37 謎の魔獣
アラマンは朝起きてすぐ、ミサリアからの呼び出しを受けた。何事かと思い、『龍の爪痕』の東門に向かった。先日の戦闘用に山肌をくり抜いて作った物見に着くと、既にミサリア、コウシュウが来ていた。巨大な魔獣が出たと言うその方向を眺めてみても、発生場所が遠すぎて何も見えない。
「族長、見えますか?」
「いえ、私には何も見えない。せめてもう少し天気が良ければいいのだけれど」
ミサリアには支援魔法が使えない。アラマンは支援魔法は得意ではないが、自らの目にかけてみた。けど、あまり効果が無さそうだ。ミサリア以上に情報を得られそうにない。
「魔獣が出たと言うのは、誰から?」
「北方面の調査に出てた魔法士からよ。一緒にいた剣士と一緒に風魔法で飛んで戻ってきたみたいね」
「今、彼らはどこに?」
直接目撃した彼らから話を聞きたい。
「ダメよ、完全にまいっちゃってるみたい。二人とも、頭抱えて震えてるわ。話しかけても、『大きな魔獣が突然現れた』としか話さない」
「……昨晩の、あの感覚。族長も感じましたか?」
「ええ、うっすらね」
「あれが出現したことと関係があるのでしょうか?」
「あまり考えたくないけど、あれ以外になさそうね」
遅れてシュリも到着した。リュクスも一緒だった。ミサリアがシュリに頼んで呼んだのだろう。リュクスは自らの目に支援魔法をかて、煙が立ち昇る方を眺めた。
「あ、あれは……ま、まさか、ど、ドラゴン……」
「「なにっ、ドラゴンだと!」」
リュクスが急に『ドラゴン』と言うので、その場にいた全員が彼を見て叫んだ。
「あ、アラマンさん。私の支援魔法で確認してみて下さい……」
そう言ってリュクスはアラマンに支援魔法をかけた。すると、みるみるうちに視界が開けて、遠くまで見えるようになった。煙の立ち昇っている方を見ると、大きな魔獣らしき姿が見える。
「な、何だ。あの巨大な魔獣は。小さな山一つ分の大きさはある」
見たこともない大きさにアラマンは圧倒されていた。煙のせいで、その魔獣の輪郭までははっきりと確認はできないが、長い首と翼のようなものの影は確認できた。あれが、ドラゴンだと言うのか。だが、伝え聞いていた姿とは類似しているような気がする。
「え、エルフの里には、ドラゴンを見たことのある者がいまして、つい最近まで生きていたんです。その者が語るドラゴンと、同じ姿をしております。間違いありません、サコスが召喚したのです。でも、こ、こんなに早く……なぜだ。急ぐ理由がないはずだ。でも、こんなに早く実現させるなんて、あいつは、なんてことを……」
リュクスは自分でも何を言っているか分かっていなかった。ただ、頭の中に思い浮かんだことを、脈絡もなく喋るしか出来ていなかった。
「アラマン! どういうこと? 間違いなくドラゴンなの?」
「いえ、わ、私には断定はできません。……リュクス殿、間違いはないのですね?」
「は、はい。間違いないと思います。私たちが聞いていたドラゴンと同じ姿をしていますから」
ミサリアは青ざめ、全身の血の気が引いた。まさかこの世界にドラゴンが現れるとは思っても見なかった。ドラゴンはもういないんじゃなかったのか。いや、リュクスは召喚したと言っていた。ドラゴンが生きていたのではなく、呼び出されたという方が正確か。
「すぐに、外に出てる住民を全員、爪痕の中に帰るよう伝えて! コウシュウ、シュリ、みんなに伝えて来て! 理由は言わなくていいわ。取り敢えずみんなを爪痕に帰して。あとで私からちゃんと説明する」
それを聞いて、二人は爪痕の東門まで素早く降りて行った。
「アラマン、それで? この後、どうしたらいいのかしら? 爪痕の中に隠れていれば、見つからない……のかしら?」
ミサリアの『それでアラマン、次はどうしたらいい?』の問いかけには何度も応えてきたアラマンも、今回ばかりは手詰まりだった。爪痕の中に隠れている、こと以外に有用な作戦は浮かんでこない。それで本当に大丈夫なのだろうか。戦うことができないだろうか……。いや、ドラゴンと戦うなど愚の骨頂だ。そもそも情報が少な過ぎる。だが、何とか活路を見出したい。アラマンはドラゴンの方をじっと眺めた。
すると、あることに気がついた。先程からドラゴンは一歩も動いていない。一歩もどころか、ピクリとも動いていない。まるで立ったまま死んでいるかのようだ。しばらく観察していたが、やはり全く動かない。もしかしたら、動けないのではないだろうか。
「リュクス殿、もしかして、あれは動けないのでは……ないのですか?」
「あ、あり得なくはないですね。これまでも召喚した魔獣をちゃんと制御できなかったことはありましたから」
「制御? 召喚した魔獣は術者が制御出来るのですか?」
「はい、十分な魔力があれば、出来るものだと思っています」
アラマンは嫌な予感がしていた。ドラゴンを召喚したからには何か目的があるのだろう。それが何かは分からない。だが、出現した場所から動けないでいる。これは術者に十分な魔力が残っておらず、制御できていないと推測できる。と言うことは、召喚した魔獣を制御し切れずに、暴走する可能性も捨てきることはできない。十分な魔力がないのであれば、そのまま召喚が解けて、無に帰してくれないかと期待したくなるが、それはあまりにも楽観的過ぎる。今の状況では考えるべきではない。
「族長、あのドラゴンは私とリュクス殿で交代で見張ります。幸い、ここに来てからずっと動けてないようです。もしかしたら術者がちゃんと制御できていない可能性があります」
「えっ、まだ動いてないの? もうとっくに死んでるとかじゃないわよね?」
ミサリアもアラマンと同じような期待が頭をよぎったようだ。
「族長、その考えはまだ尚早です。しばらくは、こちらで観察続けます。族長は、爪痕の皆をお願いいたします」
「分かったわ。何か動きがあったらすぐに知らせて」
「もちろんです。あと、連絡用にだれか一人呼んできてもらえると助かります」
ミサリアはすぐにこの場を離れた。まだ住民には何が起こっているかは知らせていない。大きな混乱を避けるためには族長の力が必要だ。
「さて、リュクス殿。どうしたものですか」
「すみません……私にもさっぱりです。ただ、召喚したものが動かない、というのには二つの可能性があると思われます」
「それは、是非とも聞かせてもらいたいですね」




