5 外の世界から来た少女
大きな音がして、ヨナは扉の方を見た。族長が来てくれたのかと思ったら、現れたのはウィステリアと妹のフロワだった。
「な、なんで二人がここに来たの? あれ? 族長は?」
「おか、族長はもう少しでここに来るわ。先に風魔法で飛んできたのよ」
「お兄ちゃん、やっぱり巻き込まれていたのね」
挨拶もそこそこにウィステリアが訊ねる。
「ヨナ、そんなことよりここに寝ている二人は一体誰なの?」
「そ、それは‥…」
「それはまだ誰なのか分からない」
アラマンが口を挟んだ。このままこの三人に会話を続けさせたら、ただでさえ複雑な状況が余計に収拾つかなくなってしまう。アラマンがそのまま状況を説明した。
「……ということだ。男の方は治療魔法をかけたがまだ目を覚まさない。思ったより血が流れてしまったのだろう。少女は、おそらく自分で傷を治したのかも知れない。が、詳しいことは分からない」
「そうですか。先生。ありがとうございます。あと、いきなり押しかけてきてすみませんでした。もうすぐ族長が来ると思いますのでしばらく様子を見ましょう」
ウィステリアの予感は的中していた。どっからどう見てもこの二人は外から来たに違いない。案の定ヨナの目はキラキラと輝いている。二人のどちらかが目を覚ましたら真っ先に外の世界の話を聞きたがるに違いない。ウィステリア本人も外の世界のことは聞いてみたい。興味はある。
だが、アラマンの言う懸念も考慮する必要がある。彼らの追手がここに来ないとも限らない。そうなった場合は状況からして戦闘は避けられないだろう。移り住んでからこのかた戦闘などしたことのない平和なこの爪痕に敵が攻めて来たらたちまち滅んでしまう可能性がある。
いや、それよりもどうやってこの二人はここまで来たのだろうか。敵に追われながら?敵は単独か?複数か?敵がいるにしたって、ドラゴンがいるこの世界で手勢を連れてここまで来ることができるものなのか。
しばらくすると、ミサリアが詰所に到着した。かなり息を切らしていた。ウィステリアとフロワのあとを走って追いかけてきたからだ。
「つ、疲れたー。もうっ、二人とも、おばさんを置いて先に行ってしまわないでよ」
「族長、おはようございます。朝からいきなりお呼び立てしてしまい申し訳ございません」
「いいのよ、アラマン。他ならぬアラマンからの頼みでしょ。ドラゴンのいる外の世界だって迷わず駆け出していくわ」
「おか、族長っ。縁起でもないこと言わないで」
「はいはい、ごめんね。で、緊急事態ってこの二人のことかしら?」
「はい、族長。それは――」
アラマンが今の状況を説明した。
「そう。状況は分かったわ。まずは、ブッシュ、ヨナ、突然の状況にも関わらず、落ち着いて対応してくれてありがとう。あなたたちのおかげでこの二人は助かったわ。二人にも感謝してもらわないとね」
「いえ、とんでもございません。当然のことをしたまでです、族長」
「ありがとうございます。ぼ、僕は先生を呼びに行っただけなんです。ブッシュさんがすべてやってくれました」
ヨナは謙遜して応えた。それもそうだ。自分は本当にアラマンを呼びに行っただけなのだから。
「謙遜しなくていいわ。ヨナがアラマンに知らせてくれなければ私は今ここにいないのよ。早くにこの状況を知ることができて助かったわ。本当にありがとう」
「い、いえ。お役に立てたのなら光栄です…‥」
「お兄ちゃん、もっとちゃんとしゃべらないとミサリアさんに聞こえないよ」
ヨナがもじもじしているので、フロワが堪らず注意する。
「ふふっ、フロワ。いいのよ。ヨナはこういうところが可愛いんだから。ねえ、ウィステリア」
「い、今はその話は関係ないでしょ」
ウィステリアが顔を赤くして言った。自分の娘をからかうのは楽しい。ヨナもフロワもウィステリアの気持ちには全く気付いていないので、一人で顔を赤くしているウィステリアを不思議そうに眺めている。
「アラマン。それでこの後どうしたらいいと思う?」
「はい、とりあえずこの二人が目を覚ますのを待つしかないかと思います。そのためにちゃんと介抱できる場所まで運ぶのが先決かと思います。本当は一刻も早く彼らから話を聞きたいのですが、無理やり起こすのも危険だと思われますので」
「そうね、そうするしかなさそうね。そしたらこの二人を治療院まで運びましょう。ウィステリア、フロワ。お願いしていいかしら」
「えっ? 私たちで運ぶんですか?」
「そうよ。今ここには人手がないんだから。風魔法を使えば簡単でしょ」
「ミサリアさん、それはいくらなんでもちょっと高度っていうか、疲れるっていうか」
「フロワ、あんたならこのくらい簡単でしょ。なに可愛い子ぶってんの? 私がこっちの男の人を運んであげるから、そっちの子は頼んだわよ」
ミサリアは自分で指示しておきながら、またしても二人の魔法の凄さを痛感していた。人間を風魔法でやすやすと移動させるなんて芸当ができる魔法士はこの爪痕にはこの二人しかいない。
アラマンやヨナでも風魔法で人を運ぶことはできるが、あの二人のように簡単にはできない。魔法とは精神を集中させ、自分が発動したい魔法をイメージし、詠唱ののち、やっと放てるのだ。それをあの二人は簡単にやってのける。
治療魔法に関してはアラマンに勝てる者はいないが、いずれあの二人も治療魔法を使いこなすだろう。
「分かったわよ。『風よ、』わ、わわっ」
「フロワ。どうした?」
「お、お兄ちゃん、この子、気が付いたみたい」
フロワが風魔法をかけようとしたところで、少女が目を覚ました。思ったより早く目を覚ましてくれて、ミサリアはほっとした。
アラマンが言っていたように、正直なところ二人から早く話を聞いておきたいと思っていた。目を覚まさない男には悪いが、もう少しここで我慢してもらうこととしよう。
「目が覚めたか。」
「ん、誰? ここは……?」
少女は目を覚ましたあと、アラマンからの声掛けにも応えず、寝転んでいた簡易の長椅子に座ったまま周りを眺めていた。皆がその第一声に注目していた。
「えっ、えっえーー! まさか人間? ここはもしかして人間の町なの? やったー、やったよ、エクレル! 助かったよ。エクレルー?」
そのままエクレル、――男が寝かされているのを見つけて、傍らまでずかずかと近づいて行った。
「こらっ、エクレル! 起きなさーい。いつまで寝てるの? 着いたんだよ。私たち遂に辿り着いたんだよ」
「ちょ、ちょっと。駄目ですよ。その人はまだ傷が完治してないんだから」
少女がエクレルの頬を引っ叩いたあと、彼を蹴り飛ばし始めたのでさすがに危ないと思い、ヨナが少女を止めに入った。
「何言ってるの? 傷なんてどこにもないじゃない。エクレルはこの程度じゃくたばったりしないわ。普通の人より頑丈にできてるんだから。」
「えっ、そうなの? この人、普通の人間じゃないの?」
「――普通の人間だよ。」
「なら、駄目だよ。外の傷は塞がったように見えるけど力が入るとまた傷口が開くかも知れないんだよ。」
「そうなの? 大きな怪我をしているの?」
「そうだよ、ここにいるアラマン先生の治療魔法で傷を塞いでいるだけなんだ」
「魔法?! エクレルを魔法で治療したの? あなたが?」
少女はアラマンを指しながら聞いた。アラマンが頷くと、それを聞いて少女は少し考え込んだように俯いた。ヨナが一安心したような表情をした。
それにしても騒がしい子だ。魔法を使うことがそんなに珍しいのだろうか。この爪痕では全員ではないが、ほぼみんなが何かしらの魔法を使うことができる。外の世界では珍しいことなのだろうか。
「えっと。あなたたちは人間…‥だよね? 何で魔法が使えるの?」