31 エルフとダークエルフ
『龍の爪痕』では、昨日の戦闘の後片付けが行われていた。爪痕の内部では特に大きな損害はなかったが、東門の外の地面は割れてしまい、大きな岩がごろごろ転がっているので、外に出るのが一苦労だ。アラマンと他の魔法士たちは割れそうな岩から小さく砕いてまわっていた。また、フロワの水魔法の爆発でできてしまった大きな窪みと、アラマンの火炎魔法が作ってしまった円筒状の窪みには周囲から水が少しずつ流れ始めていた。もしかしたらこのまま湖ができてしまうのではと思ってしまう。
アラマンはこの状況を見て、少しやり過ぎてしまったのではないかと、ため息を漏らした。だが、あれだけの戦闘をしたのだから、エストーレ王国もしばらくは大人しくしてくれるだろう。『龍の爪痕』側に危害を加えないのであれば、それで問題はない。ヨナたちが持って帰ってくる情報を基に、彼らとどう付き合っていくかを模索していくことになるろう。
片付けの二日目。アラマンは周囲の警戒に出ていた剣士から、妙な報告を受けた。
「エルフが?」
「はい、ここから少し北東に行ったところで、エルフがコソコソとこちらの様子を窺っていましたので、捕えて爪痕まで連れてまいりました」
どうしたものか。エルフ族と言っても、昔からの伝承と、つい先日エクレルから聞いたこと以外に情報を持っていない。なぜ、『龍の爪痕』の近くでウロウロしていたのか。彼らは、確かエストーレ王国とは交流を持たず、ひっそりと暮らしているだけと聞いている。エストーレ王国に魔法の力を教えたダークエルフ族とは仲が悪いらしい。一体何の目的でこちらを窺っていたのだろうか。
「一度、族長に相談してみる。それまで待機させておいてくれ」
「はい、分かりました」
アラマンは、族長の元へ向かった。エクレルにも事情を聞かなければならない。変な厄介事に巻き込まれるのだけは避けたいが、そうもいかなさそうだ。アラマンはここのところ、ゆっくり休んでおらず、大好きな魔法の研究ができていないことに気が付いて、また少しため息をついた。
ヨナたち一行はダークエルフの里に辿り着いた。彼らの里は森の中の集落だと勝手に想像していたのだが、実際は違った。ヨナたちと同じ『龍の爪痕』だった。ヨナたちが住んでいるところよりも少し小さくて形はいびつだが、外から見た様子はほとんど同じだった。ヨナたちは、自分たちの住む場所とは少し違うが、久しぶりの爪痕に少し懐かしさを感じていた。入口に門番らしき人が立っていた。ブッシュさんと同じ仕事だと、ヨナは思った。ノクリアが門番と話をすると、すぐに通してくれた。
中に入ると、ヨナは何か少し違和感を覚えた。どこかで感じたことある感覚だが、ちゃんと思い出せない。
「この入口付近全体に、人の気配を消す支援魔法が掛けられているんだ」
ノクリアがヨナの疑問を察知したかのように説明した。
「そういうことね。入ってきた時、何か変な感じしたのよ」
ウィステリアも同じような違和感を持っていたようだ。
「でも、大袈裟ね。どうしてここまでする必要があるの?」
「今、この里は龍神教から狙われているの。ゾール紙開発の罪でね。だから、政変前に前の里から移住してきたんだ。気配を消す魔法で見つかりにくくするには、入口が小さい方が効率的だろ?」
「なるほどね。で、その気配を消す魔法はどうやって継続しているの?」
「それは、ゾール紙よ。ロクミル草のしぼり汁があれば、ゾール紙は何度も使えるの。もちろん、支援魔法を使える者もいるけど、そっちの方が効率的でしょ」
「ゾール紙って、思ったより便利な代物なのね」
「エストーレ王国では、夜のかがり火にもゾール紙を利用していたのよ。今は禁止になってしまったけど」
ゾール紙の意外な使い方を聞いて、ヨナもウィステリアも感心していた。単に攻撃用の道具ではなく、生活を便利にするため、生きるために使うことができるというのは、考えも及ばなかった。エストーレ王国が、ゾール紙の開発を進めた理由の一つなのかも知れないと思った。
「さあ、まずは里長に挨拶よ」
ノクリアはそう言って、大きな家の前で止まった。家と言っても、木で簡単に組み立てた小屋のようなものだ。
「私です。ノクリアです。エマ王女と、その供の者を連れて参りました」
すると、小屋の中から、小さな声で『入っておいで』と返答があった。扉を開けて中に入る。中は簡素な作りになっていた。少し長めのテーブルと椅子が並んでいた。そのテーブルの一番奥の席に一人のエルフが座っていた。見た目はかなりの年に見える。というか、失礼な表現を許してもらえるなら『この人動けるの?』と、疑問が出るくらいのお婆さんであった。
ヨナたちが部屋に入って、どうしたらいいか分からず、困っていたら、その老婆が優しく話しかけてきてくれた。
「ようこそ、ダークエルフの里へ。皆で、空いてる席に座って下さいな」
意外と元気な声で話してきたのでみんな少し驚いた。エルフは長寿だと聞く。見た目と違って、実はまだ元気なのかも知れない。
「カミル様、ノクリア、ただいま戻りました」
「ノクリア、長旅ご苦労様」
「いえ、とんでもございません。カミル様、早速ですが、皆を紹介させて頂いてもよろしいでしょうか?」
そう言って、ノクリアは、まずはエマ。次にヨナたちを順番に紹介した。
「みんなよく来たね。エマ王女、こんなむさ苦しいとこへ来て頂きありがとうございます。しばらくはご不便をおかけ致しますことをご容赦下さいませ」
「いえ、カミル殿。私はこの数日間夜営をして過ごして来ました。それからするとここは天国のようです。しばらくお世話になります」
エマはそう言って、立ち上がり、深々と頭を下げた。
「それから、お供の方たちは、エストーレ王国の人ではないね」
ヨナたちのことは、ある程度見抜かれているようだ。
「はっ、カミル様。失礼致しました。この者たちについては私から説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ノクリア。この人たちはあの爪痕で暮らしてる人達じゃないかな?」
「か、カミル様、なぜ、それを」
「いや、何となくじゃが、この人たちからはロクミル草の匂いがするのでな。この辺りでロクミル草の匂いが濃いところはあそこくらいじゃからな」
どうやらカミルは『龍の爪痕』のことは既に知っているらしい。
「すみません、カミル、さま」
咄嗟にカルロが発言する。危うくカミルのことまで呼び捨てにしそうになったから、ヨナとウィステリアは一瞬肝を冷やした。
「おっしゃる様に、我々はあの爪痕で暮らす者です。我々は『龍の爪痕』と呼んでいます。カミル様は、ずっと前から知っていたのですか?」
「いや、知ったのは最近じゃ。この森から少し西に行ったところの山肌にロクミル草の群生地があっての。わしらもそこのロクミル草を使っておる。わしらの中には、鼻の効くものがおってな。そこから濃い匂いを感じて、その匂いを辿っていったところ、お主らの爪痕を見つけたというわけじゃ。ちょうど龍神教の政変が起こる少し前じゃったかの」
「なるほど。そういうことでしたか」
「わしらもそのあとすぐにここに移ってきたから、ちゃんと挨拶するのをすっかり忘れておったのじゃ。すまんかったの」
「いえ、とんでもございません」
カルロは納得したようだ。その代わりにノクリアが話を繋ぐ。
「カミル様、その西の群生地の近くには他にも数カ所の群生地があります。もしかして既にご存知でしたか?」
「そうじゃな。既に知っておるよ。あの辺りは、激しい戦地だったに違いない」
「戦地……? それは一体……」
ヨナが質問をしようとしたが、カミルが言葉を続けた。
「その、ロクミル草の群生地じゃがな。少し問題があっての」
「な……、も、問題? 問題とは何ですか?」
ヨナは質問を途中で遮られて、そのまま別の質問で話を繋げた。
「昨日戻ってきた若いもんの話ではな、そのロクミル草たちはもう既に全て刈り取られていたそうじゃ。」
「えっ、全部ですか……?」
「ああ、全部じゃ」
ヨナは頭の整理が追いつかなかった。カルロもウィステリアもそれが何を意味するのか理解できないが、何か不穏な動きの予兆であるような胸騒ぎだけはする。
「カミル様、それはもしかしてエルフの仕業ではないですか?」
ノクリアはヨナたちの予想もしない答えを持ち出した。




