21 四すくみ
四すくみ状態
・『龍の爪痕』 VS 『黒の騎士団』
1 コウシュウ VS ロズド
2 シュリ VS ナーシス
3 アラマン、フロワ、ミサリア VS カーラ、パスズ
4 周囲の魔法士たち VS パッカス
コウシュウは動く機会を伺っていた。目の前には、ロズドという斧みたいな剣を使う男がいて、こちらの隙を窺っている。先ほどの一撃は上手く受け流せたが、かなりの馬鹿力だった。
腕がまだ痺れている。あれほどの力を持っているのは、爪痕ではカルロくらいなものだ。剣の速さだけならば、ロズドより勝っている自信はあるが、腕の痺れが引いていない以上、迂闊に動けない。もう一度同じ斬撃がきたら、受け流せるかどうか自信がない。
ロズドは、渾身の一撃を受け流されたことに、少し動揺していた。力だけは自信があった。エストーレ王国内でも一番だと自負している。手は抜いていない。エクレルを助けようとしたあの女を、真っ二つに両断するつもりで、斬り付けたつもりだった。
それを軽く受け流された。まだあの男が余力を残しているようであればまずい。このまま動きがない状態では、自分たちは魔法の格好の的になってしまう。何とかしなければいけないが、次また渾身の一撃を受け流されたら、逆にあの男の一撃を食らってしまうだろう。そうなっては無事では済まない。
シュリは、目の前のナーシスと対峙していた。こないだのようにゾール紙を投げ込まれたら、こちらが不利となるため、周囲を警戒していた。
前回と同じ部隊であれば、少なくとも5人はいたはずだ。あと一人はどこかに潜んでいる。ゾール紙が見えた瞬間に自分の短剣を投げて撃ち落とすか、前のようにフロワの魔法に頼ることになる。たが、さっきからフロワの様子が少しおかしい。戦いで消耗しているのかも知れない。そうなると、フロワに頼ることができなくなる。目の前のナーシスだけなら対処できるが、ゾール紙のことを考えたら、迂闊に動けない。
自分の背後にはエクレルもいる。さっきは力任せに放り投げてしまった。また傷口が開いていなければいいが。エクレルを守りながら、ここを乗り切らなければならない。
ナーシスも迂闊に動けなかった。最初の奇襲で決められなかった時点で、不利な状況になっている。ロズドの一撃が受け流された。
こちらの奇襲は、またしても光魔法のせいで失敗してしまった。あちらの魔法使いを牽制したかったが、この周囲に配置されている魔法使いたちが、こちらの動きに対処してくるかも知れない。そちらの方へ気を取られ過ぎてしまった。悔しいが後悔しても遅い。
パッカスは今一人で周囲の魔法士たちを牽制してくれているだろう。パッカスのゾール紙が切り札なのだが、今パッカスはそれどころではないはずだ。相手がそれに気づいてしまってはまずい。このまま斬り込んでも、あのシュリという女には通用しないだろう。どうしたらいい。
周囲の警戒をしていた魔法士たちは、突然現れた五人組に驚いた。その内、四人が『龍の爪痕』の入り口付近で、味方と対峙している。魔法を打ち込もうと思ったとき、もう一人が現れて木の上からこちらに睨みをきかせている。
手にはゾール紙を持っている。明らかにこちらを牽制していた。魔法士たちの魔法より、ゾール紙の方が発動が早い。少しでも怪しい動きをすれば、こちらに魔法がとんで来る。迂闊に動けない。
パッカスは木の上で、周囲の魔法使いたちを牽制していた。たが、下の状況を見ると、間違いなくこちらが追い込まれている。ロズドとナーシスの攻撃がかわされたのである。
ゾール紙を使って起死回生の突撃で、犠牲を出しながらでもエクレルを奪うか、前のように撤退するしか思い付かない。だが、目の前の魔法士たちが、下に魔法を打ち込もうとしている。それだけは避けなければならない。
ゾール紙を構えているが、これを目の前の魔法士たちに使ってしまった時点で、こちらの切り札がなくなってしまう。追いかけて来ないことを祈りながら、尻尾を巻いて逃げるしかない。が、あの強力な魔法で追撃されたらどうなるかは、火を見るより明らかだ。
カーラとパスズは、目の前にいる魔法士アラマンとフロワを警戒していた。アラマンは、一つの魔法だけで白の騎士団を壊滅させた男だ。二人は目の前で確かに見た。
あの魔法は規格外だった。見たこともない威力だった。これほどの戦力を持っているとは思いもしなかった。普通に考えたら、こっそり撤退して、敵のこの戦力を上に報告する方が賢いのだろう。だが二人の上司ロズドは、相手が油断している隙を突けば、エクレルを奪えるかも知れない、とずっと入り口付近で見張るよう命令した。
二人はそんな機会が訪れないことを期待していた。だがそんな淡い期待を裏切るかのような、絶好の機会が巡ってきた。目の前にエクレルが現れたのである。ロズドは考えるよりも先に体が動いたようた。その後をすぐナーシスが追いかけた。
絶好の機会だが、無策のまま突っ込んでは、魔法の的になってしまう。二人のやるべきことは決まった。ロズドとナーシスが魔法の的にならないように、アラマンたちを牽制することだ。だが、一歩遅かった。あの光魔法が、ロズドとナーシスの勢いを止めてしまった。
出足が遅れたせいで、二人はアラマンたちを牽制できないまま、彼らと対峙してしまった。フロワの魔法発動は早い。隙を突く余裕はなさそうだ。判断を誤れば、二人には死が待っている。
アラマンは焦っていた。この状況はまずい。コウシュウがあの男を押さえてくれているが、シュリはどうだ。エクレルを守りながら、あの女と戦えるだろうか。またゾール紙を投げ込まれてはひとたまりもない。
フロワがゾール紙を対処すれば、その瞬間に目の前の二人が飛んでくるだろう。自分とミサリアの魔法では間に合わない。そもそも彼らの速さは未知だ。真っ直ぐ向かってきた時、フロワの魔法で間に合う保証は、どこにもない。
周りの魔法士たちは、こちらに魔法を打ち込もうとしても、この狭い範囲に敵味方が入り乱れている状況では、打ち込むのを躊躇しているだろう。ここは、話し合いの交渉しかないのかも知れない。
隣でミサリアが目配せをしてくる。恐らく考えていることは同じだろう。たが、交渉と言ってもどう取引したらいい。エクレルの安全の保証と共に身柄を渡す?いや、安全の保証などは、エクレルが向こうに渡ったときに無効になってしまう。何かいい手立てはないものか。
フロワは頭が混乱していた。自分の魔法で多くの人が死んでしまったことは、仕方ないと割り切っていたつもりだったが、戦いが終わったと思い、気が抜けた途端、急に恐ろしくなった。自分が、人を殺してしまった事実を受け止めるのが怖かった。
仕方なかった。自分がやらなければ相手に殺されていた。仕方なかったんだ。『龍の爪痕』を守るために戦ったのだ。兄のヨナが帰ってくる場所を守るためだった。だから仕方なかった。自分は悪くない。そう自分に言い聞かせていたところに、また追手が現れた。
せっかく戦いが終わって、平和が守られたと思ったのに、またそれを脅かしてくる人たちが現れた。頭がフラフラする。もういい加減にして欲しい。私たちが何をしたって言うの。何をしたら帰ってくれるの。この人たちも私たちを奴隷か家畜にするつもりなの。
だったら許せない。私が、私が何とかしなくちゃ。
フロワが何か妙な動きをしたので、パスズとカーラの緊張感が一気に増した。二人はお互い目で合図をした後、フロワに目掛けて短刀を投げた。無駄のない動作から、短刀が素早く放たれる。が、その短刀はフロワの前で止まってしまった。止まったというのは正確ではない。失速して落ちた。
アラマンは、フロワのその魔法の発動速度に戦慄した。フロワは風魔法で、短刀の勢いを殺したのだ。魔法を発動する時間などなかった、はずだ。
投げ込まれた短刀が、フロワの目の前で落ちたのを見たとき、パスズも戦慄した。そんなこと、あってたまるか。魔法なのか。反則だ。あんなのに勝てない。化け物だ。いつ魔法が打ち込まれるか分からない。いつ魔法で殺されるかも分からない。避けることもできない。死を待つしかない絶望的な状況。
パスズは、その不条理な状況に置かれている自分が急激に嫌になり、自暴自棄になった。そして大声で喚きながらフロワに向かって走っていった。
「うおおおお、ちくしょょううう!」
「よせ、パスズ!」
カーラの呼び止める声は届かなかった。カーラの声が途切れた瞬間、パスズは体を何かに貫かれて、後ろに飛んで木にぶつかって倒れた。パスズには何が起こったのかまったく分からなかった。だが、しばらくして体中に無数の鈍い痛みが走り、体がしびれて動けなくなった。
「な、なんで、こんなこと、が……」
パスズは小さく呻き声を上げた後、倒れて動かなくなった。
「えっ、な、何が起っ……」
何が起こったのか、理解が追いつく前に、カーラの体にも数か所の痛みが走り、後ろに飛ばされた。飛ばされた自分の体をよく見ると、腕や脇腹に、数か所の刺し傷のようなものができていた。
が、そこには武器らしきものは、何もなかった。ただ、濡れているだけだった。水が、水の塊が、ものすごい速さで飛ばされてきただけ、なのだろうか。自分はたまたま当たった場所が良かっただけなのか。パスズは頭と心臓近くを撃ち抜かれていた。自分は運が良かっただけなのだ。
運よく、たまたま、今生きているだけなのだ。カーラはその事実に絶望した。そして完全に戦意を喪失してしまった。
「あ、あっ……、もう駄目……、命だけは、た、助けてくだ……」
出血が多くて上手くしゃべれない。死を覚悟した。その時、
「このやろぉぉぉぉ!」
ロズドが自分の剣をフロワに向かって投げた。その突拍子もない行動に、コウシュウは一瞬固まってしまった。
「これは風や水では止められねぇだろぉぉぉぉぉ!」
だが、上から大きな岩が落ちてきてロズドが投げた剣がその岩に潰されてしまった。偶然か。いや、そんな筈はない。そんな都合よく、岩が落ちてきて、投げた剣を潰す筈がない。魔法か。あの女の魔法なのか。魔法を使うような素振りなど全く見えなかった。ロズドもナーシスも今の状況が絶望的であると確信した。
「あなたも、そうなのね。私たちの平和の邪魔をする人……」
フロワがロズドの方を向いた。表情は虚ろで、焦点が定まっていない。そして、小さな声で土魔法を放った。
「『大地よ、あいつらを、潰して』」




