22 戦いのあと
フロワが土魔法を放った瞬間、大地が割れ、地面の一部が急激に盛り上がった。上からは鋭い岩が無数に落ちてくる。
「まずいっ」
この状況になり、ロズドは撤退することを決心した。どれだけ格好悪くてもいい。追撃があるかも知れないが、もしかしたら、ないかも知れない。どうせここにいたら死んでしまう。そうなる位なら、追撃がないことを祈って逃げる方に賭ける。
ロズドは、急いでカーラを抱えて逃げ始めた。
「おい、お前ら、逃げるぞ。急げ!」
「ロズド、パスズは?」
「奴はもう駄目だ、捨て置け」
「そんな……パスズ」
「いいから、死にたくなけりゃ全力で走れ!」
「パッカス! お前も逃げろ! 森の外で適当に合流だ」
「了解です!」
パッカスは目の前の魔法士たちに目もくれず、森に隠れて一目散に走った。森の中に入ってしまえば、狙いを絞れないだろう。あの地割れも、そう広範囲まで及ぶまい。
そう思って必死に駆け始めたところだった。パッカスは、木の枝に引っかかっている男を発見した。よく見たら、それはブランニットだった。足は見事にやられていたが、どうやら息はあるようだ。このまま見逃しても、問題にはならないだろう。だが、あのような男でも上官であり、我々の味方だ。この状況を報告すべき人間は、多い方がいい。また、ブランニットがぶら下がっている場所は、幸い敵に見つかるような場所ではなかった。
一度決めたら、行動は早かった。パッカスはブランニットを背中に抱えて、今度こそ森の外に向かって全力で走った。森の外に出れば、ロズドやナーシスたちと合流できることを信じて、走った。
ナーシスは、黒煙玉を地面に叩きつけた。周囲に黒い煙が立ち込めた。この隙を使って一目散に走った。もはや、恥も外聞も、誇りですらどうでもよかった。
あの魔法を目の当たりにしたとき、撤退の二文字しか頭に浮かばなかった。あのロズドでさえ、撤退を指示してきた。ロズドは馬鹿だが動物的な勘は鋭い。ロズドが撤退するのであれば、迷うことはない。一緒に全力で撤退するまでだ。地面が割れて、足場が悪い。また、上から岩が降ってくる。まともに食らえば即死だ。
ここまできたら、自分の運を天に任せて走るしかない。ナーシスは、ロズドの野生の勘を信じて、ロズドの後ろを追いかけた。
敵はすべて散り散りになって逃げて行った。先程まで敵がいた場所は、地面が割れ、一部が隆起して飛び出ていた。また、尖った岩が上から降ってきて、地面に刺さっていた。それが無数に散らばっている。
死んでしまったと思われる敵の一人は、見当たらない。この地割れの隙間のどこかに落ちていったのだろうか。どちらにしても、見つけ出す手段はなかった。
アラマンはふと隣にいるフロワを見た。フロワは、目が虚ろで、何かをずっと呟いていた。アラマンは、このままでは危ないと思い、フロワに声をかけた。
「フロワ、大丈夫か! もう戦いは終わったぞ。安心していい」
その声を聞いたフロワは、小さな声で『そうですか』と言い、そのまま目を閉じて意識を失った。意識を失って倒れかけたところで、シュリが駆けつけ、フロワを抱き止める。
「アラマン先生、フロワの、あの魔法は……?」
「そうだな。……俺も同じことを考えている。あんな魔法、初めて見たよ」
ミサリアは、戦いが終わったことには安心していたが、フロワのことは心配だった。魔法士としての才能はあると思っていたが、今回のことは想像以上だった。鋭く相手を貫く水魔法、これだけの広範囲の岩を操る土魔法。詠唱時間の短さといい、すべてが規格外であった。
考えがまとまらないが、一先ず、奥に戻ってみんなを労おう。こちらの損害はゼロなのだ。みんなよく頑張ったと褒めてあげなければ。
「あっ!」
突然シュリが大声を上げた。
「どうした! まだ敵がいたか?」
コウシュウが、周囲に意識を集中させて身構えた。
「いえ、敵ではなく……エクレルはどこですか?」
「エクレル? そう言えば、お前、エクレルの腕を掴んだあと、どうしたっけ?」
「あっ、そうだ、奥に放り投げたんだった」
シュリが思い出したと同時に、奥の救護係の一人が走ってきた。
「大変です、エクレルさんが」
「エクレルがどうした!?」
「大量に出血しています!」
「あっ」
その場にいた全員が、思った。
「またっ?」
アラマンは、彼に治療魔法を使うのは何度目だろう、と頭を抱えながら、ミサリアと共にエクレルの元に向かった。
それから数時間後、森の外に出たナーシスはロズドたちと無事に合流でき、木陰で休んでいた。
「ロズド、完敗だな」
「……ああ、あれは化物だ。あっちにあんな化物がゴロゴロいやがるとしたら、うちには滅亡の道しかないぞ」
「ところで、カーラは大丈夫か?」
「ああ、見たところ急所は外れている。一応すべての傷に応急処置はしたから、死ぬことはないだろうな」
「そうか、それで、パスズは……」
「あいつは、……死んだんだ」
「そんな、亡骸も持って帰ってやれないなんて……」
「おい、あいつはもう死んだ。俺たちは暗殺者だろう。これまでだって仲間を失ったことはあるだろう。感傷に浸るのはよせ」
「分かっている。だけど、あいつは何が起きたか分からないで死んだんだ! ロズドは怖いと思わないのか? 相手に刺されたり、斬られたりしたら、分かるだろう。対処のしようもある。それでも敵わない相手だったとしたら、それで死ぬことになっても、仕方なかったって思える。でも、あの魔法は何だ! あんなの対処しようがないじゃないか。カーラだって、助かったのは運が良かっただけなんだ。次、戦ったら私たちは確実に死ぬ。勝ち目なんてあり得ない! パスズは何が起こったのかも分からずに、死んだんだ……。私たちもそう……なるのか」
「おいっ、もう止めろ。分かってる。さすがの俺も怖えよ。あいつら化物だって思ったよ。白の騎士団も全員やられちまったしよ。くそっ、任務も達成できねえ。さらには、相手は化物だ。これからどうすりゃいいんだよ」
「……すまない、ロズド」
と、そこへ後ろから物音がした。二人が振り返ると、そこにはパッカスが倒れていた。完全に満身創痍で倒れている。その後ろには、一人の男が一緒に倒れていた。よく見るとブランニットだった。
「おい、パッカス。ご苦労さんだったな。おっ、こいつはブランニットか? おっさん、あの状況で生きてたんだな。悪運強過ぎだろ。ある意味凄えぞ」
「は、はい、そうです。い、生きてたみたいで、せ、背負って走ってきたから、も、もう立ち上がれません」
「なに情けないこと言ってんだ。俺はナーシスを抱えて走ってきたんだぜ」
「い、いや、隊長の体力と一緒にしないで下さい」
「しかも、お前も今回は何もしてねぇよな。体力有り余ってなかったのかよ」
「おい、ロズド、その辺にしてやれ。パッカス、ご苦労さん。まずは水を飲んで休め」
パッカスに水を飲ませ、少し休ませると、呼吸が落ち着いて来たのか、パッカスが話し始めた。
「ブランニット隊長を連れてきたのは、私の独断です。すみません。そのまま放っておいてもよかったのですが、一応この遠征の責任者ですから、まだ息があったので、連れてきました。幸か不幸か傷口がちょうど焼けているため、出血は止まっています」
「そうか、でもこのまま止めを刺した方が、このおっさんのためになるんじゃねえか。このまま生きて国に返ってもいいことなさそうだぜ」
「あの戦いを、一番間近で見たのはこの隊長です。私たちよりも、より詳細に報告できるでしょう。少しでも詳細な情報をあげて、次に繋げないといけませんから」
「次って……。お前、まだ諦めてないのかよ」
「えっ、何言ってるんですか。隊長らしくもない。私たちの仕事は、まずこの戦いの詳報を上に伝えることでしょう。その上で、あの魔法使いたちと我々がどうするかは、上の判断です。隊長が考えることではないですよ」
「そ、そうだな、パッカス。お前に励まされるとは思ってもいなかったぜ、ありがとうな」
「いえ、隊長はいつものように、ちょっとお気楽な感じでちょうどいいんですよ。まずは生きてここにいることに感謝して、このまま生きて国に帰りましょう」
「おい、『お気楽』ってところは腑に落ちねえぞ。…でも、まあ、そうだな」
「ああ、パッカス。ありがとう。私も少し気が楽になったよ。まずは生きて帰ることに専念しよう」
「でも、あの魔法使いたちと戦うのはもう勘弁して欲しいですけどね」
「同感だ」
「私もだ。もう懲り懲りだよ」
三人はまず、ブランニットに応急処置を施して、その場を後にした。
「ところで、ロズド」
「何だ? ナーシス」
「カーラの傷の手当てをしたと言っていたが、もしかして服を全部脱がせたのではないな?」
「何言ってるんだ。当たり前だろ。肺の近くにも、足の付け根にも傷があったんだぜ。そうしないと手当ができねえじゃねえか」
「ロズドの馬鹿野郎!」
「はっ? 何で怒ってるんだよ。カーラは助かったんだぞ」
「うるさい。この破廉恥野郎」
「はあっ、意味わかんねえよ。そこは、むしろ感謝の言葉だろうが」
パッカスは、いつもの二人に戻ってくれて一安心した。カーラは、ナーシスに背負われて眠っている。いつか目を覚ますだろう。その時は、みんなで元気付けてあげよう。生きててよかったな、と。
第二章、完。って雰囲気が漂ってますが、まだしばらく続きます。
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