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20 油断

 ブランニットは自分が何を見ているか、理解できなかった。ブランニットと一緒に突撃をした兵士たちも、同じ気持ちだった。目の前から巨大な炎の塊がこちらに飛んでくる。まるで太陽がこちらに向かってきているようだ。


 飛んでくる速度は、そんなに早くない。だから、逃げられたかもしれない。だが、目の前に迫ってくるものが、自分に死をもたらすものだという実感が、湧かなかった。むしろ、見たこともない目の前の現象に魅入られているようでもあった。


 これは何だ。人間などにこんな大きな光の炎を放つことができるのか。そうか、これは人間ではなく神の所業だ。神は、ドラゴンは、この地にまだ存在したのだ。あの魔法使いたちは神を、ドラゴンを祀る神官たちだったのか。


 自分としたことが、何ということをしてしまったのだ。自らが仕える神に刃を向けてしまったのだ。これは制裁だ。審判が下ったのだ。ブランニットは突撃するときの勢いを失くして、すべてを受け入れる体制に入っていた。


 神の審判が下されたのだ。すべてを受け入れよう。そして、このまま死ぬ。神のご慈悲によって、このまま苦しむ間もなく死んでいくのだ。もう疲れた。どうせ生き残っても、自分には辛い未来しか待っていないのだ。この光を、神の制裁をすべて受け入れて、すべてを終わらせよう。


 ブランニットは膝をついて、両手を広げた。すべてを終わらせる準備は整った。さあ、神よ、すべてを消し去る光よ、このままこの身を焼き尽くし給え。


 それとほぼ同時に、ザックは目を覚ました。死んだと思っていたのに、奇跡的に生きていた。自分は確かに生きている。信じられなかったが、生きているという感覚が戻るまで時間はかからなかった。


 目の前から、大きな光の玉が自分に向かって迫っていた。ザックは、またしても反射的に死を覚悟した。


「ちくしょう。またか……」


 そう自嘲気味に漏らしながらも動こうとした。死に抗おうとした。だが無理だった。足が二本とも動かなかった。手も右手だけしか動かなかった。


 そうか、やっぱりここで死ぬのか。ザックは、すべてを諦めた。やはり、ブランニットに付いて来たのは間違いだった。今回の相手は化物だった。でも、このまま死んでしまうのも悪くないかも知れない。生きて戻っても碌な生活ができない。足が動かない、手ももう駄目だろう。


 ブランニットに悪態でもついてやりたい気分だった。最後にあの憎たらしい男に何かしてやりたくなった。ふと目の前を見ると、ブランニットが最後の覚悟を決めたような表情で、両手を広げたまま膝をついていた。


 明らかに死を覚悟している。むしろ死ぬことをありがたがっているようだった。ザックは自分の腰に差していた、緊急時用のゾール紙を取り出して、ブランニットに向けた。


「あんた、何勝手に一人で死ぬ覚悟決めてんだよ!」


 ゾール紙からは火炎魔法が発動され、ブランニットに向かって放たれた。狙いが悪く、ブランニットの足元に着弾した。だが、その爆風でブランニットが遠くへ飛ばされて行くところまでが見えた。


 「ざまあみろ。もし生き残ってたら、生き恥を晒しやがれ……」


 ザックは最後に満足した。そして家族の顔を浮かべようとした瞬間、再び意識が途切れた。






 どーん!という大きな爆発音がして、エクレルは後ろを振り返った。『龍の爪痕』内の後方に下がっている途中だった。戦闘が始まって間もないのに、激しい音がしたことで少し不安になった。


「凄い音がしましたけど、大丈夫ですかね?」


 不安そうなエクレルに、同行しているコウシュウが声をかけた。


「心配かも知れないが、大丈夫だ。アラマンがいるからな」

「そうだよ、エクレル。アラマン先生は凄いんだからね。ついでに言うと、フロワもいるしね」


 シュリも一緒になって励ましてくれる。エクレルは、この爪痕の魔法士達の実力はある程度分かっているつもりだ。ほぼ全員が、エストーレ王国で作成しているゾール紙の魔法よりも、強力な魔法を使いこなしている。


 それでも、ゾール紙の数は膨大だ。それを一気に使用されては、いくらアラマンやフロワがいても太刀打ちできないのではないか。コウシュウとシュリが自分を守ってくれるのは頼もしいが、そもそも魔法で競り負けて、こちらの内部まで侵入されてしまっては、いくら二人の腕が立つといっても不安がよぎる。


 ここの住人たちにも危害が及ぶかもしれない。それでは自分の気持ちが収まらない。いざとなったら、自分を差し出して、この爪痕の安全を守るよう交渉もできる。


「すみません、やっぱり心配なので様子を見てきます!」

「あっ、おいっ」


 コウシュウの声を振り切って、エクレルは音のした方へ走っていった。


「コウシュウさん、追いかけましょう!」

「ったく、仕方のないやつだな。まあ、アラマンの魔法があっても、取りこぼした奴もいるかも知れないし。行くか」


 コウシュウとシュリも、エクレルの後を追って走った。恐らく、あの衝撃はこちらが攻撃を食らったのではなく、相手への迎撃だろう。もしあの爆発でこちらが攻撃を受けていたら、この爪痕の岩たちが崩れ落ちてくる心配があるが、今のところその兆候はない。


 ということは、相手は大きな損害を受けているはずだ。残党が逃走してくれたらいいのだが、もし決死の覚悟でこちらに向かってきた場合、エクレルの身が危ない。コウシュウは急いでエクレルを追いかけた。




 アラマンは満身創痍だった。今までは『龍の爪痕』の崩壊を危惧して、大きな魔力を使う魔法の使用を控えていた。というよりも、その必然性がなかったというものある。


 今回は爪痕の外であるため、初めて大きな魔力を使う魔法を試してみた。見たところ、相手陣営はほぼ壊滅している。白の騎士団が森を焼き払ってできた道すべてを、


 上書きするように、自らの魔法でほぼ焼き払ったつもりだ。後は伏兵がいないかどうかだが、こちらの監視と包囲網がある。大きな心配はいらないだろう。アラマンは少しよろけて膝をついた。それをミサリアが支える。


「アラマン、大丈夫? 無茶し過ぎたんじゃない?」

「大丈夫です。でも、少しやり過ぎたかもしれません。ちょっと、立っているのが精いっぱいです」

「フロワも大丈夫か?」

「は、はい……」


 フロワは、少しぼーっとして岩にもたれかかっていた。もしかしたら、多くの人間が目の前で死んでしまったことにショックを受けてしまったのだろうか。


 敵から何か仕掛けてくる様子はない。大将らしき人物も見当たらない。ひと先ずは終わったようだ。アラマンたちが、一旦下がって様子を見ようとしたとき、エクレルが心配して駆けつけてきた。


「みなさん、大丈夫ですか? 凄い大きな音が……なっ!?」

「エクレル、下るんだ。まだ危険だ」

「す、凄い、これアラマンさんが……?」

「おいっ、まだ敵がいるかも知れないぞ、奥に入ってろ」

「エクレル、捕まえたよ。早くこっちに来て」


 ちょうどシュリが追い付いてきて、エクレルの腕を掴んで奥に引っ張ろうとしたとき、エクレルの頭巾がめくれて、顔が露わになってしまった。


「そこにいたか」


 と、森の木の陰から男が現れて、エクレルに向かって斬りつけてきた。エクレルではなく、エクレルの腕を掴んでいるシュリを狙っていた。シュリは右手が塞がれているため、左手の剣で受け止めようとした。


 が、あの男の剣の勢いでは、例え受けたとしても、力で押し切られてしまう。こうなったら、右腕一本を捨てる覚悟で、斬り返してやろうと左手に力を込めたとき、


「おっと、危ない」


 間一髪のところで、コウシュウが男の剣を受け流してくれた。


「お前さん、力あるね。」

「ああっ、くそっ。うっせぇ、とっとと諦めてその男を渡しな」

「そうはいかない。ところで、生き残りはお前だけか?」

「知らねえよ!」


「ロズド、そのまま剣を地面に叩きつけろ」

「よし、任せとけ」


 急に女の声がしたと思ったら、男は自分の斧のような剣を地面に叩きつけた。その衝撃で地面が放射状に地割れした。シュリが足元を取られた隙をついて、女が向かってきた。あの時の女だった。


「フロワ、頼む」

「はいっ、先生。『光よっ』」


 フロワが光魔法を放つ。爪痕の住人は瞬時に目を瞑る。一瞬目をやられた女が怯んだ隙に、シュリはエクレルを奥に放り投げたあと、女の脇腹に回し蹴りを入れて岩に叩きつけた。


 男も一瞬怯んだ。その隙を突いてコウシュウが男に一撃を入れる。男はその一撃を剣で受けて少し後ろに下がった。


「くっ、またこいつらか。パスズ、カーラ、魔法使いは任せた」

「はいっ」


 と、そこへまたしても新手の男と女が出てきて、アラマンとフロワに対峙した。



 シュリとナーシスは二度目の対戦となる。自分が遅れを取らないよう、お互いの間合いを見極め合っている。


「また、お前か。懲りない奴だ。次はちゃんと仕留めてやる」

「それはこちらの台詞だ。今回は魔法は使わせない」


 コウシュウは、ロズドと向い合ったまま、動かなかった。お互いがお互いの力を瞬時に認め合い、どう切り出すべきか思案していた。


「どうした? その斧みたいな剣は子供騙しか? 振らないと持っている意味がないぜ」

「うっせぇ。おっさん一人くらい、一撃でぶっ倒してやる」



 アラマンとそれを支えるミサリアとフロワは、パスズとカーラに囲まれていた。相手に素早く斬り込んでこられたら、明らかにこちらが不利だ。しかし向こうは斬り込んでこない。こちらの出方を窺っているのか、フロワの魔法を警戒しているのか。


「カーラ、どうする? このまま突っ込むか?」

「いや、見てなかったんですか? どう考えても、あのちっちゃい方の女の魔法はまずいでしょ。一瞬でもこちらの攻撃が遅れたら、確実に死にますよ」

「だよな……あれっ? 俺たち詰んでる?」

「いや、多分詰んでますよ。ナーシス様に呼ばれて勢いよく出て来ましたが、無計画でしたから」


 パスズとカーラは、フロワの魔法にビビって、動けないでいた。


いつもありがとうございます。


今回はこのお話と同時に短編も投稿しております。

このお話とは全然違うお話ですが、そちらにも立ち寄って頂けますと嬉しいです。

『転生して最強になった女、今は死ぬ方法を探しているようです』

https://ncode.syosetu.com/n4835hu/

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