44 再会
ウィステリアが『龍の爪痕』に帰ってきた。
「先生、いろいろ積もるお話はありますが、まずは族長の治療をしてあげて下さい。あのドラゴンの火炎は私が抑えておきますので」
「わ、分かった。頼んだぞ。防げそうか?」
ウィステリアは、『龍の爪痕』の周囲に満たされた魔力を体中で感じていた。爪痕を離れて、魔力が切れることを知った。それからは、常に魔力が不足することを心配しながら魔法を使っていた。だが、ここには常に魔力が満ちている。大きな火炎魔法を使ったあとだが、魔力が切れる気配を微塵も感じない。ここでなら久々に思う存分魔法を使うことができる。昂った気持ちが、自信になっていた。
「大丈夫です。あの程度の魔法なら余裕で跳ね返せます!」
「分かった。ここは任せた」
アラマンはミサリアの元で治療魔法を始めた。
「馬鹿娘、今ごろになって帰ってくるなんて、遅いのよ……」
「族長、しゃべってはいけません。傷が広がります。ちゃんと治療して元気になったあとで、笑顔で迎えてあげて下さい」
「ありがとう、アラマン。頼んだわよ……」
ミサリアはそのまま意識を失った。思ったよりも流血量が多い。アラマンは急いで治療魔法を掛ける。
「先生! 次が来ますので、衝撃に備えて下さい! 『炎よっ!』」
ウィステリアが火炎魔法を放った。今度はウィステリアの魔法がドラゴンの炎を押し返した。押し返したその勢いのまま、火炎魔法がドラゴンの顔に直撃した。ドラゴンは頭を項垂れた。
「よし! そのまま次いくわよ。くらいなさい! 『炎よっ!』」
ウィステリアは間を空けずに、再び火炎魔法を放った。その火炎魔法は再びドラゴンの頭を直撃した。激しい爆音が周囲に鳴り響く。ドラゴンの顔の一部は焼け爛れて、その周囲には無数の火傷傷がついているが、その傷は時間と共に回復している。
「ああっ、この程度の魔法だとすぐに回復してしまうのね。もっと威力の大きい魔法を使わないと」
ドラゴンの近くで威力の大きい魔法をぶつけるか、柔らかい箇所に魔法を打ち込めたら、もっと大きな損傷を負わすことができる。柔らかい箇所といえば、あの大きく開いた口の中が最も大きくて適切だろう。が、そこを狙うには単発の火炎魔法だけでは無理がある。
「先生、フロワはどこに? できればここに来てくれたら嬉しいのですが」
「……すまない。フロワは今奥で休んでいる。先日ここで大きな戦闘があって、相手をたくさんを死なせてしまってな。ショックが大きかったようだ」
「……そうですか」
ウィステリアの考えにはフロワが必要だった。だが、フロワが来れないのであれば仕方ない。それならば、単発で威力の大きい魔法をぶつけるしかない。問題は相手がその時間をくれないことだ。
「ところで、一人か? ヨナたちは?」
「サーシャが一緒でしたけど、ヨナたちとは訳あって別行動しています。でもこちらに向かっているはずなので、もうすぐ合流できると思います」
「そうか……。それで、サーシャはどこに?」
「エクレルのところに行っています。できれば早く戻ってきて欲しいのですが」
と、その時、ドラゴンの顎で大きな爆発が起きた。
「先生、あれは?」
「またか。誰だか分からないが、こちらを助けてくれているようだ」
「先生、支援魔法をお願いします」
「ああ、だが俺のでも、大丈夫か?」
「大丈夫です、この距離なら十分です」
アラマンはウィステリアに支援魔法を掛ける。ウィステリアはドラゴンの足元を注視した。そこには以前『龍の爪痕』に攻めてきたやつらが、ゾール紙を使ってドラゴンに攻撃しようとしていた。
「先生、あいつらです。黒の騎士団って言いましたっけ? さっきの爆発はゾール紙によるものですね」
「黒の騎士団……あいつらが? なぜだ? しかもゾール紙まで」
「理由は分かりませんが、今回は味方をしてくれているようですね。あっ、次来ます!」
ドラゴンが再び火炎魔法を放ってきた。ウィステリアは落ち着いて火炎魔法で迎撃する。
「ああっ、もうっ、めんどくさい」
アラマンには黒の騎士団が味方だという実感が湧かなかった。先日あれだけの戦いをして、しかもフロワに一人殺されているはずだ。こちらを憎むことはあっても、助ける理由など思い付かない。
「それと、よく見たら、あのドラゴンの周りに見たこともない魔獣がたくさん集まってきてますね。そいつらの相手もしてくれているようです」
ウィステリアはドラゴンの攻撃に備えながらも、ちゃんと周囲を観察している。
「そうか……。ん? ウィステリア、あの魔獣を『ドラゴン』と言ったが、あれをドラゴンだと分かるのか?」
ウィステリアは『しまった』と言わんばかりに手で口を抑える。
「い、いえ、あのちょっと外で知り合ったダークエルフの人たちに聞いて……何となく、なんですけど」
「……そ、そうか」
「先生! そんなことより、次が来ます! 族長とそのエルフのおじさんを奥の安全なところまで連れて行ってください」
『龍の爪痕』の中のある小さな建物。外から客人など来ることのない爪痕には、自分たちが使わない建物がない。外からエクレルとサーシャが来たとき、彼らを休ませておく場所がなかったため、急ごしらえして作ったのが今の建物だ。作ったと言っても、ミサリアが管理している倉の一部を、人が休めるようにしただけの簡易の部屋になる。
エクレルはその部屋で休んでいた。傷口の治りはかなり悪い。アラマンに治療魔法をかけてもらい、傷口はかろうじて繋がっているが、少しでも気を抜いたら、痛みと共にすぐに開きそうになる。外では大きな戦闘になっている。本当は戦いに参加したい。しかし悔しいが、今のままでは自分は足手まといにしかならない。
「エクレル、起きてるか?」
ブッシュが部屋に入ってきた。ブッシュは、エクレルが『龍の爪痕』に来たとき、満身創痍で倒れていたところを最初に発見してくれ、さらには治療魔法までかけてくれた命の恩人である。今でも一日に一回は治療魔法をかけに来てくれる。
「はい、起きてます。どうかしましたか?」
「客人だ。というよりも懐かしいお仲間のお見舞いだ」
「懐かしい? 誰でしょう?」
ブッシュは笑顔でエクレルの疑問に答えた。
「エクレル!!」
そう言って、部屋に飛び込んできたのはサーシャだった。




