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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
生贄勇者編
92/147

近景:公彦と和秀のはなし

 面会ができるようになったから、まずは代表者一名決めといてくれ。

そうタヌキにいわれて、和秀はおそるおそる立候補した。

治療といったって、どんなことをされたものかわからない、そしてどんなことになっているかわからない……そんな最悪の事態が頭をよぎったせいもあったが、兵士たちに先導されるかたちで案内された部屋は、格子のはまった窓が高いところにある以外はごく普通の部屋で、病室としても何もおかしくはないものだった。

そして中にいた友人も。


「……お」


 包帯だらけの片手を上げて、二村公彦が笑う。


「もう、その」


 平気か、の一声を発することができない。

なにが平気なのかを聞くことができないというべきか。

体か、扱いか、それとも精神か。


「平気平気、ここメシ美味いよな。助かった」


 いつのまにか、兵士は外に出ていた。

気兼ねなく話すようにということだろうか。

それでもと、すすめられた椅子に座って和秀は声を潜めた。


「体は?」

「ああ、もう大丈夫。教えて貰ったんだけどさ、身体から魔力を抜いたり、ちょっとした大手術みたいなことになってたんだってさ」


 するすると、その包帯を解いて公彦は笑う。

人間とちがう見た目のひとたちに囲まれていたときに気づいたときは焦ったが、それでも病院の看護師さんと同じようなことをいうししてくれるし、と。

出てきた腕にある生傷だったものは薄皮に覆われ、すでに塞がってはいるものの、完全に消えるまでにはそれなりに月日がかかることがうかがえた。


「お前、それ……ひどいな」

「嘘かまことか、あのままだったら体が壊れてたってさ」

「壊れるって、そんなさ」

「言葉通りだよ。体のあちこちが……あのさ、野球選手の故障とかってやつじゃない。おもちゃのロボットの方だよ」


 ため息をついて公彦は手を握ったり開いたりする。


「……いや、まさか、とれる、とか?」

「その通り。やっべえことされてたってさ」


 俺たちは実験体で、使い捨てにされてたようなもの。

そんなことをいう友人は、和秀の目にはいっそさっぱりしたといわんばかり。

和秀は、自分の方が動揺していることに遅れて気が付いた。

友人はまるっきり、そうまるっきりこの国に馴染んでしまったかのようで……一時の必死なようにも見えていた様子が胡散霧消してしまっているかのようですらあった。

ありていにいってしまえば、この城の者たちから治療の名目で、洗脳まで受けてしまったのではないかと。

そのことを……和秀はおそるおそるではあったが、公彦にいってみることにした。


「あー、……なるほどなぁ」


 だが友人は笑うばかり。


「それをいうなら、あっちの国の方が洗脳も扱いも酷かったろ。なぁ」


 そこで、公彦は声を一段と低めた。


「こっちの方が、扱いはまだマシだ。でもそれはたぶんあのタヌキが間にたってるからだと思うし……あのタヌキ、俺たちがあっちにいたときにも助けてくれたんだよ」


 話しただろ、と公彦がいうのに、向こうにいた頃に何かが部屋にやってきて冷やしてくれた、といっていた彼は思い出した。

何か聞かれることもなく、何かを要求されることもなく、しかもほかのヒトの所にもいくんだと話していたという。


「あれだったんだ、包まれた感触が」


 公彦が遠い目をする。


「どうやって俺たちを冷やしてくれてたのか、そのときはわからなかったんだけどまさかスライムだったとは」


 それが一転、苦笑に変わる。

苦笑だというのに、何か憑き物が落ちたかのようなさっぱりした笑い方だった。

まるで教室で当たり前のように過ごせていたころのような。

そのことにほっとしながらも、和秀はやはりその明るさに、不安にならざるを得なかった。

やはり洗脳を受けたようにも見えてしまって。


「お前が不安になるのも当然だよ。味方だろうけど、しゃべるタヌキなんてさ。だけど」


 その時、部屋の外が騒がしくなった。

続けて、部屋の外を何人もの足音が走り抜けていく。

顔を見合わせる二人に、扉の外から声がかけられた。


「ここにいるんだ! 外に出るんじゃない!」


 そのまま、外にいたらしい兵士たちもく分かったのだろう。

部屋の前を出発点にした足音が遠ざかる。


「おい」


 立ち上がる和秀を、公彦は手を伸ばして捕まえた。


「今がチャンスだろ」

「……なんの?」


 そのまま、彼は和秀に問いかける。


「なんのって、ここの中を自由に」

「自由に動き回って、何をする気なんだ?」

「だってここは魔王の」

「魔王っていったって、あいつらがそうだっていってるだけじゃないか」


 何をするんだといわれて、和秀は考えた。

何をするのかというよりも、なんのためにと。

あいつらのために? 先生を殺したような奴らのため?

自分たちも……そうだ、少年兵に仕立てるような奴らに、一班に割り振られたクラスメートは目の前の公彦よりもさらに長い時間、拷問じみたことをされているはずだった。

自分はそれに入らなかったとはいえ……。

いつのまにか、和秀は椅子に再び腰を下ろしていた。


「見ろよ、これ」


 公彦がさっきとは逆の腕、和秀を捕まえている方の包帯を解く。

やはりそちらからも薄皮が覆い始めた傷が出てくる。

擦り傷もあれば切り傷もある。

傷の数だけ、いや同じ傷に何度も薬品を擦りこまれてきたのだと公彦はいう。

同じように両足も包帯の下はこうなのだと。


「ここでようやくまともな治療をしてもらえたんだ。少なくとも、俺は恩を仇で返すようなまねはしたくない」


 和秀が洗脳かと思ったそれは、友人が「魔王と呼ばれる側」を味方と見定めたからだったと、彼は気づいた。


「二村」

「少なくともあいつらが、俺たちにひでぇことをしない限りはな」


 そこまでいうと、公彦は和秀の袖を捕まえていた手を離した。

好きにしろよといわんばかりに。

和秀は、もう立ち上がることはできなかった。

読んでいただきありがとうございます。

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