十年目の
「ライティングビューローの中に入ってた、とかマジかよ……」
レオンシオが天を仰ぐように嘆いた。
本来であれば厳重に保管されてしかるべき品物が、引き出しの中。
保管のための用意はしていたようなのだが、それでも場所が場所だ。
「封印魔法の痕跡はあったぞ。ビューローを調べた報告もあがっている」
その当の報告書を読み終わったマカールがそれを彼へ渡す。
「あー、引き出しを簡易な封印庫にしてたわけか」
「それよりもこれだよ。ご覧」
同席しているアーリーンの言葉に各々が―――タヌキを除いて―――羊皮紙の指示された箇所を読む。
それは、十年に一度の『封印行』の具体的な取り決め。
ほとんどは彼らも知っているものではあった。
それがまったく彼らにとっては不平等極まりないものであることも含め。
だがワイズマン家の隠居が示すのは、彼らには見覚えもなければ身に覚えも無い一文。
「封印行の折に魔王城の者たちを弱体化するギアスを設定する」というもの。
それに、了承のサインがおかしい。
二人分のサインがあるが、副次として添えられているのはアンカーソン家のもの、ここまではわかる。
魔王としてのサインが主として書かれている。
当時の初代魔王は勇者と相打ち。
四天王の四人もおそらくはこの時点で無力化されているし、第一彼らが魔王を偽ってサインをするはずもない。
では、このたどたどしいサインはだれが。
「……他家に話が残っているかは、わからないが」
躊躇うようにマカールが斬りだす。
「ヴァシリサ姫は一子を初代様との間にもうけていた。イリイーン領で養育していた記録があるが、姫が城へと連れて行ってから、敗戦後行方が知れない」
当時六歳ほどだという……。
たどたどしい崩れた筆跡は、怯えた大人の手の震えとも、まだ筆跡の定まらない子どものもののようにも見える。
思い出すのは、上位五貴族が隠した、子どもの手記。
手記だけしか残らなかった下位五貴族の子どもは、それが誰かということすらもわからなくなっている。
その子がどうなったかを考えれば、魔王の継嗣になれる存在が城にいたならどうなったかもわかろうというものだ。
想像すればするほど、その子どもに逃げ場はない。悪いことしか考えられない。
子どものものであろうと、契約のサインは有効なのだ……。
そしてこのサインにより、十年ごとの間隔を守りさえすれば、弱体化した『魔王』たちをたやすく狩ることができる。
ぞっとしたと、その場にいる者すべての顔に書いてある。
その青ざめた顔のままで、レジナルドが書類に仕込まれている契約の魔法を読み解いていく。
ダイオプサイト家はナイセル家の資料類を引き取り、分析を行っている。
ゆえに代表であるレジナルドがその成果を把握しているとしてこの場に呼ばれた。
「これは女神の名においてと、文書をを結んでいます。魔獣様の持ち帰られた情報から考えれば、魔法陣の先にある国の主神のことと思われますが、神が絡むとなると厄介ですね」
彼に寄れば己の魔力を使って発動させる通常の魔法ではなく、神の力を借りる魔法はパワーソースの性質の違いで取り扱いも格段に難しい。
だがその分強力なのだ、と。
威力ばかりではない。
その魔法の効力そのものが。
防御の魔法ならば守りが、治癒なら、強化なら……それぞれの方向でそれぞれの魔法が強力になる。
罰当たりな言い方だが、コスパが良いといえばわかりやすい。
なにしろ、ニンゲンよりも上位の存在から力を借りられるのだから。
その法則に寄るならば、十年の間隔を守れば魔王は周囲を含めて弱体化するという契約の効力たるや。
「逆に考えると、十年目じゃなかったからこっちは弱体化させられなかったってことだよな」
「ええ、そうなります」
「てことは本来の『封印行』の年がきたら」
話を進めるうちに、雰囲気がさらに暗くなる。
時間制限が設定されたか?と。
「いいえ」
しかしそれを、レジナルドが否定する。
「神の力を借りての契約は強力であるがために、その条件は厳密です。一度条件を破れば契約は破棄されます」
「てことは、もう俺たちに枷は無い」
「はい」
誰からともなく深々と、そして長い溜息を吐いた。
「次の、本来『封印行』がおこなわれるはずの年がタイムリミットになったわけではなく……それどころか、向こうから課せられていたすべての負担も破棄されたという理解で、大丈夫でしょうか」
「そうだねぇ。この契約はすべての結びとして、「女神の名において」の言をもちいている。向こうがどういうつもりかはわかりゃしないが、契約として考えるなら、向こう有責での破棄だね」
アーリーンの一言が『魔王』を肯定した。
実は第一陣の『勇者』役が出陣する許可を向こうが出した時点で、自分たちを縛るものはなかった……。
たった一枚の書類の発見が、大義名分を相手から失わせた。
それを理解したものたちは、再度大きく息を吐いた。
「それでは、何が可能になるかを調べようか」
少しばかり嬉しそうな声でアーリーンが話を切り替えた。
「それにしても十年の期間を守るだけで、かなり……いや、絶対的有利になるのに、なんで守らなかったんだ?」
レオンシオの呟きに、契約の内容の細部を読みこみながらコアも首をかしげる。
「ここの条件に、兵士たちの給与となるべき金も、大半は向こう持ちとなっていますな。これは不可解な」
「んんんん?」
タヌキが唸る。
「他に、向こうもちになってる費用ってある?」
「封印行の予算かえ、魔獣殿」
「うん。みんなの給料だけじゃねぇと思うんだ」
タヌキは腕組みをして難しい顔をした。
「なんかこう、スポンサーくせぇんだよな」
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