12 心に水を、体に食事を。
家に帰って、ふうと大きく息を吐いて、風花の連絡を見た。
---
しげのニュースみた?
事故らしいけど………
---
そして、夕方にも連絡がきていた。
---
しげ、薬品に溶けて銀歯と骨の粉だけらしいって、DNA鑑定が厳しいってニュースになってる。
---
風花からニュースそのままの連絡がきていた。
だいぶ、気が動転しているようだ。
---
連絡遅れてごめん。
ニュース見た。
風花、連絡ありがと。
私も混乱してる。
---
風花に連絡し、その他の知り合いにも連絡をした。
すべての連絡が終わって、テレビをつけようかとリモコンに手を伸ばしたが、生々しいニュースを聞くのはちょっと……と思って、リモコンを棚に置いた。
ちょうどその横に父のパズルがおいてあり、久々にパズルを解こうと手に取った。
パズルはからくり箱になっており、1つが終わったら次の問題がと幾重にも鍵がかかっている。
なかなか解けず、私はベッドに寝転んでパズルを上に向けていろいろ動かす。そしてそのまま、いつの間にか深い眠りについた。
次の日は金曜日。
駅に向かうと、改札前で恒星くんに声をかけられた。
「おはようございます」と挨拶されて、私も同じ言葉で挨拶した。
「今日は光さんを待ってたんです」と鞄を腕にかけて、その上で腕組みした恒星くんは言った。
「はい……」
私は力なく返事した。
恒星くんと一緒に電車に乗り、並んで立ってつり革に持ち、揺れに体を預ける。
「……ご飯食べてます?」
ずっと話さないでいたら、そう恒星くんから声をかけられた。
「……」
昨日の夜はほぼ食事を取らずに眠ってしまった。
「…気持ちが落ち込むのわかります。でも僕らにできることって、生きることじゃないですか。」
恒星くんを見ると、窓の外をまっすぐに見ていた。
「そうだね……」
私がつぶやくように答えると、恒星くんは私を見て少し笑った。
「そうですよ…。光さんと海斗先輩は、ちゃんとご飯を食べること」と言った。
「お昼に会社にいるのであれば、ランチ食べましょう」
電車降りて、ランチの誘いにOKして、恒星くんと別れた。
今日は部署内は閑散としていた。
仕事をしていたら、丸山さんから電話がかかってきた。
「どうしたんですか?」と質問したが、思えば昨日の話なのかと言ってから気がついた。
「昨日の話。結局、西園寺さんだけ参加になったんだけど……」と渋りがちに教えてくれた。
「私も参加します?」
私は聞いた。
「俺は今、狭山に参加を依頼するために電話したわけじゃないんだ。西園寺さん、狭山にも断る権利あるからって言ってたよ。………俺はさ、西園寺さんの参加はいつも必須じゃん?それ自体がちょっと気になって」
どうも丸山さんは西園寺先輩は他人の断る権利は主張して、先輩自体が主張しないことを気にしているようだ。
「丸山、確か同じ大学だったよな?そこらへん何か知ってるかなと思って」
いつも何も言わずに先輩が引き受けてくれることを部署内の人はあまり気にしていなかった。
あまりにそれが当たり前のような素振りで、先輩は不参加という選択権がないか、もしくはあったとしてもそれは選択しないと思われている気がする。
そんな状況の中、丸山さんは昨日、水戸さんから強烈な指摘を受けて、違和感を感じたのだろうと私は推測した。
「そうですよね……」
先輩はどう思っているのか、か。
「丸山さん………本人に聞いてみたらどうですか?」と私は言った。
西園寺先輩の話はいつもぼやかして適当に答えていたが、丸山さんの真剣な態度に私は思った通りに伝えてみた。
「え、直接?」
丸山さんも驚いている。
「はい。きっと答えてくれます。私のあやふやな考えを伝えるよりずっと正確です」と押した。
「そっか、そうだよな………ありがとう」と納得して、電話は終わった。
お昼の時間になった。
恒星くんとは社食ではなく、近くのお店で外食することになってエントランスで待ち合わせた。
そこには恒星くんと海斗先輩がいた。
恒星くんが誘ったようだ。
ランチ前にお店に入ったので、店内は空いていた。夜は居酒屋、昼はランチのお店で半個室になっていた。
部屋に通され、メニューを決めた。
「空気が淀んでます……」と言って恒星くんが空気を払う仕草をした。
海斗先輩が「午後は外出?」と私に聞いてきたので、私は答えた。
「そうですね………先輩は?」
「俺も……午後というか、夕方から」
私の顔をみて、答えてくれた後、「そういえば………さっき、丸山から電話あったよ」と言った。
お茶を一口飲んで、「狭山だろ?俺に電話するように言ったの」と確かめるように聞いた。
なんで気がついたんだろう?
丸山さんがわざわざ私の名前をいうわけないし。私が答えを考えている中、「丸山は名前を言ったわけじゃない。誰かに先に聞いたんだろうなって。関係者で話ができるのが狭山だろうなって」と教えてくれた。
「………私が答えられる内容ではなかったので、適任者を勧めました」と私は伝えた。
そうしたら、「ありがとな。おかげで雨降って地固まったよ」
丸山さんとうまく話せたようでよかった。
「先輩、あの後、考えたんですけど、その研究会に参加させてほしいです」
先輩はちょっと驚いた顔をした。
「それは………俺だけが参加することになったから?」
私は素直な気持ちを先輩に話した。
「そういう気持ちはゼロではないです………ただそれよりも丸山さんが良い機会と言われていたので、参加してみようかと思いました」
先輩は安心した顔で言った。
「そっか。それなら、こちらこそお願いします。この件はさ、営業部門から丸山繋がりで依頼された内容だから、後で伝えておくね」
そう話しているうちに注文したランチの定食がやってきた。
そこまで私達のやりとりを静かにみていた恒星くんが、「区切りになりました?ちょうどきましたね。さぁ、ご飯食べましょ」と言い、そしていただきますと続けて食事をしだした。
食事が終わるとランチについてきた飲み物がやってきた。
恒星くんはコーヒーを飲んで、「誰かと一緒に食べると思っているより食が進みますよ、だから何かあったら一人で食べない」と私と先輩に向けて言った。
「いつも言ってる。」と手の平を恒星くんに向けて、先輩がいい、「俺の健康は恒星のおかげで成り立ってると思ってるよ。ありがとう」とお礼を言った。
私はこんなに人のことを考えてくれる人に対して自分の殻に閉じこもろうとしていたことを少し反省した。
「………私、昨日、恒星くんを駅で見かけたんだけど、声かけられなかった……です。今日、声かけてくれてありがとうございます」
「…………そんなこともありますよ。今日こそはと、待ちましたから」
きっと恒星くんのことだから気がついていたのかもしれない。
それも知らないふりをしてくれる。
優しさに救われてる。
私は息を吸い、皆が気にしていることを言った。
「……しげの死亡を確認したって、ニュースしてましたね」
黙る二人。
「………そうだ……な」
先輩がかろうじて聞こえる声で言う。
恒星くんも静かにいう。
「実感がない、ですね……」
そのうち、お葬式の連絡がきて、きっと我々はそれらが終わって実感する。
真梨恵の葬式で体験したあの出来事をまた繰り返すんだと思い返した。
「ひかりさん・・・思い詰める前に連絡してくださいね。飲みでも食事でも、行きましょう。」と恒星くんが誘ってくれる。
「恒星くん、ありがとう。うん、………悲しいけど、今の所は大丈夫」
その私をみて、先輩は「………お互いを大事にしよう」と言ってランチを終了した。




