19 大事な人、大事な事
週末がやってきた。
10時にホテルに集合する約束なので、8時すぎに起きて準備をして、リビングに向かう。
「おはようございます、ひかりさん」
恒星くんがリビングのソファーに座っていた。
私も挨拶をし、洗面台で顔を洗い、食事と化粧をしたらギリギリになってしまった。
「ひかりさん、そのワンピースかわいいですね」とソファーから立ち上がる恒星くんに言われた。
このワンピースは真理恵と佳奈とお揃いの薄い青い7部袖のワンピース。
真ん中がボタンで開閉できて、上部分が縦にラインが入って、その外側は刺繍が入っている。腰辺りに紐が通ってリボン結びで縛った。
真理恵は上にカーディガン羽織ってかわいく、佳奈は開いてジーンズ履いたり、上にライダースジャケット羽織ったりしていたが、私は着こなせず、三人で出かける時に着るかどうかくらい、ほとんど着ることがない。
正直、今日、西園寺先輩、恒星くん、風花と会うのは気が重い。
どんな顔して会えばいいのか、事情が判明した今は………何を言えばいいのか、言葉が出てこない。
だからこのワンピーンで、勝負服のように、私は二人と一緒にいる気分を纏う。
佳奈、私に力をください。
私に、いつも通りの私を見せる気持ちを、と自分を奮い立たせ、私は恒星くんに言った。
「………ありがとう」
一方の恒星くんの格好は白いロゴTシャツの上にこちらも薄青い縦ボーターの7部袖のシャツにグレーの短めサルエルパンツ。
いつもセットしてある前髪がサラサラと動きにあわせて揺れている。
何か言わなければ…と「………髪の毛サラサラだね」と私も声をかけた。
前髪をかきわけて、「うーん。サラサラですけど、直毛すぎて短いとピンとなっちゃうし、仕事だと長いと邪魔だし、扱いが難しいです」と少し笑って恒星くんは説明してくれた。
「さて、行きますか」
ホテルには30分ぐらいで到着した。
ホテルのロビーの椅子に既に風花はいた。
「先輩はまだみたい」と話していたら、そこに西園寺先輩が現れて、
「大野さん。よかったら、奥の部屋、行こうか」と声をかけた。
どうやらこのホテルは西園寺グループの小会社らしく、打ち合わせスペースを準備してくれたらしい。
「先輩、何から何までお世話になります」と風花が言った。
「俺というより、家のね」と言いながら、その場所に案内されて、テーブル席についた。
私と恒星くんが並び、その向かいに、風花と先輩が座った。
そこに風花が、「二人は今日、服をあわせてきたの?」と聞いた。
私と恒星くんがお互いを見た。
「色合いが同じだから、ね」と言った。
先輩も「まぁ、たしかに青い色…」と肘を付いて顎に手をのせて、興味なさげに頷いた。
風花はおかまいなしに、「そういえば、二人は一緒にいるんでしょ?このまま、結婚しちゃうとか……どうかな?」と聞いてきた。
先輩はついていた肘を外し、風花を驚いたような顔で見て、私は次に恒星くんを見た。
恒星くんもちょうど私を見て、目が合った。
「それ、僕は賛成です。ひかりさん、どうですか?」と突っ込んできた。
「え………それって恒星くん、そゆこと?」
風花のほうが焦って確認する。
「うーーん、どうでしょ?ね、ひかりさん」恒星くんはウインクして、聞いてくる。
私は………片方のワンピースの裾をギュッと握りしめて、落ち着け、もし何も知らない自分なら、どう答えるか、必死に考えた。
「………まだ、気持ちの整理がついていないけど………一緒に住み続ける方向で考えてる………」
そこまで言って、後はフォローしてくれるはずと思いながら、恒星くんを見た。
恒星くんは頷いて、思ったとおりに「と、いうことで………まぁ、そっとしておいてください」と言い、笑顔でこの話を終わらせてくれた。
西園寺先輩は目をそらして、「うまくまとまってよかったな」と言った。
「西園寺先輩もご結婚されるし、お互いおめでとうですね!すごい」と風花はすごく喜んでいる。
「先輩の式は秋口ですよね」と風花が言って、先輩は「そう。落ち着いたら、伝えようって思ってたんだけど、……狭山には伝えるが遅くなってすまなかった」と私に向けて謝った。
「………いえ、しょうがないです」と言う私に、恒星くんが、「ひかりさん、ムカついたら言っていいんですよ?順番、違うんじゃないですかって」突っ込めと肘を突いて言ってくる。
そして先輩に向かって、「二次会のハガキ、1枚でいいのでよろしくお願いしますね!」と笑顔で恒星くんは言った。
そういう態度に、「そうか、わかった」と先輩は恒星くんを相手にしなかった。
あてつけなんだろうか?
恒星くんのこの対応。
先輩、随分、嫌そうだけど、風花は真横でこの空気わからないかもしれないと思いながら、私は静かに観察した。
風花からのお願いは結婚式の受付のお願いだった。カップルで受付を、とは思ってなかったからびっくりしたと打ち明けられた。
いや、そういう意味で住むとは言っていないが、完全に勘違いされてる。
恒星くんはそれを狙って言ったのかもしれないけど。
ちらっと見ると、いつも通り、にこにこと機嫌がいい。
終わって解散となった。
恒星くんがお昼を一緒に食べようというので、ホテルの近くのオープンテラスのお店でランチを取った。
食事が終わって、飲み物を飲んでいる時に、恒星くんは、「………いろいろすっ飛ばして、結婚でもいいかもしれないですね」と呟いた。
私はずっと気になっていたことを聞いた。
「………結婚するって、恒星くんはいいの?」
私は恒星くんの好きな人ではない。
私と先輩にとっては一番良い方法であるかもしれないけど、恒星くんはそれでいいの?
恒星くんはそのいいの?を変換したようで、「恋人みたいなことってことですか?………ひかりさんが望むなら、してもいいですけど………ひかりさん、僕に触れてほしくない、でしょ?」
と私を見て、恒星くんは言った。
私はきっとびっくりしてる。
図星をつかれて、私は動揺した。
「それは僕にはあんまり大きいこと、じゃないかな。求められてる感はあるのかもしれないけど、生理現象でしかない」と恒星くんは淡々と言った。
それより、と続け、「もし一緒に暮らすのに、理由が必要だというなら、結婚、してもいいかなって。僕にとって、結婚は単なる印です。他の人から見て、よくわかるマークでしかないんです」と恒星くんは言った。
理由、それは西園寺先輩と恒星くんが話していた時にも出てきた言葉。
私は「うん」と頷いた。
私の反応を見て、恒星くんは「それに僕、ひかりさんと暮らして、違和感ないです。友人の時から自分を偽らないで、一緒にいることができる人だと思ってるし………それが繋がれる、唯一の…だから。………僕はもう大事なものを失いたくない」とそこまで話して、一呼吸おいて、恒星くんは、「………ひかりさんに見せないようにしてますけど、僕の方がひかりさんがいないと困る状況なんです、実際」と言った。
私はその恒星くんの表情に、以前、感じた違和感を思い出そうとしていた。
「うん」
私は相槌を打った。
大きく息を吸って、「そしてひかりさん、一人が嫌だってわかってて………きっとノーとは言わないだろうなと………話を進めました」
恒星くんがそう言った時、私は思い出した。
そう、風花と話している時に、私がしげと佳奈がいなくなって、代わりにした気持ちに似た気持ちを恒星くんも持っているのでは、と思ったこと。
そして、私と西園寺先輩は寂しがりやで弱いところを見せなくて、似ていると言っていた。
恒星くんにとって、私は西園寺先輩の代わり、なのかもしれない。
それに二人は表面上の恋愛も………結婚がそもそもできないのかもしれない。
その上、相手はもうすぐ結婚する。
私がいれば、これからも先輩と自然に付き合える。いや、排除すべき相手はいなくなるに加えて、先輩を私という研究素材を人質にして縛り付けておける。
そういうこと。
私の中の疑問が解消した。
彼にも大きくメリットがあるということ。
私は恒星くんに言う言葉を探した。
「………」
言葉を探しながら、目から涙が溢れていることに気がついた。
恒星くんはポケットからハンカチを出して、私の涙を拭いてくれた。
「うん。私も………もう、大事な人を失いたくない」
それが、今の本当の気持ちで、恒星くんと同じ気持ち。
恒星くんの先輩への気持ちが痛いほど伝わってきて、私は胸が苦しくなった。




