48 三人の決断
時は少し遡る。アラマンたちが作った大きな泥沼の近くでは、ロズドたちが必死で戦っていた。
魔獣が泥沼に落ちたあと、ナーシスたち三人は一旦地上に降りた。さすがのロズドも、魔獣が泥沼に落ちるときに目を覚ました。地上に降りてから、様子を伺っていると、その魔獣は魔法使いの集落に巨大な魔法を打ち込もうとしていた。あそこにはエクレルがいる。アコーニットからは生きて捕らえてこいとの命令であったため、ロズドたちは何とか阻止しなければならなかった。
ここでは、パッカスが機転を効かせた。『火炎が放たれる直前にゾール紙をあいつの顎にぶつけましょう』と提案した。その案は即採用となり、一番正確に命中させられそうなナーシスが、短剣にゾール紙をくくりつけ、時を見計らって魔獣の顎に投げつけた。それは見事に的中した。魔獣は口を弾かれて、放った火炎は魔法士たちの集落から遠く離れたところに着弾した。
「よし! さすがはナーシス様」
「まあな、私の手にかかればこのくらい朝飯前さ」
ナーシスは悦に入った。
「おい、もう次が来るぞ!」
ロズドが叫ぶ。ナーシスは次も同じように魔獣ににゾール紙を投げつけた。命中して見事に爆発したが、今度は魔獣は火炎を放たずに、ゾール紙の魔法を耐えた。
「なっ、あいつ、もしかしてちゃんと知恵があるのかよ!」
ロズドがそう思った途端、今度は集落の方から巨大な火炎が飛んできた。魔獣に命中して、魔獣の動きが止まる。爆風がロズドたちを襲い、三人は吹き飛ばされた。
「な、なんて力でしょう。ロズド様、ナーシス様、大丈夫ですか?」
パッカスが二人の様子を確認する。ロズドは大丈夫だが、ナーシスは木にぶつかって気を失っていた。
「パッカス! ナーシスの手当てをしてやれ。俺は大丈夫だ」
「了解致しました。ロズド様もこれを」
パッカスはロズドに水を渡す。火炎の影響でこの辺りの気温が急激に上昇している。水分を補給しないと倒れてしまいそうだ。雨が降っていて助かった。
パッカスがナーシスの手当てをしていると、不意に無数の気配を感じた。人間ではない。もっと野生の獰猛さを持った生き物だ。
「ロズド様!」
「分かってる。また魔獣が続々とお越しになりやがった」
周囲には角の魔獣や蛇の魔獣が、多数押し寄せていた。パッカスはナーシスを魔獣から引き離す。
「とりあえず、魔獣は俺に任せろ!」
ロズドが魔獣に斬りかかっていった。さすがのロズドでも、あの数を相手にするのは骨が折れる。なんとか助けに行かなければ。とパッカスが思っていると、ナーシスが目を覚ました。
「ナーシス様、大丈夫ですか?」
「パッカスか、す、すまない。私は大丈夫だ」
「良かったです。幸い外傷はほとんどありません。……戦えそうですか?」
「ああ、私はいける。次の相手はあの群がってる魔獣たちだな」
「はい、でもまた蛙のやつ、いるかも知れません」
「ああ、そうだな……最悪だ」
ナーシスが立ち上がる。バッカスも立ち上がり、魔獣たちに向かっていった。
三人は周囲の魔獣たちの相手をしながらも、大きな魔獣の動向の確認は怠らなかった。今ちょうど魔法使いたちと火炎の撃ち合いをしている。
「ナーシス、たまに隙を見てまたあの顎に打ち込んでやれ。狙いは適当でもいいぞ。少しでもあいつを痛めつけてやれ」
ロズドがナーシスに指示を出す。
「ああ、分かった。しかし、このままでこのでかい魔獣を倒せるのか?」
「こればかりは分からねえ。向こうさんに頑張ってもらうしかないからな。こちらも出来るだけ支援するぞ」
ナーシスは隙を見て、何度かゾール紙を投げつけた。効いているのかは分からないが、少しでも隙をつけるのであればやって損はないだろう。
すると、大きな魔獣は動きを一旦止めた。よく見ると、ゾール紙で受けた傷を回復させていた。
「うげっ、あいつ、傷を自分で治してやがる。パッカス、そんな魔法あったか?」
「……ロズド様。ちゃんと訓練で習いましたよ。治療魔法はちゃんとあります。ゾール紙では実用化されていませんが」
「パッカス、ロズドが座学をちゃんと聞いてるはずがないだろう」
ナーシスが最もな意見を言う。パッカスはそれくらいはちゃんと聞いてるだろうと思った自分を恥じる。
「うおっっ! 危ねえっ」
今度はさらに巨大な火炎がドラゴンの頭部に直撃した。周囲の魔獣たちと一緒に三人も爆風に巻き込まれれた。今度の爆風は先程までのと違い、勢いと温度がさらに増していた。
「み、みんな無事か?」
ナーシスが二人に声をかける。
「ナーシス様、私は大丈夫です。ですが、周囲のこの熱気は異常です。雨が落ちてくる前に蒸発してます。私がゾール紙で水魔法を出すので、それで少しでも水を浴びて下さい」
「パッカス! 俺も頼む」
どうやら、ロズドも無事のようだ。パッカスは水魔法のゾール紙を空に向けて放った。水の塊が上空に飛んで、それが大粒の雨になって落ちてくる。束の間の冷気が体を癒す。だが、せっかく濡れた体は、周囲の熱ですぐに蒸発してしまった。
「ないよりかはマシでしたが、一瞬でしたね……」
パッカスが独りごちる。皆、火炎の熱風で受けた火傷が痛々しい。しかもこの暑さで体が思うように動かない。ここにいては、立っているだけで体力が消耗してしまう。幸い周囲の魔獣たちは、先程の爆風で飛ばされてしまったようた。しばらくは戦闘にはならないだろう。一旦この場を離れた方が無難だ。
「ロズド様、ここは危険です。今のうちに退避しましょう。ゾール紙もさっきの爆風で全部燃え尽きてしまいました」
「ロズド、わたしもパッカスに同意だ。このままでは火炎に巻き込まれて私たちが丸焦げにされてしまう」
「そうだな。水もないし、この暑さではさすがに厳しいな。エクレル殿下はあの魔法使いたちに託すか……。よし、てっ……」
撤退しようとしたその時、周囲の魔獣たちがまた戻ってきた。完全に囲まれている。
「うげっ、こいつら何てしつこいんだ。……仕方ねぇな。俺が突破して包囲に穴を開ける。お前たちはそこから逃げろ。いいな?」
ロズトが提案をするが、ナーシスには到底受け入れられなかった。
「おい、待て、それでお前はその後どうするんだ。この魔獣全部を相手すると言うのか?」
「俺でもあれ全部は無理だ。隙を見て俺も逃げる」
いつになくロズドの様子が神妙だ。それが余計にナーシスの心を掻き乱す。
「そんなことできるわけないだろう! お前一人だけ置いて逃げることなんて出来ない! 逃げるのも戦うのも三人一緒だ!」
聞き分けが悪いナーシスにロズドは苛立った。
「お前は最後まで聞き分けが悪い女だな! お前たちだけでも助かる確率が増えるだろう。パッカス! 早くこの女を連れて行け。ちょうど森の外の方角は魔獣が少ない。あそこから突破するぞ!」
パッカスはロズドの目を見て思った。この人は本気なのだと。
「ロズド様、それでいいんですね? 私はロズド様の部下です。ロズド様の命令なら従います……」
「ロズド! 最後とは何だ! 私は認めんぞっ。うっ……」
パッカスが当て身でナーシスの意識を奪う。そのまま倒れないようナーシスを背負って紐で固定した。
「ああ、それでいい。お前にはいつも損な役ばかりさせてすまなかったな」
「……いえ、もう慣れましたよ」




