配送
「すいません、戻りました……」
「おう。大丈夫か?」
「もう、だいじょうぶです」
もどった『魔王』は、くっと顔を上げて目が強くなっていた。
後ろのアーリーンをうかがえば、こくりと小さくうなずく。
『魔王』は食堂で粉茶を一杯飲む間に気を取り直したようだった。
顔色はまだ少し悪いが、それでも背筋を糺して椅子に座っている。
ぼんやりとしているわけにはいかないと。
「……ウツギの綿毛ですが」
「それは充分にご用意できました。すぐにでも出発させることができます」
『魔王』の言葉にウツギもまたうなずく。
「では、明日さっそく送り出しましょう。コーコーセーのいう、三番目の班がいつくるかはわかりませんが、その前に」
「そうですね、何か少しでもわかることがあれば」
ウツギは改めて、偵察用の綿毛を説明する。
数を用意したのは、とにかく飛び散らせるため。
コーコーセーたちの話から、召喚の間が地下にあり、解放されていないことはわかっている。
異常事態を感知すれば誰かは来るであろうから、扉が開けられるまでは待機して、開けられたらそちらへ行く……開口部に向かうようにとあらかじめ組み込んだとのこと。
かなりの量を用意したので、開けたニンゲンを圧倒させること間違いなしだろう、と。
そこから先は蓄えられている魔力が尽きるまで、周囲を風に乗って漂い、情報をウツギへと贈り続ける。
「それだけの数ですが、負担は?」
「問題ありません。例の水晶玉の技術を応用しました」
そちらに一旦流す形で保留し、有用そうなものを調べた上で精査するというのがウツギの計画であるらしい。
「おおお……技術革命おきちゃったな!」
『魔王』の膝の上に座り直していたタヌキがまたしても声を上げる。
カメラを切り替えるように見る、リアルタイムでそれを判断するというわけにはいかないが、ウツギが己の思考内で処理をするのだから、外部機器を使わずかつ外部出力もしていないのだから当然だろう。
「それを捕まえられたりはしないか?」
「最終的には地面に落ちますが、普通の種ですから調べても何も知ることはできないでしょうね」
ここのところが使い魔のたぐいとは違うということだろう。
現物を依代にしていることは同じだが、ありふれたもので、その上で魔力切れになればありふれたものに戻る。
さらにつかまえても魔力がある……魔法をかけられているだけとしか読み解けまい。
それを聞き、その場にいたものはうなずいた。
使い捨てといえば言葉は悪いが、それができなければこの場合偵察に使うことはできない。
向こうからしてみれば、何かわけのわからないものを送りつけられたようにしか受け取れまい。
せいぜいが毒を警戒するくらいか。
「あの、しつこい確認かもしれませんが、綿毛に何かされた場合も」
「ご安心ください。そうですね……なんらかの逆流といえそうなものは起きません」
そのウツギの言葉に、ほっと息を吐いた『魔王』がその顔を引き締める。
「ですがどうか、無理のないよう……」
「ええ、お任せください。尽力いたします」
翌日袋に詰められた綿毛が魔法陣の部屋へと持ち込まれた。
一抱えもありそうな袋が五つもある。
空気とともに詰められ、袋はぱんぱんに膨れ上がっている。
「こーりゃ火の気厳禁だな」
「タヌキ殿の世界にも粉の爆発があるのか?」
「うん、実物はさすがに見たこたねぇけどな」
粉じん爆発が起きそうなほどの量である、と。
「ご安心ください。こちらは不燃の処理をしております。焼こうとしても焼けないという方が不気味かと思いまして」
「やるなぁ、ウツギ」
「恐悦至極。それでは始めましょう」
いったん袋ごとあちらに送り、それに気付いたものたちが近寄ったら袋がさく裂、中身の綿毛を飛び散らせる算段になっている。
その仕組みにも火の気に関わるものは使ってはおらず、綿毛の「綿」部分が膨れることによって容量を超えることによるもの。
そのために袋はごく薄い、透けて見えそうなほどに使い込まれた古布でできていた。
魔法陣の中にそれがセットされる。
兵士たちが魔法陣の上からどくと、すぐにウツギは髪の蔦を伸ばし魔法陣に触れた。
魔法陣の線や文字を光がなぞり、薄暗い中にそれが浮かび上がる。
魔法陣の解析はあれからさらに進んでおり、ここの魔法陣に設定された行き先も三つと判明し、指定方法もわかっている。
魔力を流しただけでは、かの国には到達できない設定ともなっているので、用心深いことだ。。
その三つの中から、タヌキがかの国で見つけてきた世界地図のようなものと、そこに記された文字などから、中心部に書かれたものと重なる文字の場所を指定する。
その光が強まり、目もあけられないほどになった次の瞬間、光とともに袋は消えた。
それが送られたさきで、どう大騒ぎになるか……。
「あとは仕上げをごろうじろ」
ウツギにしては珍しい、少しこどもじみた言い回しではあったが、『魔王』もタヌキも楽しそうに頷いた。
やっていることはそれなりに凶悪ではあるのだが、ひとまず絵として見る場合にはほほえましい。
そして、さらにそこから敵地がくわしくわかる。
不安と、そして期待とで彼らはしばらく袋の消えた場所を見つめていた。
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