49 まだ戦える
「よし、行くか」
ロズドが意を決して魔獣の群れに突っ込んで行く。パッカスはそれに続いた。
「これでも食いやがれ! うおおおおおお!」
ロズドが大袈裟に剣を薙ぎ払う。その軌道内にいた魔獣たちはたちまち切り裂かれた。剣が払われた直後、大きな爆風が巻き起こった。その爆風で魔獣たちの動きが一瞬止まり、突破できる隙ができた。その隙を狙って、パッカスはナーシスを背負って全速力で走った。今は何も考える必要はない。とにかく走って、この包囲網を突破することだけに集中した。
そんなパッカスが走って行くのに気が付いた魔獣がいた。角の魔獣だった。その魔獣はロズドの爆風の影響を僅かにしか受けない位置にいた。その魔獣が一気にパッカスたちまで距離を詰めてきた。角の魔獣がパッカスの足を捉えて、その角で突き刺してくる。パッカスは反射的にかわそうとするが、思ったよりも体に受けた傷が重く、足が思うように動かなかった。
「邪魔するんじゃねえ!」
間一髪でロズドの剣が間に合った。何とか危機を脱したパッカスは、完全に魔獣の包囲網を突破した。
「抜けました! ロズド様、ご武運を! 森の外で待ってますからね!」
「おう、任せとけ」
パッカスは振り返らずに走った。ロズドが残した最後の命令を遂行するために。今背で気を失っているナーシスを無事国まで送り届けるために。
「ははっ、こんなことしてもナーシス様に叱られるだけなのに……。本当に、無茶ばかりの隊だ。……くそぉっ!」
だが、一匹だけ魔獣が残っていた。自ら攻めていく性格ではない、獲物を待ち伏せて、自分の間合い入る瞬間を虎視眈々と狙っている魔獣が。
「!? 何かいる」
パッカスは本能で悟った。何かに睨まれている。どこにいるかまでは分からない。ただ、自分には走るしかない。走る以外の選択肢がないため、そのままひたすら走った。ただ、魔獣はその瞬間を待っていた。獲物が自分の間合いに入ってくる瞬間を。
「ちくしょう! お前かぁぁぁっ!」
蛙の魔獣か突然左方から大きな口を開けて現れた。完全にはかわしきれない。パッカスは咄嗟に腰に残していた短剣を抜き、蛙の魔獣の舌を切り裂いた。蛙の魔獣が奇声を発してのたうち回る。パッカスたちは捕食されるのは免れたが、体中に蛙の粘度の高い唾液がかかってしまったため、完全に動きを奪れた。
蛙の魔獣がパッカスたちに向き直る。傷は痛むようだが、腹を満たしたい欲の方が勝ったようだ。涎を垂らしながら、パッカスたちに狙いを定める。
「厄介なやつだな。お前は……」
パッカスは覚悟を決めた。黒の騎士団では、暗殺などの任務に失敗した際、捕まる前に自死するための毒を持たされている。パッカスはナーシスの分と合わせて二人分をこっそり取り出し、ナーシスを縄から解いた。
「これが、どの程度効果があるかは分からないが、飲み込まれる前に食らわせてやる」
もし効果があれば、ナーシスが逃げ切れる可能性が高まる。最悪自分は飲み込まれても構わない。この蛙さえここで足止めできるのならば。パッカスは不思議と怖いとは思わなかった。まだやれる事がある。その僅かな希望がパッカスを動かしていた。
蛙の魔獣がパッカスを睨んだまま、完全に動きを止めた。
「さあ、来い!」
蛙の魔獣は口を大きく開けて一気に距離を詰めてきた。
「今だ」
それは一瞬だった。パッカスは蛙の口の中に毒を投げつけた。と、同時にパッカスはそのまま蛙の口の中に消えた。
しばらく静寂に包まれたあと、急激に蛙の魔獣にが苦しみ始め、口の中からパッカスを吐き出した。
「ぶおっ、ごぼっ。はぁ、はあ、臭えな」
パッカスは唾液まみれになりながも、蛙の口の中から生還した。蛙の魔獣はそのまま泡を噴いて倒れたまま動かなくなった。
「ははっ、何とか命だけは助かった……ナーシス様も無事だ。これで、国に帰れる……」
パッカスはそのまま気を失いそうになる。ずっと気を張っていて、何とか保っていた緊張の糸が切れてしまった。倒れ込んだまま、起き上がれない。
「……おいっ、生きてるか? おいっ」
微かに誰かの声が聞こえた。知ってるようで知らない声。パッカスは幻聴だと思った。そうか、もう死ぬのか。そう悟ったところで、パッカスの意識は途切れた。
パッカスたちが無事に抜けて行った。ロズドは一安心して魔獣たちに向き直る。ざっと見渡しただけでも30匹はいる。
「さすがにきついな、これは」
どう切り抜けるか。こっちは一人しかいない。付け焼き刃でもいいから狭い場所に誘い込んで、一匹ずつ倒していくか。
「この森の中で狭い場所と言ってもな……あそこか」
ロズドは再び渾身の一太刀を入れた。魔獣たちがたじろいだ隙に、ロズドは木々によって隙間なく囲まれた場所に逃げ込んで、魔獣たちに振り向いた。
「さあ、かかってきやがれ! ここから、一匹ずつ相手してやる」
我先にと、魔獣たちがロズドに襲い掛かる。ロズドは目の前に現れた魔獣から順番に斬っていく。ロズドは斬って斬って斬りまくった。ようやく半分を仕留めたと思った時、ロズドの足がふらついた。膝が僅かに笑った。
「くそっ、もっと動きやがれ」
気合を入れるが、先程までよりも動きのキレが落ちている。その隙を突かれ、角の魔獣に脇腹を貫かれた。
「ぐっ、い、痛ってぇな、おいっ」
ロズドはその角を剣で切り裂き、自分に刺さった角を自分で抜く。抜いた箇所から血が流れる。頭が少し朦朧としてきた。暑い。傷の痛みも徐々になくなってきた。
「おいおい、俺もここまでってことか。……ふざけるなよ」
ロズドは気持ちではまだ戦えた。まだ戦える。不思議と気分は良かった。むしろ高揚していた。ロズドには黒の騎士団の任務は退屈だった。長時間の見張り、隠密行動。戦うとしても大っぴらには出来ず、陰でこっそり行う。相手も弱い奴ばかりで張り合いがなかった。いつか大きな戦いをしてみたかった。思い切り、自分の力を振るうことのできる場が欲しかった。今この瞬間は、その夢が叶っている。思い切り腕を振るうことの出来る相手がうじゃうじゃと湧いてくる。それが只々嬉しかった。ただ一つ残念なのが、これで自分も最後ということだけだった。だが、どうせ死ぬなら最後まで思いっ切り戦おう。
「さあ、俺が完全に死ぬまで付き合ってもらうぜ。来いっ」
魔獣たちが一斉にロズドに襲い掛かろうとしたとき、後方にいた魔獣たちが、数匹まとめて薙ぎ払われるのが見えた。
「な、何だ? まさか、あいつらが……。いや、そんなわけない。あんなことができる奴らじゃない……」
魔獣たちも後ろで起こっていることが只事ではないと気付き、一匹、また一匹と、後方を振り返る。ロズドは後方で戦っている男を見た。見たこともない男だった。だが、ロズドはその戦い振りを見て、自分よりも強いと思った。圧倒的な力の差を感じたのは初めてだった。そして、その行き場のない感情は怒りへと変わった。
「おいっ! お前誰だよ! 俺の獲物を取るんじゃねぇよ」
ロズドも自分の剣を薙ぎ払って魔獣を切り裂く。後方の男は、それに構うことなく次々と魔獣を切り裂いていく。ロズドも負けずに目の前の魔獣を切り裂く。そして気が付いたら、魔獣は残り一匹になっていた。
その男は、最後の一匹を雑魚を捻り潰すように切り裂いた。
「おい、質問に答えろ。お前誰だよ?」
男は剣に付いた血を振り払って、ロズドを見た。
「よう、残念隊長。助けに来てやったのに、随分な言い草だな。お前のお仲間の言う通りの馬鹿野郎だ」




