46 天才魔法士の少女たち2
ドラゴンはすぐに傷を回復させ、素早く火炎魔法を放ってくる。それに合わせてウィステリアが自身の火炎魔法で跳ね返す。魔法の力ではウィステリアが押しているため、ドラゴンはウィステリアの火炎魔法を受けて、傷を負うが、またすぐに傷を回復させてくる。
「ああっ、本当にキリがないわね。かといってゆっくり大きな魔力を練っている時間もないし……」
「ウィステリア! 大丈夫か?」
アラマンがミサリアたちを奥の安全なところまで運んで戻ってきた。
「ええ、何とか。でもこのままでは何も進展しません。今のところ手詰まりです」
「ドラゴンの傷が回復するのが思った以上に早いな」
「そうですね、あれだけでも何とかできればいいのですが……」
すると、ドラゴンは口から火炎魔法を放つのを止めた。顔の周りだけでなく、首や手足まで傷が広がっているため、その回復を待っているように見える。
「よしっ、今だ!」
この隙を待っていた。ウィステリアはここぞとばかりに魔力を込める。
「待ってなさい。とっておきのを食らわせてあげるから。『炎よ! 我が力を授ける。根源たる我が魔力で以って、我が手の内に顕現せよ! ……そうだ。もっとだ。もっと集まれ! まだだ、お前の力はそんなものか!』」
ウィステリアが両手を前に広げた先に、大きな炎が出現して次第に大きくなっている。アラマンはウィステリアが魔法の詠唱をしているところを久しぶりに見た。既に魔法の詠唱をしなくても魔法が発動できるようになっていたのだと思っていたが、認識が甘かった。ウィステリアは魔法の威力に応じて詠唱を短く省略していただけだった。彼女が詠唱もしないで大きな魔法が使えるものだと勘違いしていたのは、短い時間で練ることができる魔力量が大き過ぎただけだったのだ。
どうすれば、あんな短い時間であれだけの大きな魔力を練ることができるのだろう。アラマンには想像もつかなかった。だが今回のウィステリアは、魔力を練る時間をいつもより長くとることで、より強力な魔法を発動しようとしている。
ウィステリアの詠唱はでたらめだ。だが、そもそも詠唱などどんな言葉でもいいのだ。魔法は自身が魔力を込めて放つ。自らが頭で思い浮かべたものを発現させる。自分が集中して魔力を込めるだけのことができれば、詠唱など何でもいいのだ。なりふりなど構う必要などない。今回で止めを刺すんだ、というウィステリアの気合を感じる。ウィステリアが魔力を込めれば込めるほど、火炎は大きくなっていった。
「先生! いきます! 発動後の反動があるので私を支えて下さい」
「わ、分かった」
アラマンはウィステリアの強大な力に圧倒されていた。これほどまでの力があったとは。これならあのドラゴンを倒せるかも知れない。いや、これに賭けるしかないのだ。
「ウィステリア、いつでもいいぞ!」
「では、いきます! 『炎よ! あのドラゴンを吹き飛ばせ!』」
ドンっという強い衝撃と共に火炎魔法が放たれた。ドラゴンは咄嗟に迎撃しようとしたが、一歩遅かった。口を開けたままの状態で、ウィステリアの火炎魔法が直撃した。
大きな爆音が周囲に鳴り響く。ウィステリアは魔法の反動で後ろに飛ばされたが、アラマンが受け止めていた。ドラゴンの上半身が爆炎に包まれている。ドラゴンは動きを完全に止めていた。
「ウィステリア、どうだ? 手応えはあったか?」
「え、ええ。でもまだ噴煙が邪魔して、どうなっているかまでは……」
しばらくすると、噴煙が晴れて視界が開けてきた。日が落ちかけているため、はっきりとは分からないが、ドラゴンは下顎が千切れかけているようだ。顔全体にまだ小さな炎が残っている。傷の回復はまったく進んでいない。
「……沈黙したな。さすがだ、ウィステリア」
「ええ、何とか。でも頭全部を吹っ飛ばすつもりだったのですが、あれではまだ生きてますね」
ドラゴンは完全に沈黙したかに見えた。が、ピクリと手足が動いたように見えた。
「先生、動きましたっ。……なんてしぶといっ」
「そのようだな……」
ドラゴンの傷は回復していない、魔法での攻撃は十分に蓄積されているように見える。それでまだ動けるのが不思議なくらいだ。だが、ドラゴンは動いた。そして完全に外れている下顎の少し上部から、火炎が発生した。火炎魔法を放つつもりだ。
「まずいです、もう一回さっきのを練る時間はないっ」
ドラゴンから再び火炎魔法が放たれた。ウィステリアは限られた時間の中で魔力を練って迎撃する。ドラゴンとウィステリアの魔法がぶつかり合った。互いの力は拮抗し、押し合いをする形となった。ウィステリアは押し返そうとするが、ドラゴン側も諦めない。
ウィステリアは焦っていた。どうして。さっきはこのくらいの魔法で十分に弾き返せたのに。いや落ち着け。焦るな。ここは『龍の爪痕』だ。魔力は十分にある。術者が魔力を集中して練ることができれば、対応はできる。だが、先程の火炎魔法でかなりの集中力を要した。その気力がまだ回復していない。しかも今回は、十分な魔力を練る時間がなかったため、少し威力が落ちているかも知れない。何が天才魔法士だ。魔力は十分にあるのに、自分の気力不足で相手に押し返されている。
「私は、これくらいのことで挫ける訳にはいかないっ」
まだ魔法を習いたての頃。自分は族長の娘だから、みんなの手本にならないといけないと気負っていた。いや、その気負いはまだあるのかも知れない。魔法に関しては誰よりも努力をしてきた。先生から習ったことは、何度も復習して頭の中に叩きこんだ。実技に関しても、魔法を頭で思い浮かべることと、実際に魔力を練ることを徹底的に体に染み込ませてきた。寝る間も惜しんでみんなに隠れて訓練してきた。秘密の訓練場もできた。両親は応援してくれた。自分は爪痕で一番の魔法士になるんだ、という目標を叶えようとする娘を応援してくれた。
だが、現実は甘くはなかった。何度やってもできない魔法があった。水魔法だ。何度訓練してもできなかった。秘密の特訓場で、悔しくて大泣きしてしまった。それをヨナに見られてしまった。そして心が折れかかっていたこともあって、ヨナに自分のすべてを話してしまった。自分は天才ではない。ただの凡人だと。できないことが恥ずかしいから隠れて訓練していたと。でも爪痕で一番の魔法士になりたいと。みっともなく泣きじゃくりながら話した。
「大丈夫。ウィステリアは天才だよ」
その時、ヨナが何を言っているのか理解出来なかった。
「どうして? 私は天才なんかじゃない。できないの。みんなにできることができないの」
「違うよ、ウィステリア。君のその気持ちが凄いんだよ。ほら、だからみんなが君を祝福してくれている」
「それって、魔力のこと?」
「そう……かな。でもこんなこと、ウィステリアだけだよ」
認めてくれた。こんな自分を。少なくとも拒絶されなかった。ウィステリアにとってはそれだけで十分だった。気持ちが軽くなり、肩の力が抜けた。水魔法が使えなくても大丈夫。得意だった火炎魔法が使えればそれでいい。そう思えるようになっていた。ヨナが言っている意味はよく理解できなかったが、ウィステリアは救われた気持ちになった。もっと楽に考えよう。努力を見てくれている人がいる。私を認めてくれている人がいる。そう思うと前向きになれた。自分で自分を鎖で縛りつけていただけだと、気付かせてくれた。
それからはヨナと一緒に訓練をするようになった。ヨナと一緒に訓練するようになって、魔法の訓練が楽しくなった。なぜだかは分からないが、魔法を使うことが楽になってきたような気がする。ヨナは恩人だ。そんなヨナをがっかりさせたくなかった。だからこれまでずっと頑張ってきた、つもりだ。
「うおぉぉぉぉぉぉー!」
ウィステリアは少し気を持ち直し、ドラゴンに対して押し返す。だが、まだもう少し力が足りない。悔しい。落ち着け。まだだ。こんなところで諦められない。
――でも、そんな自分とは違い、本当の天才は近くにいた。勉強が嫌い。実技も嫌い。なのにどんな魔法でもスラスラとできるようになる天才が。自分にできないことがあって恥ずかしいと思うのは、身近にそんな天才がいたからだ。追いつきたくても、その背中すら見えるようにならない奇跡のような存在が。
「ほら、ウィステリア。ちゃんと気合入れて押し返さなきゃ駄目だよ」
ふと、横からのんきな声が聞こえてきた。間違いない。聞き間違えるはずのないその声。自分とは違う。間違いなくこの『龍の爪痕』で一番の天才魔法士の声が。
「来るのが、遅い! 何してたのよ。フロワ!」
「ごめんね、ウィステリア。もう大丈夫だから心配しないで」
認めたくない。認めたくはないが、そうにっこりとほほ笑むフロワの顔は、ドラゴンの魔法を押し返せないまま膠着状態になっているウィステリアには、女神に見えた。




