18 好きな人
なかなか恒星くんのカバンに機械を入れるタイミングは現れなかった。
そしてそれは金曜日の朝、やっとやってきた。
恒星くんはほぼ準備をした状態で、ニュースを見ていた。
携帯の音がする。
私は自分の携帯は手元にあったのを確認していると、恒星くんはカバンをパッと開いて、確認していた。
恒星くんの携帯だったようで、自室に戻っていった。
すぐに戻るかと思ったが、どうも電話だったようで、少し話している。
私は様子を伺い、恒星くんのバックの底を探った。
そこには薄い底敷が引かれてた。
私はそれが取れないようになっていることを確認し、私は薄い機械をつけた。
携帯から恒星くんがまだ電話しているのを確認し、私は何食わぬ顔して、元の位置に戻った。
心臓の心拍数がどくどくと高くなっている。
大丈夫、大丈夫。
今日は少し早く出ようかな、そう出る準備をしようとしたら、戻ってきた。
私がバックを肩にかけているのを見て、「行きます?」と聞いた。
「………うん」
これは誘ったほうがいいんだろうか。
私は「・・よかったら、もう行かない?」と聞いた。
恒星くんは、「はい、行きましょう」と返して、バックを持った。
「今日の夜は飲んでくるので、遅くなります」と歩きながら、恒星くんは言った。
「わかりました」と私は答えながら、このままこの生活をするのは、問題あるかもしれないと考えていた。
「………あのね、気持ちも落ち着いたし、そろそろ私、自宅に戻ろうかと思ってます」
私は切り出した。
もう恒星くんの家にきてから、2週間近くたつ。
頃合い、じゃないかな。
恒星くんは、私を一瞬見て、黙り込んで考えてる。
「………その事なんですけど、このまま一緒に住むってのはどうです?」
そして言った。
「え?」
私は驚いて声を出してしまった。
その私の様子を見ながら、ゆっくり恒星くんは話した。
「………光さんがよかったら、です。………僕としては………このまま、うちに引っ越してきてしまえばいいのにって思ってます」
どういうこと、なんだろう。
私は少なくても表面上は精神的、ひどい状態ではない。
自分の部屋を引き払って、一緒に住むというのは、恒星くんの生活にも影響あるし、それを彼自身が望む理由がわからなくて、
私は考え込んだ。
私のその姿を見て、恒星くんはさらに言葉を紡ぐ。
「………ひかりさん。そんな深い話じゃなくて。えっと………あの………好きです」
好き?
私は恒星くんを見た。
恒星くんは、目を逸らした。
私はつい見つめてしまった。
「………ちょっと」
どういうことかわからないと言おうとした私を遮り、「すみません。こんなタイミングで伝えたかったわけじゃないんです。ひかりさん、答えは今すぐ求めてないので………考えてもらえますか?」と恒星くんは締めくくった。
恒星くんが私を好き?
前に好きな人がいればいいって、それは私?
・・・そう、だろうか?
しげも佳奈もいない、この状態で言われることに違和感しか感じなかった。
そう、そうなのだ。
今のタイミングで言えば、OKもらえると思っているような気がしている。
ここからは自分自身の気持ちの仮定。
確かに”その状態”であれば、私はきっとまだ落ち込んでいた。
立ち直ったとして、しばらくたって家に帰ることを選択したとして、この恒星くんの提案に揺れなかっただろうか。
一人が嫌だった。
もう一人になりたくなかった。
そう思っていたのではないだろうか。
そう考えると恒星くんの言う、恋人になるは選択しなかったとしても、一緒に住むを選択している可能性は非常に高い。
恒星くんが本当のことを話しているのか、それとも私と恋人になること、そして同居することに何かメリットがあって私に言ったのかどちらかだと思う。
今は判断材料がない。
でもきっと恒星くんの気持ちが、どこかに手かがりがあるはず。
そんなことを一人になった通勤の車内で私は考えていた。
その夜、私は家に帰って食事をし、洗面台のある部屋に鍵をかけた上で、携帯のアプリでまず、恒星くんの場所を確認した。
飲み屋街の居酒屋あたりで点灯する。
テキストを見ると、
XX駅、21時に。と書いてある。
差出人は、西園寺先輩。
今日、一緒に飲んでいるのは、西園寺先輩のようだ。
私は意を決してイヤホンを携帯にさして、盗聴器をONにした。
ガヤガヤという音とともに、声が聞こえた。
「え?なんていった?」
西園寺先輩の声だ。
「だから、家に帰るっていうから、引き留めました」と恒星くんの声がする。
「いや、その前。引き留める時の言葉」
西園寺先輩が聞いた。
恒星くんが少し小さく言った。
「………好きですって言いました」
ため息?西園寺先輩は一呼吸おいて、「好きか………そう、か」と返した。
「機嫌悪くなりました?それ以外に一緒に住む理由って、考えつきます?」
恒星くんは言った。
「………そう、だな」
西園寺先輩は、つぶやくように言った。
「それが、一番、ひかりさんも先輩も救う言葉かと思ったんですけど」と恒星くんがしょうがなく言い、先輩は「ああ」と返した。
そこに恒星くんが少し強く主張した。
「けっこう必死ですよ?こっちも。もう二度とあんな状況に陥るのはごめんだ」
「わかってる。………すまないって思ってる。………お会計してくる。先、行ってて。はい、鍵」と西園寺先輩がいい、「それでも、僕が行くとでも?」と恒星くんが冷たく言った。
「………恒星。俺を許してくれなんて思ってない。許さなくて………いい。でも、俺にお前は必要だ。わかってるだろ」
西園寺先輩の言葉とともに、チャリンと音が鳴った。
その後は先に恒星くんはお店を出て、電車で移動したようだ。
15分ぐらいたって扉を開けた後にザワザワした音がして、エレベーターに乗り、4階で降りた。
そして鍵を開ける音がした。
「おかえり、恒星」
その声は西園寺先輩だった。
「さすが先輩、タクシーは早いですね」
恒星くんはそう言って、荷物を置く音がした。
「先輩、じゃないだろ?」
先輩が注意するような声で言う。
「………海斗、さん」
恒星くんは先輩の名前を言った。
先輩が「よくできました」と満足したような声で返した。
「自分勝手で、わがままで、寂しがりや。困ったものですね」と恒星くんは言う。
「………そうだな」
先輩は相槌を打った。
「先に言っておきますけど、許してないです」と厳しい口調で恒星くんは言った。
「………わかってる」
先輩は先程と同じ口調で言った。
「………でもどんなに酷い人であっても見捨てられない………。僕の、愛する人。あなたがどん底に落ちるなら、僕も地獄まで付いていきます。………好きだ、愛してる、海斗さん」
音ががさがさ鳴りながら、恒星くんは悲しそうな声を出した。
またバタッと音がして、先輩の声がした。
「俺もだ」
そして二人のかすかな息遣いと服を脱ぐガサガサと音が聴こえてくる。
私はここまで聞いて、盗聴器をOFFにした。
西園寺先輩と恒星くんの二人は恋人同士だったんだ。
そして、やっぱり恒星くんは私のことを知っているということ。
"それが、一番、ひかりさんも先輩も救う言葉"
それは話の流れから、朝の'好きです'と言う言葉を指しているようだ。
どういうこと?
そして"もう二度とあんな状況に陥るのはごめんだ。"という恒星くんのセリフ。
恒星くんは西園寺先輩の何かを許していない。もう二度と同じ状況になりたくない。
でも、西園寺先輩を好きだから、見捨てられないといった状況であると考えられる。
そしてそれは私の家で恒星くんが来たときに怒った話と多分、同一。
つまり、しげと佳奈がいなくなったことなのかもしれない。
あの時、恒星くんは私に「もう少し早く知っていたら」と言っていた。
最近、知ったんだろうか。
そこまで考えて、再度、同居すると、私と先輩を救うことについて考えた。
私のことを知っている恒星くんと私が同居すると、西園寺先輩は私の生活を把握することができる。あと丸山さんのような男性をシャットアウトできる。そして私が自分で自分を傷つけない、メリットはそんな点だろうか、と考えて、私は気がついた。
西園寺先輩はきっと私に新しい恋人ができることを警戒したのではないだろうか。
新しい恋人ができて、何かのきっかけでまた排除しなければならない。
そして恒星くんは西園寺先輩にそういうことをやってほしくないではないだろうか。
そう考えれば、恒星くんは私を自分の恋人に仕立て上げれば、一石二鳥だと考えてもおかしくないと私はそう、結論を導き出した。
そして、私が部屋で寝静まってから、恒星くんは帰ってきた。




