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1 始まり

 喪服を着るのは、1年ぶり。

 今日は1年前になくなった友人、真梨恵(まりえ)の法要。

 両親が親戚を呼ばない代わりに、親しかった大学時代のメンバー一同で参加することになった。


 法要が終わって、真梨恵の自宅から出てすぐ、隣にいた佳奈(かな)が私に「(ひかり)、ちょっとお茶しない?」と声をかけてきた。


 その言葉を聞いて、後ろからついてきていたしげが急に話に入ってくる。

古川(ふるかわ)、今、俺も同じこと考えてた!」


 佳奈とその横にいた風花(ふうか)はえっと声を上げてしげをじろっと見た。


「私は光に言ったんですけどね………」

「俺も光とお茶したいわ♡」

 

 後輩の恒星(こうせい)くんが後ろから私にそっと

「いきます?」と手でジェスチャーしてくる。


 別にこれといった予定はないけれど、どうしようかと考えていると、「しげと古川(ふるかわ)さんは狭山に久々に会ったんでしょ?」と西園寺(さいおんじ)先輩は言った。


続けて、「少し休みたいし、せっかく皆で集まったからどこか入ろうか。まぁ、狭山は俺とプライベートも一緒とか、うんざりかもしれないけど。いいよね?」と、西園寺先輩は茶目っ気たっぷりに話した。


「久々だけど、西園寺ブシ健在っすね」と返すしげに先輩は「まあね」軽く受け流し、そこに恒星くんが「しげさんは海斗(かいと)先輩に感謝したら?」と呆れた声を出した。


 先輩の祖父は事業会社を経営し、父親は国会議員で兄と弟は大病院の経営に関わっている。

 そんな血筋の上、顔も整っており、筋肉質だけどすらりとした体格で性格も温厚、落ち着いている彼に声をかけられて、断る女性はいないという大学時代の噂をしげは揶揄したというわけ。


 私と先輩は同じ会社で上司部下の関係。

 同じ大学、大学院のゼミ研究つながりで職場を紹介してくれた先輩でもあり、もう10年ぐらいの付き合いがある。


 だから先輩はプライベートでも一緒なんてうんざりかも、と言ったのだが、職場を含め、先輩と私はほぼ2人きりで話すような機会はない。いつも大勢の人に囲まれている先輩に近づくこともない。大学メンバーで会う時でもないと、私達が友人である、ということも忘れてしまうぐらい。


 そんな私と先輩は私の高校時代に、一年前に亡くなった真梨恵を通して知り合った。


 真梨恵は同学年、同じ女子高で同じ寮生で一緒に過ごした1人。髪は茶色でふわふわの地毛を持ち、長い髪で男性受けする格好を好み、寮にも関わらず、男性を連れ込んだり、交友関係が広く明るい女の子。


 彼女は高校に入ってすぐ通い始めた予備校で御曹司が大学紹介で講演するという噂を聞きつけ、先輩と同じ大学、学部を希望する私を誘い、講演に参加したのがきっかけで先輩と知り合いになった。(なんと真梨恵は講演終わりの質問時間に先輩と連絡先を交換した。)


 それから先輩へのアプローチといったら、見ている方が迷惑なんじゃないかと心配になる感じ。

 そんな真梨恵にも先輩は優しく、さりげなく流してた。そして真梨恵が企画した大人数のバーベキューで挨拶して私は先輩と知り合いになった。


 休める場所を探して、私達は少し歩いてあまり遠くないが、喪服が目立たなそうな人の少ない、古い喫茶店に入った。


 女性3人、男性3人に分かれて席に座った。


「久々だね」

 肩ぐらいの髪を揺らして風花が私と佳奈に声をかけた。

「真梨恵のお葬式が最後だね」

 私は言葉を出して、そして真梨恵を思いだした。


 就職試験の前日に、「私、明日の試験受けるのやめる。永久就職を教授にお願いしてくる」と突然、言い、皆を驚かせた真梨恵。結局、試験を受けていないのに、その会社に就職した。(多分、教授の力。)

 

 そしてその数年後、永久就職しようとした教授を振って逆上された教授に殺される。そして教授も後追い自殺をした事件から一年が経った。


 亡くなったというのに、真梨恵を思いだすとその華やかな印象を、カラフルな服を好み、メイクして笑った顔を思いだす。


 急に鼻の奥をつんとして涙がこみ上げてくる。

「ごめん、ちょっとお手洗い」

 そういって私は席を経った。

 喫茶店の奥のトイレマークがついている扉をあけて、さらに細い通り道の途中にあるトイレに向かった。立ち止まり、少し考えて入ろうとしたその時、後ろからきた人に腕を掴まれた。


 しげだった。 


 腕にあった手は私の手をつかみ、そのさらに奥の曲がり角まで連れて行かれた。


「つかんでごめん、大丈夫?」


「うん」

 しげの顔をよくみたら、目の下が黒い。


「しげ、どうしたの?」


「何でもねぇよ。おまえこそ。」

 涙を流している姿をみて指摘された。


「いや…」


「まぁ、これ」

 そっとハンドタオルを差し出した。

 タオルを折りたたんだ間に紙が挟んであり、カサと音がなった。


「とりあえず、俺さ、光の顔、見れてよかった」

 そしてふいに抱きしめられた。


「え、しげ…」


「うん、ちょっと充電。」


 ん、と言ってそのままタバコ吸ってくるからとふっと体が離れた。


 私はトイレに戻り、涙で落ちた化粧を鏡の前で整えて、個室に入り、しげの手紙を開いた。


----

Dear ひかり


手紙を読んでくれてありがとう。

俺、誰かに狙われてて、

2回殺されかけてる。

誰も信用できなくて手紙を書くことにした。

次は死ぬかもしれない。


駅のロッカー#45の袋を受け取ってくれ。


FROM しげ

---


 この手紙、どういうこと?

 トイレの個室の壁によりかかり、目を閉じた瞬間、

「ねぇ、光、大丈夫?」

 個室の外から風花の声が聞こえた。


「うん、大丈夫だよ。トイレ行って帰らないとか心配させてごめん」


 私は手紙をバックにしまい、扉を開けた。


 風花はほっとした表情になって言った。

「わかるよ。光、真梨恵のこと、考えてたんでしょ…私だって思い出すよ。おばあちゃんになっても生きそうな感じなのに、もうあっけなく死んじゃうんだから」

 そして風花は私に抱きついて泣き始めた。

 結局、佳奈まで迎えにきた。


 席に戻り、頼んだ飲み物を飲みながら、「風花は結婚したら薬局やめるんだっけ?」と佳奈が風花に聞いた。


「うん、すぐ子供欲しいし。今の待遇がなくなるかもしれないけど、また勤めればいいかなって」


「そっか、そうだよね。薬剤師の免許の有効的な使い方だね!…そういえば、光は激務でしょ?転職考えないの?」


「考えないこともないけど…」

 そう私は言い、頼んだカフェオレを飲んで答えを考えた。


 そこにしげが入ってきて、

「なになに?悩み?俺、聞くよ」


「誰も呼んでない。」と風花と佳奈。


「えーー。光はそんなことないよね?」

 お願いポーズ取られて、「しげが人の話を聞く時ってさ、何か企んでいるときだよね」と私。


 しげは白々しい驚いた顔をして、

「俺はさ、この機会に光をデートに誘いたいの」

うわっ直球、きたよって風花と佳奈が私を見る。


「皆で会ってる中で1人、元サヤを狙う男、ないよ」と佳奈がしげに頭に手でチョップする。


 負けじとしげは「かなチャンの転職話だって、あれでしょ、光、一緒に働こうよ?なんだろ」


 佳奈はうっと詰まる。

「だったら、なんなんのよ?光と一緒に仕事するの夢にしちゃ悪いの?」


「俺が口説くのと、かなチャンがやってること同じだから!」

 しげのそれと全然ちがうしーーと主張する佳奈。


 そう、しげは私の元彼。

 大学時代の彼。


 彼は大学院には進まずに就職した。

 それから浮気されて別れた彼氏。

 浮気をされる原因は自分にもあったから、彼の非を責める気持ちはないけれど、それをちょうどいい機会と捉えて、別れを選択した。

 もちろん、しげからちょっと浮ついただけで、気持ちが離れたわけじゃないと何度も説明されたけど、どう進んでも結果は同じのように見えたので、別れのない友人に戻ろうと説得して今の立ち位置になった。


 それでも機会があるたびにしげは私を遊びに誘ってきた。気を持たせる行為はしたくないとはいっても、はっきり断ることもできず、結局、私は周りの友人を巻き込んで会うような状況になっている。


 真梨恵が生きていた時はもっと頻繁にこのメンバーで遊んでた。その時のような空気ではあるんだけども、今日は直接すぎる会話で収集がつかない感じ。


 この空気どうするのかなと、ふと隣の席をみると、西園寺先輩と恒星くんがあまりこちらの会話を気にも留めてない様子で、二人で談笑していた。


 恒星くんも私と同じ大学院で研究室から職場まで同じ。(先輩と私の紹介。)

 職場では部署が違うけど、何かと気にかけてくれて、すれ違いの挨拶留まらず、ランチやらメールやら女性のように、こまめに連絡してくれる人懐っこい後輩。


 二人を見た私に気がついた恒星くんが、「ひかりさん、指から血が出てますよ。はい、ティッシュと絆創膏」そう言って、渡してくれた。


「恒星くん、ありがとう。気が付かなかった。どこで切ったんだろう」と私がつぶやき、風花が横で「いつもどおり、恒星、気が付くよねー」と言った。


 恒星くんはいやいやと手を振りながら謙遜した。

「つい手元を見る癖がありまして」


「え、それ、なんかヤラシー」

 しげのツッコミに、静かに見守っていた西園寺先輩がつかさず、「なんだ…ろうな、しげが一番、欲望だらけに見えるの気のせいかな」と言い、皆の笑いを誘った。


「ったく、ほんと東に東大寺、西に西園寺サマサマっすね」

 しげはうなだれて言った。


 西園寺先輩は皆に話題を提供して、それにしげがつっこむという、いつもの流れになって、それからしばらく和やかに話して、解散となった。


 車できているという西園寺先輩が同じ方面の私、恒星くん、風花を乗せて、送ってくれるという。


 助手席に風花、後ろに私と恒星くんが乗る。


 風花は西園寺先輩に「西園寺先輩の車、久々ですね。いつ見ても、運転がスマート。送っていただいてありがとうございます♡」


「風花ちゃんは今日もキレイな爪だね。それは春色なのかな」


「先輩、よく見てますねー!」

 二人は仲良く話をし始めた。


 私は前の二人の会話をぼうっと聞いていたら、窓の外をみていた恒星が、「ひかりさんは、愛する人から離れたいと言われたらどうします?」と唐突に聞いてきた。


 それは教授と真梨恵のことを指して話してるんだと思った。


「私なら、それは何か理由があるんだと思うから、しょうがないって思って諦める、気がする」


「潔いですね。僕は執着するタイプなんで、多分、諦めず気持ちがなくなるまでずっと想います」ときっぱり言った。


 その勢いと恒星くんの意見への言葉を探して、私は手元をじっと見た。

「気持ち悪いですかね?」と恒星くんは聞いた。


「えーと……、恒星くんは芯が強いよね」

 もちろん、良い意味だからね、と少しトーンを抑えて私は伝えた。


 恒星くんは、ははって笑って、「教授のこともあって、大声で言えませんが、振られても、自分で命はたちません」続けて、「自分に好きな人がいるだけで幸せです。今日、実感しました」と言った。


「うん、恒星くんから、日々、オーラ、滲み出てるから、わかる気がする」

 いつも感情が安定していて、誰にでも分け隔てなく、笑顔で接してる姿が浮かぶ。


「え、出てます?」

 恒星くんは嬉しそうに言った。


「恒星、声がやけに高いけど、なんの話、してるの?気になるわ」と前から西園寺先輩が話しかけてきた。


 恒星くんは顔を真っ赤にして、「どーでもいい話です!光さん、話聞くのうまいから、調子よく話してしまって!!」と慌ててフォローする。


「で、なんの話だったの?狭山??」

 先輩はどうしても内容を知りたいらしい。


「恒星くんは、日々幸せだから、精神が安定してるっていう話ですよ」私は簡単に内容を伝えた。


 恒星くんが、いいです、もう、この話題!と言うのと被ったけれど、なんとなく伝わったみたいで、先輩は満足して「おお、そういう話か」と相槌をうち、納得した。


 そうこう話しているうちに、恒星くんの家についた。

「また月曜日に」と挨拶して別れ、車に乗ろうとして私は「ごめんなさい、☓☓駅に寄る用事を思い出して、このまま降ります」と言った。


「☓☓駅だったら、少し先だね。最後になるけど、大野さん送ってからでもいいかな?」と西園寺先輩は聞いた。


「いえ、申し訳なくて」という私に、「先輩は良いって言うから、大丈夫だよ、光」と風花が助手席の扉を開けて、押してくれた。


 先輩もほら乗って、という仕草をして車に乗り込んだ。私は「お言葉に甘えさせていただきます、お願いします」と助手席に座った。


 恒星くんの家から風花の家付近まで、そんなに距離がなく、すぐ到着した。(私の家は恒星くんの家近くだから、もっと早く降りるはずだった。)

 風花は降りなくていいからと、窓越しにバイバイと手を振り、路地に入っていった。


「じゃあ、駅に向かうか」と、先輩はつぶやき、車は走り始めた。


 特に会話もなく、車内にはカーナビの音とラジオの洋楽が流れている。

 しばらくして、西園寺先輩の家を通り過ぎた。


 ずっと黙っていた先輩が口を開き、

「あの、ちょっと車、止めていい?」と聞いてきた。


「はい、いいですけど、どうしました?」

「あ、うん………、少し話したくて…」

 そういって、近くの公園の駐車スペースに車を止めた。


「今日…、久々に皆と会って、皆、見た目は元気そうだったけど、ちょっと元気なかったよな」と先輩は車のハンドルにもたれて、言った。


 確かに皆、テンションがちょっとおかしかった。

 一年前は真梨恵のお葬式で全然、実感なかった中で、今日は自覚してから初めて皆で会って、真梨恵のいないアンバランスな状態で会話に収集がつかなかったのかもしれない。真梨恵がいたら、想像を超える話題を提供してくれて、全部、笑い飛ばされていたはずだ。


「何、話したらいいかわかんないよな」とつぶやく先輩。

 私は何も言えずに、聞いていた。


「梁さんがいなかったら、きっと俺、こんな場にいなくてさ。あの日まで、たくさん連絡もらってて、この一年、連絡がなくなったことに全然、慣れないよ」

 先輩はハンドルに腕を曲げて顔をうつ伏せた。


「……そうですね」

 私も両手をぎゅと結び、何か言わなければと言葉を絞り出した。


 寂しそうな横顔。


 先輩の頬に一瞬、涙?

 そう思った瞬間、先輩はその顔を隠すように、私を優しく、そっと抱きしめられた。


 多分、時間にして5分ぐらいたったころ、体を離して、「人の暖かさって、身に染みるな」とつぶやいた。


 そして駅まで送ってもらった。

「遠くまでありがとうございます」という私に「いや…俺こそ、…………明日には忘れて」と先輩は言った。

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