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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
生贄勇者編
93/147

勇者という名のバーサーカー 1

 魔法陣が発動したという報せはすぐ『魔王』へともたらされた。

前回こちらからしかけたことはすでに兵士たちにも伝わっており、『魔王』が一番乗りで駆け付けた時には、すでに部屋からの退避も爆発に対する防御の備えも終わっていた。

そう、同じように大量の可燃性粉末を贈りつけられて爆発させられてはたまらないし、それは毒物でも同じこと。


「中の様子は?」

「動きはありませんが、おそらくはニンゲンでしょう」


 爆発を警戒しながらも聞き耳をたてていてくれたものが話し声を聞いたと報告してくれた。

また聞き取れた中に異国風の名と思われるものがあったため、おそらくはコーコーセーであろうことも。


「わかった、ありがとう。下がっていてくれ」

「……どうなさいますか?」


 うなずく『魔王』に前を譲り、兵士は後ろへと下がる。


「キミヒコの話の通りなら、残り九人全員が暴走寸前になっているはずだ。ひとまずタヌキ殿が来るまでは私が抑えに入る」

「ですが」

「大丈夫だ。……コーコーセーたちは、まだ言葉が通じるから」


 安心させるように笑いかけて、『魔王』はゆっくりと扉を開いた。


「この城の、ものか?」


 あきらかな、怯みを大きさで糊塗した声。

かつてウツギが偽装したことが功を奏して、『魔王』が魔王であるとは周知されていないらしかった。


「何をしに来た」


 だからこそそれを無にせぬよう、そしてタヌキが来るまでの時間稼ぎとなるよう、『魔王』は名乗らずにただ問いかけた。


「魔王を倒すために」


 それは型通りの、面白みも個性もない、こう言えと伝えられたことをそのままなぞって口に出したような答えだった。

やつれ、疲れ、苦しんだ跡が表情に刻まれた少年たちは、彼らが身に着けている豪奢な装備とはひどくアンバランスに『魔王』には見えた。

子どもに大人の服を着せたようなそれは、前の二班と共通するものではあるのだが、彼らの様子がより一層そう思わせるのだろう。

新品の装備を着せられるには、彼らはくたびれすぎていた。

疲れているという意味でも、ボロボロという意味でも。

彼らの一人がどんなことをされていたかの報告は、『魔王』も受けている。

目の前のグループは、それをもっと長い時間受け続けていたはずだ。


「魔王がどういうものか、わかっているのか?」


 そら、現に今ふるえている手を、もう片方の手で押さえて……


「あ、あ、あああああああああ!」


 問いかけの途中で濁った叫びが響き、少年の一人が膝から崩れ落ちてそのまま頭を抱える。


「ナカタ!」

「ナカタくん!」

「だめだミズノさん!」


 駆け寄ろうとした少女を、しかしそのニンゲンは乱暴に振り払う。

うずくまるその姿勢のままで、振っただけの腕が少女をまるでおもちゃのように弾き飛ばした。

その勢いに、咄嗟に『魔王』はその少女に防御の魔法をかける。

発動した瞬間に、鈍い音とともに少女が壁に叩きつけられた。

もし間に合わなければ少女はもしかしたら、頭を打つなりしてしまっていたかもしれない。

だが少年たちにそこまではわからなかった。

いや、理解できる余裕は彼らになかった。


 次から次に少年たちが同じように苦しみ始めた。

うめき声が響くその中で、最初の一人が立ちあがった。

うつろで、それに見つめられるだけでゾッとするような、「底」の無い目が『魔王』に向けられる。

ゆらりとした立ち姿は力が入っていない。

自然体というよりはただ立っている、という様子だが、右手にはしっかりと武器が握られている。

『魔王』はその、ゾンビめいた姿に反する殺気に奥歯を噛みしめた。

あれは危険だと、本能が知らせる。

本来はタヌキの到着を待つべきだったのだ。

だが会話ができるかもしれないと、心が急いてしまった……。


 ゆっくりと呼吸を整えながら、動きの端緒をとらえるために集中していると、『魔王』は相手にまったくそれが無いことに気づいた。

城の兵士たちやコアやレオンシオ、そして彼らの部下たちを見ていたからこそ分かる。

あれだけの殺気を見せながら、攻撃の前の集中を、していない。


 『魔王』は素早く防御の魔法を紡いだ。

軽く腕を振っただけで、ヒト一人壁に叩きつける腕力だ。

まして明確にこちらを狙ってくるなら。

少年が無表情で、足元にいる同輩たちを気にすることも無く進み出てくる。

対する『魔王』は何も持っていない。


 もしも、と『魔王』は考える。

かの魔獣のいうとおり、声や音ばかりではなく、目に見える景色も向こう側に送られているとしたら、この光景は向こう側にはどう見えているか。

おそらくは自分は魔法使いに見える。『魔王』と思われないよう、それを利用すべき。

体にはすでに防御魔法を施してある……。


 てきとうに印を組んで唇を動かすと、少年が一気に距離を詰めてきた。

一息に、そして一足飛びに近づいてきた速さに、『魔王』の思考が止まる。

ニンゲンの早さじゃ、ない。

振るわれた剣に腕を盾にするのがやっとだった。

次の瞬間には『魔王』はさきほどの少女のように壁に叩きつけられていた。

……もし、防御の魔法を使っていなければ、腕ごと体を真っ二つにされていただろう。

だが、起き上がって目を上げれば、その目の前にはあの少年が立っていた。

近くで見た顔には表情が無いのではなく、正気が無いのだとわかってしまう。

手にある剣も、打撃武器のような持ち方だ。

しかも、その向こうで他の少年たちもゆらりゆらりと立ちあがってくる。

先走り過ぎた……そう『魔王』が己の軽率さを後悔したとき


「うぉりゃあああああ!」


 どーん、という勢いで茶色の塊が横から少年にぶつかってきた。

読んでいただきありがとうございます。

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