55 一緒に
ウィステリアへは、『龍の爪痕』に向かう際、行動を共にしていた時に話したのだろう。それにしてもフロワにまで話してるとは。サーシャの行動力には驚かされる。
「そう言えば、あの大きな魔獣は大丈夫かな? さっき大きな音がしたから、それで倒せてたらいいんだけど」
「大丈夫だよ。あのドラゴンは長くはもたないはずだから」
「えっ!? あの魔獣はドラゴンだったの?」
「えっ!? そうだよ。気が付かなかった?」
「えっ!? 気が付かないよ。だってドラゴンなんて見たこともないし。カルロさんも『でかい魔獣だな』って言ってたし」
「おっふ、そうか。ドラゴンを見たこと無いと、そんな発想になるんだねー」
あれがドラゴンだったとは。今頃になって身震いがしてきた。
「ドラゴンって分かってたら、カルロさんもあんな無茶しなかったかも知れないから、ある意味知らなくてよかったのかも知れないけど……」
「……カルロさんの無自覚さに救われたね。でもあのドラゴンはね、可哀想だけど、術者が死んでるはずだから、限界があったんだよ」
「えっ!? 何でそれが分かるの?」
「ドラゴンを召喚するのはね、精霊の力が大量に必要なの。精霊たちはね、一旦大きな魔力の流れに乗ると、すぐ調子に乗って術者から際限なく魔力を奪うの。ロクミル草を集めたくらいの魔力じゃ、全然足りないと思う。精霊たちに魔力の最後の一滴まで搾り取られて、多分死んでるんじゃないかな。その魔力の残滓だけでしか、あのドラゴンが動けないから、長くはもたないってこと」
サーシャからすらすらとドラゴンや召喚魔法に関する知識が出てきたから、ヨナは少し驚いていた。
「ふーん、サーシャは詳しいんだね」
「当たり前でしょ。私ドラゴンなんですもの」
サーシャが胸を張る。
「ドラゴンだと、何で魔法に詳しくなるの?」
「それはね、この世界では、本来魔法を使えるのがドラゴンだけだからなんだよ。精霊を使役できるのはドラゴンだけだからね」
「ん? そうなの? じゃあ、何で僕たちは魔法を使えるの?」
「そう、それはね……」
サーシャは勿体ぶった。
「それは、何?」
「私にもワカリマセーン」
「えっ?! なんだよー」
「だって本当に分からないんだよー。最初聞いたとき、凄くびっくりしたんだから。でも実際みんな普通に使ってるし。逆に私が知りたいよー。精霊たちの悪戯なのかなって思ったこともあったけど確証はないし……」
ヨナは少しがっかりした。自分たちが魔法が使えることが特別だと知ってから、どうして使えるようになったかがずっと疑問だった。ダークエルフの里でカミルに聞いてみたが、カミルにも分からなかった。
「エルフはね、ロクミル草を食べるじゃん。だから少し魔法が使えるの。だから人間にも同じことが起こる可能性はあるんだけど、フロワちゃんやウィステリアは本当に規格外。弱ってるとはいえ、ドラゴンを倒しちゃうような魔法が使えるんだから」
「そうなんだ……」
「『そうなんだ』じゃないよ、ヨナ! あなたもかなり特別なのよ」
ヨナは近くでフロワを見てきたためか、魔法に関しては劣等感の方が大きかった。そんな自分が『特別』と言われても素直には受け入れられない。
「何が特別なんだよー。どちらかと言うと平凡の方じゃない?」
「いやいやいや、あなた、精霊と会話してるでしょ? それは精霊たちがあなたを認めてるってこと。つまり使役してるのと一緒なの。これは凄いことなのよ。ドラゴンでもできないやつがいるんだから。フロワやウィステリアは単に魔力が大きいから、精霊たちが嬉しそうに群がるの。餌に食い付いてるのと同じなの。分かる?」
「う、うん……」
何となくしか分からなかったが、とりあえず頷いて続きを聞く。
「ヨナはね、少ない魔力しかないけど、精霊たちに認められてるから、彼らが魔法を助けてくれてるの。だからヨナは何でも魔法が使えるのよ。分かる?」
「う、うん……なんとなく」
確かに、ヨナには精霊たちの声が聞こえていた。具体的に何が聞こえているかまでは分からないが、感情が伝わってくるのは感じていた。『龍の爪痕』の中のロクミル草の生息地には、たくさんの精霊たちがいるのことを分かっていた。でも自分しか感じていないことも、何となく理解していた。自分だけの秘密ができたみたいで嬉しくなって、誰にも話したことがなかった。秘密にしておきたいという気持ちがあったからこそ、あの小さな声での詠唱にも、実は拘っていた。
「……どうしてサーシャは自分のことを話そうと思ったの?」
一気にたくさんの情報が入ってきたので、頭が上手く整理が出来ない。ヨナは少し話を変えてみたくて、サーシャに別のことを聞いてみた。
「私ね、探さないといけないものがあるんだ。だからこの体に転生してきたの。ドラゴンだった頃の記憶は曖昧なんだけど、これだけはちゃんと覚えてる」
「て、転生? 転生ってなに?」
「うーん、上手く説明できないけど、魔法の力を使って誰か他の人の体に乗り移ること。乗り移る相手は死んでなきゃいけないの。でも死んで時間が経つと身体が朽ちていくから、死後すぐじゃないと使いものにならないんどけどね」
ヨナには全く理解が追いつかない。それよりもサーシャが探しているものの方が気になった。
「それは、どこにあるか分かってるの?」
「ううん、でもこの辺りではないかな? オットー山脈の向こう側なのかも知れない」
サーシャはかつての記憶が曖昧なので確証はない。だが、このエストーレ王国周辺ではないことは何となく分かった。この辺りはロクミル草が少な過ぎる。
「そうか、じゃあ、僕と一緒に探そうよ!」
「えっ……い、いいの?」
サーシャは驚いたが、期待していた言葉でもあった。この身体だと、限界がある。常に身体に大きな負荷がかかっているから、常に体を治療し続けなければならない。もちろん大きな魔獣には到底対抗できない。それだけ弱い身体なのだ。ヨナなら魔法で支援もしてもらえるし、いざと言うときは私をドラゴンとして召喚できる。これ以上の心強い味方はいない。
でもその言葉を期待した理由は、もっともっと利己的な理由からだった。ヨナたちと別れたくない。この先もずっと一緒にいたいという切望からくるものだった。もう一人はたくさんだ。もし叶うのならば一緒に来て欲しい。あまりにも一方的な思いのため、なかなか言い出せなかった。この騒動が終わったら、会えなくなるかも知れないと思ったら急に悲しくなった。だから思い切って切り出してみようと思った。
「僕、もっともっとこの世界のこと、知りたいんだよ。エストーレ王国のことだって何も知らなかった。エルフのことも。まだまだいろんなことが知りたい。それに、サーシャと一緒なら楽しそうだしね」
「……そう、ありがとう。ヨナ」
サーシャは涙を堪えるのに必死だった。ヨナたちには迷惑しかかけてないと思っていた。この件が終わったら厄介払いされるかも知れないとずっと恐れていた。フロワとウィステリアは友達だと言ってくれたが、『龍の爪痕』のみんなが自分を歓迎していないことは知っている。疫病神だと思われても仕方ないことをもたらしてしまったのだから。だからヨナの言葉は嬉しい。この上ない言葉に心が震えて、上手く言葉にならなかった。
「……ありがとう。本当に」
「この件が終わったら、また出発だね。あっ、そろそろ着くんじゃない? エストーレ王国が見えてきたよ。……あれっ。あそこ、エマさんがいる! おーい」
サーシャは涙を堪えながら、エストーレ王国へ向かった。ちょうど朝になって太陽が顔を出し始めたところだった。もうエストーレ王国はすぐ近くだ。太陽が眩しくてはっきりとは見えないが、王都の前にいるエマとノクリアの驚いた顔が目に入った。他にも何名かいるが、誰だか分からない。
背に乗っているヨナがエマに向かって手を振る。エマはそれを見てさらに驚いたあと、安心した顔になり、手を振り返した。どうやらこちらも無事に終わったようだ。この国は平和になるだろう。エマとエクレルがいるのだから。
エクレルと別れることは、この身体が嫌がっている。この身体には感謝しなければならないのに、申し訳ない。でもこの身体の意思に従って、エクレルに会いに行ってよかった。エクレルを助けて良かった。こうして寂しい思いをせずに済んだのだから。エクレルはちゃんと助かったよ。だからもう少し我慢してほしい。そしてまたいつかこの身体でエクレルに会いに来るからね。
サーシャは自分の身体に約束をした。エクレルを慕っていたこの娘のために。




