表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/59

7 アマリスの馬鹿

 うす暗い森の中、ロズドは相棒からの報告を待っていた。ロズドは城外の戦いでエクレルを取り逃がしただけでなく、仲間の多くを失わせてしまったことの責任を取らされる形で、エクレルの追跡を上から命じられていた。


 すぐに命令を受けたのだが、多くの仲間を失った後だったため、ケガ人の手当と死体の処理で準備が遅れた。大急ぎで追跡を開始したが、途中から完全に消息を見失ってしまった。そんな中、部下の執念でエクレルの血の跡らしきものを発見できたのは僥倖だった。


 ロズドはその血の跡がエクレルのものであることに賭けた。そして、跡を付けること数日、ついにエクレルが逃げ込んだと思われるオットー山脈の麓の森に辿りついた。


 ここから先は深い森になっていて山も険しい。この辺りで休憩してくれていることを期待したのだが、捜索に出した部下から良い報告が上がってこないため、少しイライラし始めていた。なぜ見つからない。くそっ、そもそもあの女は何者だ。なぜエクレルを助けた。


 ロズドは城外の戦いで途中から参戦してきた謎の少女のことを思い出した。栄光あるエストーレ王国の黒の騎士団アマリスの精鋭たちが少女一人に翻弄されてしまった。あの少女だけには痛い目にあってもらわなければ気が済まない。


 と、そこへ最も頼りになる相棒のナーシスが捜索から戻ってきた。


「ナーシス、遅いぞ。どうだった?」

「まだ出てから一刻も経っていない。遅いと言われるのは心外だ、馬鹿」

「おい、いくら旧知の仲でも小隊長に向かって馬鹿とはなんだ」


 ナーシスとは幼いころからアマリスの訓練施設でずっと一緒だった。自分とは違い、隠密仕事が得意ですこぶる優秀な女だが、口が悪いのが玉に瑕だ。


「二人を見つけたぞ。だが、何者かに保護されたようだ」

「おい、無視するな。えっ、なに? 保護? それは何者だ? 国王派のやつらか?」

「いや、それは考えにくい。国王派にこんなところまで追ってくるような体力のある奴はもうない」

「だとしたら何者だ?」

「分からない。だが、何者かに保護されているのは間違いないと思う」

「そうか。なら話は簡単だ。そいつらに二人をこちらに引き渡すようにお願いすればいいんだな」


 ロズドが不遜な笑みを浮かべながら大胆な発言をした。ナーシスは嫌な予感だけが全身を駆け巡り、何としてもこの馬鹿を止めなければと思った。


「それはまずいだろ。私たちは暗殺者。人に顔を見られてはまずい。ロズドはいつもそうだ。暗殺者としての自覚が足りない。だからいつもアコーニット様に怒られる」

「そんなことはないぜ。要は誰にも見られなければいいんだろ? 俺の顔を見たやつ全員をその場で殺してしまえば問題ないってことだ」

「……大馬鹿」

「ん? 何か言ったか?」


「なんでもない。で、どうする? 本当に真正面からお願いしに行くつもりか?」

「ああ、死にたくなければ渡せってな」

「……ロズド、あんたホントに馬鹿なの? 罠だったらどうするの?」

「そのときは罠ごと蹴散らしてやるよ」

「はい、超大馬鹿確定。なんであんたなんかが小隊の隊長なんかやってるのよ? 前任者の方がよかったなー」

「知らねーよ。アコーニットのおっさんが俺を指名したんだ。諦めて俺の方針に従いな。援護は頼んだぜ」

「はいはい、あんたの尻拭いは任せて」

「尻拭いじゃなく、援護な」


 ナーシスは説得するのを諦めた。そう言えば、ロズドは昔から人の話を聞くタイプではなかった。もうこうなったら腹を括るしかない。だが、同行している部下に何と説明したらいいか。分かって貰えるだろうか。


 ナーシスはそんなことで頭を悩ませている自分に嫌気が差してきた。



 ヨナたちは東門の詰所でサーシャたちと作戦会議をしていた。基本作戦は、まず入口にヨナの土魔法で落とし穴の罠をはる。それで雑魚を足止め後、小隊長が乗り込んでくる。そのときに備えて他のみんなは魔法の詠唱を済ませておく。小隊長が入ってきたと同時に魔法を放つ、というものだ。


 みんなの魔法を受けたら、間違いなく消し炭になってしまうと心配していたら、相手はすばしっこいから直撃する可能性が低いそうだ。小隊長クラスの強いやつは恐らく一人とのこと。それなら何とかなりそうだ。


 暗殺者は人に見られたり、確実に殺せなくなるとすぐに引くから、みんなの魔法の威力を見て戦意をそぐことができれば御の字らしい。とはいえ、初めての実戦だから緊張する。


「おい、サーシャ」


 アラマンが口を挟んできた。


「ん? 何? この作戦に何か問題でも?」

「大ありだ。なんだこの穴だらけの作戦は」

「上手いこと言うね。確かに落とし穴ばかりの作戦だ」

「冗談を言ってる場合か。相手が落とし穴にかからずに数人突破してきたらどうするんだ? 小隊長だけに的を絞って構えてたら対応できなくなるぞ」

「あっ、ほんとだね。……どうしよう」

「お、おい。本当にそれだけの考えだったのか?」

「う、うん」


 確かにアラマンの言うとおりだ。敵がすべて罠に引っかかるわけではない。何人か突破してくるとしたら、別の対策を考えておかなければならない。


 それにしてもサーシャもそんなに実戦には慣れてないのか。アラマンが指摘するまで自分も気が付かなかったけど、この作戦は穴だらけだ。ウィステリアも呆れてものが言えない、というような表情をしている。


 とそこへ、詰所の扉が静かに開いた。


「おい、邪魔するぞ」

「カルロさん! 来てくれたんですね」

「おお、ヨナ。相変わらず元気そうだな。フロワも」

「ヨナ、私もいるんだけど……」

「シュリも! ありがとう」


「アラマン、族長に言われて助っ人に来た。まずは状況を教えてくれ」

「ああ、カルロ。なんかお前が来てくれて心強いよ」


 カルロはこの爪痕で最も優秀な剣士の一人だ。来てくれて本当に心強い。シュリも一緒ということは訓練中だったのだろうか。シュリはフロワと同い年だが、剣士としての腕は確かだ。


 カルロとシュリは、サーシャと軽く挨拶を済ませて話を進めてくれた。族長から事前に聞いているのだろう。サーシャのことに関しては何も聞いてこなかった。カルロとアラマンで話は進められていく。


「……という訳だ。カルロ、お前の意見を聞かせてくれ。お前たち剣士はよくチームで行動しているだろうから、俺たちよりも実用的な作戦を考えられるはずだ」

「……そうだな。相手の力が図れないので何とも言えんが、突破してくる敵については問題ない。俺とシュリで何とか対応する。あと俺たちの援護にヨナが付いてくれれば大丈夫だろう。敵の狙いがそっちの嬢ちゃんなら、嬢ちゃんは前線に出ずにヨナの隣で全体の援護をしてくれるか? 相手のことを知っているのはあんただけだからな。一番後方で援護を頼む。」

「分かった。突破してきたやつはカルロに任せる。入り口付近の攻撃は私で対応すればいいんだな?」

「ああ、フロワとウィステリアにお前が付いていれば何とかなるだろう。どうだ、嬢ちゃんもこれでいいか?」


「‥‥…いいんだけど、何か釈然としないわね。それと私は『嬢ちゃん』ではなくてサーシャよ。ちゃんと名前で呼んでちょうだい」


 サーシャは自分の考えた作戦がカルロに取られたみたいで悔しそうだった。だが誰の目から見てもカルロの作戦の方が良さそうに思えた。


「じょ、いや、サーシャ。それと、最後に確認しておきたい」


 カルロが一呼吸おいてサーシャに訊ねた。


「本当にドラゴンはいないんだな?」

「うん、いないよ。たぶんだけど。少なくとも私たちは一週間ほど旅してここまで来たけど、ドラゴンには会わなかった」

「そうか、分かった」


 ドラゴンがいない。ヨナはその言葉を聞いて全身に雷が打たれたような衝撃を受けた。信じられない。ドラゴンがいないなんて。サーシャは外の世界から来た。そうだ。ドラゴンがいないと考えたらすべてが腑に落ちる。


 この爪痕も二百年間一度もドラゴンに襲われたことはないではないか。外から来たというエクレルもサーシャもドラゴンがいないから、外から来ることができたのだ。自分たちはずっと自由だったのだ。とっくの昔から外に出ることはできたのだ。


 いや、そうではない。その勇気が出ないことを言い訳にして閉じこもっていただけだ。悔しい。悔しいけど、悔やんでも仕方がない。外に出てみたい。やっぱり自分は外の世界を知りたい。外の世界を冒険してみたい。この戦いが終わったら。


「ヨナ、あんたもしかして『この戦いが終わったら、外を旅してみたい』とか思ってないでしょうね?」

「えっ、ウィステリア? い、いや、何で分かっ、いや、そんなことないよ。ちょっとびっくりしただけだから」

「まだ、本当にいないって決まったわけじゃないのよ。だから先に一人で突っ走らないでよ。ねぇ、フロワからも何か言ってあげて」

「えっ、う、うん……」


 フロワも衝撃を受けてるのか、まだ頭が整理できていないという感じだった。無理もない。ドラゴンがいないって言われても、物心ついた時からドラゴンの危険性について口酸っぱく言われてきたんだ。はいそうですか、って一言で信じられる話はない。


「その話については、落ち着いてからゆっくりしよう。まずは目の前の敵に備えるのが先決だ。みんな、準備を始めるぞ。敵はいつ攻めてくるか分からないからな。急ごう」


 アラマンの号令で、皆で戦いの準備を始める。ヨナはまず落とし穴の準備から始めた。落とし穴は簡単に作ることができる。土魔法の基本中の基本だ。落ちた後に大けがをしないよう底は浅い泥沼にしよう。そうしたら落ちた後しばらくは身動きが取れないだろう。ヨナは早速土魔法を発動させる。


「土の精霊たちよ。水の精霊たちよ。我が魔力を糧に我の願いを叶え給え。大地の理を我が力にて……」


 地面の土が取り除かれて、穴が開いていく。その底が少しずつ湿潤し、脛あたりまでの深さの泥沼が形成されていく。よし、順調だ。


「その詠唱は相変わらずね。声が小さいからいきなり独り言を言い始めたみたいで怖いんだけど。まあ、私は慣れたけどね」


 ウィステリアが声をかけてきた。


「そうかな? 確かにみんなとはちょっと違うけど、僕にはこの方法が一番しっくりくるんだよ」

「ヨナがそれでいいなら、いいんだけどね。ちょっと気持ち悪いだけ」

「あっ、また気持ち悪いって言った!」

「お兄ちゃん! 遊んでないでちゃんと準備してよね」


 ウィステリアと遊んでいると勘違いしたフロワに叱られてしまった。確かにフロワの言う通りだ。早く準備を終わらせないと、準備中に敵と遭遇してしまう。


「ねーえ、誰か偵察に行けないかな?」

 

 作業も終わりに差し掛かったところで、サーシャが提案してきた。だがみんな外に出るのが怖いのか、誰も返事をしない。


 自分も外に出たいはずなのに、ドラゴンへの恐怖がまだ体に残っていて踏み出せない。初めての実戦前というのもあって、前に踏み出す勇気が湧いてこない。


「ヨナの魔法で気配を最小限まで消すことができるでしょ? その魔法をサーシャにかけてあげたら?」


 ウィステリアから提案があった。


「えっ、なになに? ヨナだっけ? そんな魔法があるの?」

「あっ、うん。まあでも気配を消すって言っても完璧じゃないけどね。小動物程度の気配は残ってしまうから。」

「ふーん、あなたって本当に不思議ね。魔力はそんなに高くないのにそんなことできるんだ」

「な、なに?」


 サーシャが顔を近づけてきて、ヨナの顔をじっと見つめてきた。ヨナは急に恥ずかしくなって反射的に目を逸らした。サーシャみたいな可愛い女の子とそこまで顔を近づけたことのないヨナは顔を真っ赤にして盛大に照れた。


「び、びっくりするじゃないか。急に、やめてよ」

「ふふっ、照れちゃって可愛い。あそこで本気の殺気を私に向けてくる怖いお嬢さんがいるからこの辺にしとくよ。じゃあ、その魔法、かけてくれる?」

「わ、分かったよ」


 サーシャは不思議な子だ。見た目ではフロワと同じか少し下に見えるのに中身はもっと上に思える。見た目だけでは判断できないし、実は結構上なのかも知れない。


「精霊たちよ。我が魔力を糧に我が願いを叶え給え。心の営み、体の営みの発現を抑え給え」


 ヨナはサーシャに魔法をかけた。するとサーシャの体が少し光に包まれた。ちゃんとかかったようで安心した。爪痕の人間以外にかけるのは初めてだったので、もしかからなかったらどうしよう、と少し不安だった。


「ありがとう。これでちゃんとかかってるのかな?」

「うん、大丈夫だよ。みんなは今サーシャを認識しているから、ちゃんとそこに『いる』って分かるけど、隠れていたらそうは見つからないはず」

「よし、じゃあ私が外の偵察に行ってくるね。敵が近づいて来たら、知らせに戻ってくるから」


 サーシャは風魔法を使いながら東門から外に出て行ってしまった。あんなにもあっさりと外に出ることができるなんて。ヨナも含めてそこにいる者全員が思った。


 みんなはまだ「ドラゴンがいない」というサーシャの言葉を受け止められずにいた。ドラゴンは本当にいないのだろうか。あんなに簡単に外に出ることができるサーシャが羨ましい。


 ヨナは、あんなに外に出たがっていたのに、いざ外に出ても大丈夫と言われたら、怖くて一歩踏み出せない自分に少し苛立っていた。


 と、そこへ先程出て行ったばかりのサーシャが戻ってきた。


「みんな、もう敵はこっちに向かっているわ。人数は5人よ。恐らく小隊長だと思われるやつがまず先頭切ってこちらに近づいてくる」

「よし、みんな、配置につくんだ」


 アラマンからの号令がかかり、この場が一気に張り詰めた。初めての実戦だ。相手は人間らしいがどんな奴だろうか。どんな武器を持ってるかも分からない。どこからどのような攻撃がくるかも分からない。自分たちの攻撃がちゃんと通じるかどうかも分からない。緊張がピークに達する。


 そして大柄の男が一人で東門から入ってきた。少し長めの剣を持っている。ヨナには目の前でカルロが身構えるのが分かった。カルロが身構える程の腕の持ち主が来たということだ。その男は不遜な笑みを浮かべたままこちらに向かってきた。


「こんなところに本当に人間がいやがるとは。おいっ、ここにおんっ……」


そして、ヨナの作った落とし穴に落ちた。


ロズドとナーシスは仲良しの幼馴染です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 今までずっと外には怖いドラゴンがいるという前提で、それを信じて常識として生きてきたわけですから、「もういない」と言われても、そう簡単には信じられないですよね……それはしょうがないと思います…
[良い点] Twitterから来ました。 全部読んでから感想書こうと思ってたのに、見事な落ちっぷりに笑ってしまって無理でした(笑) しかしそれも含めて面白いです。 キャラの個性も豊富で、この村での生…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ