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18 戦いの火蓋

 ブランニットは部下のザックに命令した。


「まずはこの邪魔な森を焼き払え」


 ザックは自分の耳を疑った。ブランニットは確かに『森を焼き払え』と言った。かなり無茶な作戦である。このまま森に隠れて静かに進軍した方がいいに決まっている。

 

「お、お言葉ですが、ブランニット様。森を焼き払うのは、さすがに無茶かと思います。この森は広大過ぎてゾール紙が足りません」

「お前は馬鹿か、ここからあの敵のいる裂け目までの、邪魔な木々たちだけで十分だ。火炎魔法の直線的な爆風と熱だけで道を作ることはできるはずだ。ここの森はかなり湿気を含んでいる。延焼することはあるまい」

「は、はい。かしこまりました。すぐに作戦を開始いたします」


 ザックは命令を受けて、各小隊長の待つテントへ向かった。少しはマシになったが、やはり無茶な作戦である。通常このような深い森では、大人数の部隊は組織として機能しない。


 相手が立て籠もって出てこない以上、こちらは森の中を隠れながら徒歩で進軍して、数で押通るしかない。第一、森を焼き払ってしまったら、相手から自軍全体が丸見えになってしまう。こちらの軍勢がいくら多くても、それだとただの敵の的だ。


 ザックは、付いていく上司を間違えたのではないかと思い始めていた。


 フランコフ領の制圧作戦で失敗をしてしまってから、ブランニットはすべてが空回りしてしまっている。本人がそのことを認めたがらないため、部下からの進言を聞かず、独断をし、そしてまた失敗してしまう。


 ジエコフの尋問のときでもそうであった。ザックは激高したブランニットをもう一人の同僚と一緒に止めた。だが、ブランニットはそれを無理やり振り切って、ジエコフに致命傷を与えてしまった。


 ザックは必死で止めたのだが、もしかしたらもう一人の同僚ギースは本気で止めなかったのかもしれない。ギースはそれ以降、ジル団長に直談判して別の隊に異動している。


 この作戦中も、ブランニットは冷静さを欠いているように思える。というか何か目つきが怖い。ザックは、この作戦が終わったら自分もジル団長に直談判しようと決心した。


 今回の作戦ではゾール紙の使用が許可されている。とは言ってもゾール紙は国王派たちの切り札だったので、龍神教の配下の騎士団では公然と使うことはできない。


 恐らく今回の作戦では、王国に残っているゾール紙の処分も兼ねているのだろう。ゾール紙は迂闊に燃やしたり、切り刻むと、中に付与している魔法が発動することがあるという厄介なものだ。処分するには手間がかかる。今回は火炎魔法のゾール紙を多く持ってきている。


 魔法には頼りたくないが、上からの命令である。従う他ない。


 ザックは部下を配置につかせ、火炎魔法のゾール紙で森を焼き払うよう命令した。


「よし、焼き払え!」


 一斉にゾール紙から火炎魔法が発動し、森が一気に焼き払われた。焼き払った跡は、木が全て炭となって、火炎魔法が通ったところに、ほぼ平らな道ができていた。これは火炎魔法というよりも、爆発魔法に近いのかもしれない。


 思ったよりも威力が大きくて、ザックは少しゾッとした。魔法の力というものを思い知った。この力があれば何でもできるような気がした。


 この調子なら数回ゾール紙を使えば、目的の岩の裂け目まで到達できる。ザックは少し気が大きくなった。この力があれば、この部隊で成果を上げられるかもしれない。


 ブランニットの窮地を救うことができたら、いや、この成果を自分のものとしてジル団長に報告する。成果が認められたら隊長も夢ではない。ザックはそんな夢を思い描きながら、軍を進めた。





「あいつらは馬鹿か」


 後方で白の騎士団の様子を窺っていたナーシスが呟いた。ナーシスが所属する黒の騎士団、通称アマリスの五人はブランニットの命令で後方支援を命じられていた。後方支援と言ってもやることはなく、後ろから戦況を眺めているだけであった。


「ロズド、どう思う?」

「馬鹿だな、あいつらは。向こうさんは魔法を使えるのに。あれでは、『自分たちはここだ』と言っているようなものだ。せっかく森があるんだから、森に紛れて進軍すりゃいいのにな」


 隊長のロズドが珍しくまともな意見を言ったものだから、ナーシスはちょっと見直した。ロズドは剣の腕はいいのだが、頭を使う作戦は苦手で、とりあえず正面から突っ込んでいくしか脳がない男だ。先の戦いでも、正面から挑んでまんまと敵の罠に引っかかってしまった。


「ナーシス様。恐らく、今回の作戦ではゾール紙が大量に持ち込まれていると思います」


 情報通のパッカスが報告をする。


「そうなのか? でも魔法に頼るとは、龍神教の教義はどこへ行った?」


 騎士団は、魔法を忌み嫌う龍神教の傘下の組織だ。龍神教は魔法を穢れたものとしているため、魔法に頼ることをとても嫌う。ゾール紙を使って戦闘でもしようものなら懲罰ものだ。緊急用に各部隊に一つ支給されているがあくまで緊急用だ。ここまで公然と使うのは確かに不自然ではある。


「恐らく、今回の作戦はエストーレ王国の外のため、国民の目がないのが大きいかと思います。国にとって忌まわしきゾール紙を大量に処分するのに、今回は格好の作戦かと」

「なるほどな。ということは今回は派手な火力戦になりそうだな」


「そういうことか。なら俺たちにも出番はありそうだぜ」

「ロズド、どうした? 急に」

「おれに作戦がある」


 何となく嫌な予感がして、ナーシスをはじめとした残りの四人は背筋に嫌な汗を感じた。






 『龍の爪痕』から様子を眺めていたアラマンは、今回の隊長も馬鹿なのかも知れないと思い始めていた。どっからどう見ても敵はあそこから進軍してきている。爪痕の上部に作った物見からだと一目瞭然だ。


 伏兵がいることも考えなければならないが、こちらへの入り口は狭い。守っていれば、いつかはこちらの包囲網に引っかかってくる。今回も落とし穴を作っておこうかと思案していると、族長のミサリアが声をかけてきた。


「アラマン、どう思う?」


 ミサリアの隣ではエクレルが一緒に様子を窺っている。


「主力はこちらにまっすぐ向かってきているようです。伏兵もいるかも知れませんが、まずはあちらの相手をするべきかと」

「そうね、でも伏兵はいるでしょうから、警戒は怠らないようにね」


「問題ありません、伏兵への備えもしてあります」

「あのゾール紙は、王国で量産した火炎魔法が付与されているものですね。今回はやはり大量に持ち込んでいるようです。数だけはあるので気を付けて下さい」


 エクレルは相手の情報を知る貴重な情報源であると共に、相手の標的でもある。相手からは分からないよう、頭巾で顔を隠している。


「一応、私は相手の責任者と話をして、和解ができないかを探らないといけないんだけど、エクレルの意見を聞かせてくれないかしら?」

「恐らく、無理でしょうね。相手は龍神教の白の騎士団ですから。あの火炎魔法のゾール紙を使っての進軍が、こちらへの威嚇のつもりなら、まだ可能性はあるかも知れませんが」


「どうしますか? 族長。」

「そうね、相手の出方を見てみましょう。それで向こうが仕掛けて来たら、遠慮なく応戦させてもらおうかしら」


 エクレルは、白の騎士団が思ったより大きな戦力を投入していることに驚いていた。あのゾール紙は、火炎魔法の中でも強力なものを付与してある。数も相当作っている。


 それらがこの作戦に使われるとしたら、ここの人たちで対処できるだろうか。自分のせいでここの人たちが犠牲になるのは避けたい。


 ミサリアを始めとした爪痕の人たちは皆落ち着いている。あれだけの魔法を見て怖くならないのだろうか。ここには多くの魔法士がいる。彼らの力があれば太刀打ちできるかも知れない。ただ、あの数で攻めて来られたら、ここは保つのだろうか。


「エクレル、どうしたの? 元気なさそうじゃない」

「あ、シュリ……。それにコウシュウさんも」


 シュリは『龍の爪痕』の剣士だ。腕はかなりのもので、エクレルが本気で打ち合っても勝てるかどうか分からない。コウシュウはカルロの同僚でシュリの先輩に当たる。


 カルロが偵察隊で抜けているため、シュリと共に行動している。カルロと違い、線が細いが、そのしなやかで長い腕から繰り出される剣を、エクレルは受け止められる自信はない。


 爪痕の剣士たちは総じて強い。エストーレ王国の近衛兵たち、龍神教の騎士団たちの中でも、相当腕が立つ者でなければ敵わないだろう。ただ、今回は魔法戦になる。


 爪痕に侵入してくる敵に対しては、無類の強さを誇るかも知れないが、遠隔から攻撃されたときは無力に近い。とはいえ自分はこの二人に守ってもらうことになっている。もし敵と近接戦闘になった際は、この上なく頼りになる仲間だ。


 エクレルは、戦闘が始まる前に、コウシュウとシュリと共に後方へ下った。あと一刻もしないうちに戦闘が始まるだろう。この攻撃をしのぐことができれば、さすがの龍神教もここの待遇を考えざるを得ないだろう。


 エクレルは、この戦いを無事に乗り切れるよう、いるはずもない神に祈った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 白の騎士団と、龍の爪痕の人達は真正面から激突!という感じですね……龍の爪痕の皆がひどい怪我などしないように祈っています!(;´・ω・) これまで250年外界と接触せずに平和に暮らしてきたの…
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