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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
生贄勇者編
96/147

近景:少女たちのはなし

 女子たちの集められている部屋に担ぎ込まれた追加の、あるいは最後の一人を見た水野茅は悲鳴を上げた。


「萩!」


 双子の姉妹の名を呼ぶ彼女が近寄ろうとするのを、運んできた女性兵士の一人が抱きとめた。


「落ち着いて、大丈夫よ。怪我はないから」


 それでも毛布にくるまれているその顔は、白、と呼べそうなほどに血の気が無く、唇など紫になってしまっていた。

一人の少女が近くのベッドをあけて「こっち」と呼び、他の少女も自分の寝床から上掛けを持ってくる。

ガタガタとふるえる萩に、茅は抱き付くように寄り添った。

その反対側にヘルバの衛生兵が位置どって、かいがいしく脈をとり体温を調べ、着衣の襟元を緩める。


「いいかしら?」


 それが前を開く許可であるよわかるより先に、茅はうなずいた。

治療をしているということだけは理解できたから。

上着の下は緩やかな肌着で、そこは少女たちが共通して与えられているものと同じ。

その肌着を少しめくったその下は


「萩!」「うそ!」


 茅の悲鳴に少女たちの悲鳴が重なる。

傷があるというわけではないのだが、おそろしいほどにやせ細ってしまっていた。

水だけ与えられていたとしても、ここまではなるまいと思わせるほどに。

茅は萩とは別班だったが、彼女たちがこちらへ送り込まれてからそうたいした時間はたっていないはず。

それなのに……。

その様子を見て、衛生兵は納得したようにうなずいた。


「やはり彼女は酷使されていたみたいね……」


 体からごっそりと魔力が失われていること。

それに引きずられるように体力もまた失われてしまっていること。

それどころか生命力まで使ってしまった……あるいは、使わされた可能性がある。

萩は眠ってしまっているから、衛生兵の言葉は少女たちに聞かせるためのものだ。

同級の少女がどんな目に遭ったかということを。


「萩は、たすかりますか……?」


 呆然とそれらのことをきかされていた茅は、我に返ると衛生兵に尋ねた。

それは疑問の形をしていても、確認であった。

助かりますよね、と。


「……私たちは全力を尽くすわ」


 助かる、とはいわなかった……。

茅は、それに気づいてしまう。

必死で彼女は冷たい妹の手を握りしめた。

あるいは、茅こそが萩にすがりついているようにも見えた。


「あとはゆっくり、温かく眠らせてあげて。目を覚ましたら水分を摂らせるようにね。食べ物を欲しがったら、水分を必ず添えるようにね」


 必要な処置を済ませると、衛生兵は萩に服を着せ直し、上掛けをかけて部屋から出て行った。

処置といっても、萩に怪我をした様子は泣く、どうやら萩の枯渇しているという魔力を補うようなもので、傍目からは茅の握る手とは逆の手を握っているようにしか見えなかった。

異常があればいつでも呼ぶようにと言い残した、ということは、部屋の外には彼女ないし他の兵士が控えているという事だろう。

少女たちは廊下への扉から離れて囁き合う。


「酷いよ……」

「なんで?」

「特別扱いだったのに」

「別の特別だよ、これじゃ」


 萩が一班に分けられたとき、何が起きたのかといぶかしがるものは多かった。

茅と萩は双子でほぼほぼ同じ能力だと思われていたし、実際そうだったのだがその班分けによって『聖女』と『そうではない娘』という差異が生まれてしまった。

しかもそれ以降、彼女たちは完全に引き離され、姉が何を見たか、妹が何を覚えたかを互いに知らない。

たった『一人』の特別扱いの中身が知れてしまえば、うらやむ気持ちも消し飛んだ。


 少女たちの一人が服の中に隠していたアクセサリーを摂りだした。

『向こう側』へと声を届けるための道具。

だが、彼女、初穂が届けたことでの報酬はなにも与えられなかった。

友人を見た彼女の表情に、相手もうなずく。

これ、もういらない。

うん、捨てちゃおうよ。

そしてアクセサリーを、何も聞こえないように布で改めて包んだ。


「すいません」

「目が覚めたの?」

「いえ、これ……」

「っ、わかったわ。ありがとう」


 叱責もなにもなく、ただ物品の受け渡しのみがあった。


「男の子たちも順次手当てを受けているから」

「はい……」


 おそらく、その情報を与えた側は特に深く考えることもなく、同胞の行方が気になっているだろうくらいの気遣いだったのだろう。

情報そのものも、口外を禁じられているようなものではない。

だが初穂にとっては、それこそが望むモノだった。


「ありがとう、ございます」


 ぽろぽろと泣く異世界の少女の姿に何か感じるところがあったのだろう。

衛生兵は静かに微笑んで、部屋に戻るようにと促した。




 温かく柔らかい寝床、それから久しぶりに不調を伴わない睡眠。

萩は翌日には、当たり前の朝の起床のように目を覚ました。


「……茅?」

 

 彼女の手を握ったまま、そこに伏せて眠っていた姉の姿を見つけたその目から、涙がこぼれた。


「茅、茅、いきてた、ほんとに、いきてる」

「……萩?」


 その声に、茅も目を覚ます。


「良かった。……萩が、死んじゃうかと」


 姉妹が抱きしめ合うのに、他の少女たちも同じく目を覚ます。


「水野さん!」

「大丈夫?」

「どこも痛くない?」


 口々に尋ね、あるいは扉の外の兵士に伝えに行く。

どこかの時点で交代したのだろう、昨日とは別の衛生兵が萩を診察した。

とはいえ、昨日と同じく傍目からは脈でもとっているかのようではあったのだが。


「うん、なんとか普通に起き出せるくらいには回復できてるわね」


 しかしながら、萩が連日少年たちを回復させていたと聞いて衛生兵は眉根を寄せた。


「まさか、九人全部?」

「でも、そうしないとみんなが」

「わかったわ。ありがとう。……とにかく、ゆっくり休むようにしてね。無理に動くと貧血みたいになってしまうから。食事はみんなと同じものを食べて大丈夫」


 優しくいわれはしたが、有無を言わせぬ……それ以上詳しくは質問できない雰囲気に水野姉妹も、他の少女たちも黙るしかなかった。


□□□


「予想よりずっと悪い扱いだったようです」

「……おかしい。ニンゲンの神に仕えるものだぞ」

「あいつら、信仰は求められなかったっていってたぞ」

「いや、それならばなぜ」


 そんな会話を、少女たちは知らない。

読んでいただきありがとうございます。

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