当やら忘れ物届けたり。お母さんの体調管理までしてたもんね」と浩二くんがさらに追加する。


 お母さん、看護師さんで仕事が忙しかったんだね。それで恒星くん、家のことをするようになったんだね。


「……まぁ、そうだよな。この家ではそうなのかもしれないけど、ひかりさんにそう思われているのかなって」と言って、恒星くん私に「そうみえてる?」と聞いた。


 私は若干と親指と人差指で示して、笑った。

 それで恒星くんは笑いながら、言う。

「もう、母親も父親も、恋人も、友人もなんでもいいよ」


 その姿に皆で一緒に笑った。


 横にいた恒星くんが少し寄って、「これからはひかりさんと未来を作っていくからね」と私に言った。


 この言葉から両親がいないけど一人じゃないよ、そんなことを考える必要ない、というような恒星くんの気遣いを感じた。


 美幸ちゃんにも声が聞こえたみたいで、「うん、ほしとひかり。ぴったりだね」と喜んでいる。


 そうして食事が終わり、、帰る時間になった。


「またどうぞ、きてね、光さん」とお母さんと家族に見送られた。


 温かい灯火。

 どうして恒星くんがポジティブで明るく誰にでも態度が変わらない性格か、少しわかった気がした。

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