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19 開戦

 アラマンは戦闘の準備をするよう、各魔法士たちに告げた。魔法士たちは『龍の爪痕』の外に出して山肌の中に潜ませていた。アラマンの横には族長のミサリアともう一人、フロワが控えている。


「フロワ、この数日間のコウシュウとの訓練の成果は出てるか?」

「はい、前とは違って落ち着いています。大丈夫だと思います」

「覚悟は決めたか?」

「はい、そうですね。相手がこちらを害してくるなら、魔法で応戦します」


「相手を殺してしまうことにもなるぞ」

「仕方ありません。この爪痕を守るためです」

「そうか、済まないな。こんなことに巻き込んで。でもお前の力が必要なのだ」

「いえ、お兄ちゃんたちが帰ってくる場所を守るって決めましたから」


 フロワはこの数日間、魔法の訓練ではなく、剣士のコウシュウたちと一緒に魔獣狩りをさせていた。戦闘に慣れておくことと、敵の命を奪ってしまうことへの抵抗をなくすためだ。


 魔獣と対峙すれば、無条件で自分の命を狙ってくるものを相手にしなければならない。躊躇えば自分が死ぬ。相手を殺して命を奪えば自分は助かる。


 あの優しいフロワのことだ。過酷な状況に身を置かれてしまって、辛かっただろう。本来ならこんなことをさせたくはなかったのだが、この爪痕を守るためにはフロワの魔法の力が必要だ。


「相手のことは魔獣だと思えばいい。気にするな」

「はい、大丈夫です。あの大きい魔獣たちを一瞬でぺちゃんこにできましたから。あいつらと同じようにしてやります」


 フロワの中で何か新しい扉が開きかけていないか、と一瞬心配に思ったが、そんなことよりもまずは目の前の戦いだ。


 敵の主力が『龍の爪痕』までの森を完全に焼き払って、道が開けたところで進軍を止めた。アラマンから敵将らしき人影がはっきりと確認できた。


「アラマン、どう?」

「敵将は恐らくあそこの馬に乗っている派手な格好をした男でしょう」

「どう? 届きそう? フロワも」

「十分です」

「私もです。射程内です」

「了解。相手の出方に注意しててね」


 ミサリアは、アラマンとフロワを連れて、入口まで降りて行った。ちょうど入口付近に辿り着いたとき、相手の敵将から挨拶があった。


「魔法使いの諸君! 我々はエストーレ王国から来た白の騎士団、隊長のブランニットである。そちらに我が王国の王子が匿われていると情報があって参った。大人しく差し出せば、命だけは助けてやってもよい。逆らうというのであれば、先程までの魔法を使って、ここから総攻撃をさせてもらう。命の保証はしない。さあ、どうする?」



「族長、少し時間を稼いで下さい。魔法の準備をしておきます。フロワ、相手が例のゾール紙を使ってきたら、水魔法で対応してくれ」

「分かりました。こちらはいつでも大丈夫です」

「どうやら友好的な相手じゃなさそうね。あとは任せて」


 ミサリアはブランニットの要求に対して応える。


「ひとつ、聞かせてくれるかしら。そちらの要求に従ったとして、命を助けてもらったあと、私たちはどうなるのかしら?」


 ブランニットの口角が上がった。


「お前たちは我が王国では穢れた民族とみなされる! 命はあっても奴隷か家畜として働くことになるだろう。私から助言してやる。ここで死んでおいた方がましだと思うような生活が待っているぞ」


 どうやら相手は要求を呑もうが断ろうが、こちらに死かそれに近い苦痛を与えることしか考えていないようだ。迷うことはあるまい。ミサリアは覚悟を決めた。


「アラマン、いいわね」

「はい、準備はできています」


「分かったわ! そちらが求める王子は確かにここにいるわ。でも私たちは引き渡しには応じない。できれば帰って頂けるとありがたいんですけど」


「そうか、そちらの答えは受け取った。それでは総攻撃に入らせて貰う。後悔しても遅いぞ。覚悟しろ、穢れた民よ」


 ザックは各小隊長に指示を出した。森を焼き払ったゾール紙を五十枚一気に使用するよう命を受けている。森を焼き払うのに十枚程しか使ってこなかったゾール紙を一気に五十枚である。


 相手の陣地は、あの大将たちと共に瞬時に壊滅するだろう。これで今回の仕事はほぼ完了だ。あとは、エクレルの死体を見つけて、首を持ち帰ればいい。今回の仕事は簡単だった。


「よし、やれ」


 ザックの命令で、ゾール紙から一気に火炎魔法が解き放たれる。後方にいるザックにも、耐えるのがやっとの熱量が放たれた。前方でゾール紙を発動している兵士は、間近であの熱を受けている。命はないだろう。それ程の大きな火力が解き放たれた。



 ミサリアからも敵がゾール紙を使ったのが見えた。


「来た!」

「フロワ、今だ」

「はいっ! わわっ、思ったよりたくさんある。『水よ、いっけー』」


 フロワから放たれた水魔法は、ゾール紙から放たれた直後の火炎に衝突した。そして、ぶつかった水が蒸発して大きな爆発となった。前回の爆発とは比べ物にならないほどの大きな爆発だった。ザックは何が起こったのか分からず、その爆発がした方向を向いたまま意識を失ってしまった。


 フロワの魔法で取りこぼしたいくつかの火炎は、周囲に待機していた他の魔法士達の水魔法で消し去られてしまった。


 ブランニットは落馬して倒れたまま、何が起こったのか分からず狼狽えていた。今のは何だ。火炎魔法に何かがぶつけられたと思ったら、大きな爆発がした。起き上がって前方を見ると、見るも無残な光景が広がっていた。


 自分たちを守った部下たちが、目の前に大勢倒れていた。そのもっと前方のザックがいた辺りには、人の形をしたものは何も残っていなかった。みんな、五体がどこか欠けているか、どこかの部位だけが残された状態で、ごみのように散らばっていた。これは悪夢か。ブランニットは正気を保つのがやっとだった。


 こちらが用意した主力のゾール紙を一人の魔法使いが、見間違いでなければ、一人の少女の魔法一つで消し去られた。それだけではなく、前方にいた約半数の兵士たちが、その一撃で木っ端みじんになった。これは悪夢としか言いようがない。


 ――もう自分には起死回生の機会は訪れない。どうあがいても勝てない相手と対峙しているのだという絶望感が、彼を狂わせた。


 もうどうせ後がないのだ。ここまできて逃げ帰る訳にはいかない。正面から突破して一人でも多くの魔法使いを殺してやる。ブランニットは、後方で控えている兵士たちに号令をかけた。


「突撃だー! 数で押し通して奴らを皆殺しにしろ! 奴らは穢れた魔法を使う者どもだ。お前たちの好きなように蹂躙していい」


 と言っても、兵士たちは先程の爆発で戦意を失っていた。号令に対して動く者はいなかった。だが、追い打ちをかけるかのようにブランニットの怒号が飛んだ。


「聞け、お前たち! この戦いに負けて帰れば、穢れた者に負けた兵士として、国に返った後、まともな生活ができない! お前たちは勝つしかないんだ。勝って国に返るしか道はないんだ! 立ち上がれ! 誇り高き白の騎士団の精鋭たちよ! 今こそ騎士団の力を見せつけてやるのだ! あの穢れた魔法使いどもに、正義の鉄槌をくれてやれ!」


「うおおおおおー!」


 ブランニットが単身で突撃を開始した。その勢いに押されて一人、また一人と後方の兵士たちもそれに続いた。その顔はブランニットと同じ顔をしていた。


 後には引けない、もう後戻りすることのできない、未来への希望を捨てた顔だ。兵士たちは、先程まで一緒にいた仲間の手足を蹴飛ばしながら、残りの全軍で突撃する。



「アラマン、来たわ」

「分かりました。あとはお任せ下さい」


 詠唱を終えたアラマンは改めて思っていた。この世界の魔法とは何か。自分たちが考えてきた魔法とは何か。それは正しい使い方をしているのか。何度考えようが答えは分からない。分かりようがない。


 だが一つだけ分かったことがあった。先日の戦闘で初めてゾール紙を見たときだ。もしかしたら我々の魔法は……。ふと、隣に立っている天才魔法士に訊ねてみたくなった。


「フロワ、やつらのゾール紙の魔法の威力を見て、どう思った?」

「えっ? えっと……」


 フロワは、『龍の爪痕』屈指の天才魔法士は、少し迷ったあと、素直な感想を呟いた。


「まあ、子供のお遊び? みたいな感じですかね」


 同じだった。アラマンも同じ感想だった。あの程度の魔法では、この爪痕の魔法士の足元にも及ばない。


「ああ、その通りだ。奴らに本当の魔法とは何かを教えてやらねばな」


 アラマンの上方で、無数の火炎の塊が大きな円を描きながらぐるぐる回り始めた。それらは、徐々に中心に寄り集まって、一つの大きな塊となった。


 それは、先程のゾール紙から放たれた火炎よりも遥かに大きく、強い光を放っていた。


 そして、アラマンは静かに魔法を放った。


「『炎よ、ゆけ』」


明日(8月21日)は投稿を休ませて頂きます。

次回の投稿は8月22日(月)です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 爪痕の魔法士の魔法の力では、白の騎士団はとうてい叶わないのでしょうね……でも、白の騎士団の兵士たちだって、すでに戦意を失っても脅されるような言葉で戦いに向かわされてすごく複雑です……(;´…
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