勇者なんかじゃない 3
「今は集中治療中だ。地球でいうならICUで面会謝絶だと思ってくれ」
「……助かるんですか?」
「おう。うちの治療担当は腕がいい。意識が戻ったら、そうだな、会せてやってもいいぞ」
そのとき、タヌキがちらりとこちらを見たので、『魔王』はかすかにうなずいた。
それくらいなら『魔王』に許可を取らずとも、タヌキの裁量で許されるだろうが、そこで彼をはさむことが重要なのだろう。
「本当に?」
「おう。キミヒコも友だちに会ったら安心するだろうしな」
にこにこと笑うタヌキに、肩の力が抜けたのか、カズユキは顔を覆って泣き始めた。
「なんで……なんで。ほかの、ひとたちは、ころしたのに」
たぶんではあるが。
コーコーセーたちは、向こうの国でこちらのことを虐殺者であると聞かされたのだろうと『魔王』は思う。
実際、二組目は半数が死んでいる。
一組目は逃がしてやったが、魔法陣の向こうで、一組目は殺されたようだし、生き残りの二組目もそうなった可能性は高い。
そして三組目であるコーコーセーたちは向こうに帰さなかった。
そのことで、魔法陣の向こう側はコーコーセーたちをこちらが皆殺しにしたと判断した……いや、もしかしたら、皆殺しにした、ということにしたのだろうか。
真偽はともかくとして、三十人の『勇者』を返り討ちにして皆殺しにした「恐るべき魔王」の実績のできあがりだ。
今の『魔王』は情報によってできているといってもいい。
そして情報は『魔王』という存在の真の姿を隠してくれる代わりに、彼の真意も隠してしまう。
今目の前にいる少年のように、「『魔王』はおそろしく、残酷で、自分に逆らう者には容赦しない」。
そういうイメージで目隠しをされてしまう。
(だからこそ『勇者』は『魔王』に対していかようにもふるまうことを許されると思っている……『魔王』は悪者で、どうしようもない、生きていてはならないような存在だから……)
「他の奴らがどういったかは知らねぇけど、うちの連中は道理が通んねぇことはしねぇよ」
今回タヌキが話し、伝えるのは三点。
ひとつめ、少年はこちらで治療中であること。
ふたつめ、「お前たちには」、魔王は手を出さないつもりであること。
みっつめ、ただしこれは敵対しなければという条件のもとでになる。
「前の……お前らが「あっち」で聞かされた、俺たちに殺された連中は、俺たちを殺すつもりできたからな。殺しに来ました、はいどうぞ殺されますよ、なんておかしいだろ? むざむざ殺されてやる義理なんてねぇしな」
ひゅ、と小さく少年が息を呑んだのが、『魔王』には聞こえた。
話は通じる。
だがこちらのルールを守らなければならないと、理解できただろうか?
少年の目の前にいるのは、『魔王』の手でも抱き上げられるような、小さな獣だ。
二足歩行もするし、言葉もしゃべる、尋常ではない存在だが、コーコーセーの彼よりもよほど小さい……だがそれゆえの得体のしれなさがあったのだろう、少年の目がますます真剣みを帯びたのを『魔王』は見た。
「ま、そう構えなくていいよ。この国に害さえ与えなきゃ、お前さんたちは被害者だ。下へも置かぬとまではいかないけど、酷い目には遭わせねぇよ」
ニッとタヌキは笑いかけた。
それ自体は『魔王』たちにとっては見慣れた、親しみやすい朗らかなものだ。
だが不安になっているものに対して、獣が歯を見せるのは威嚇にも見えるかもしれない。
『魔王』はじっと、カズユキというニンゲンを見つめた。
『魔王』から見ると、少年は「なんとか平静を装うとしているが、かなわない」ような状態だ。
未熟者の自覚のある『魔王』がそう思うのだ、おそらくは他の四人にかかれば、コーコーセーたちが隠そうとするものなど、丸裸に違いあるまい。
「さて、お前には別のことも訊くぞ。わかんないこと、いいたくねぇことはいわなくていいからな」
その言葉に少しほっとした様子を見せるこーこーせーに、やはり腹芸はむかないタイプなのだろうと『魔王』は思った。
多分この後、タヌキは「勝手にこっちで読み取るから」という一言を飲みこんだのだろう。
やはり彼らは、……恵まれた、自分たちと違う世界の住人だ……。
「へぇ。あいつら、班分けを好きな人同士ってやつじゃなくて、その逆をやったんだな」
「そうです。どうやってかはわからないけど、俺たちのうちで仲がいい人間同士を見分けて、分けていたみたいで」
だから女子ばかりの班ができたとき、その中には友人同士がいたが、男子と女子で分けられた時には友人同士も分けられたのだと。
「なるほどー。……女子の班が全滅したとき、怒ったろ?」
「……はい。心底」
「当たり前だよ。それがあいつらの狙いなんだろうな」
「気づいてはいたんです、みんな。だけど」
「うん、……仕方ねぇよ。いきなり異世界だもんな。大人も……」
「先生、も、殺されて」
「酷いよな」
前の女子班からの聴取のときと同じく、タヌキは少年の話に同情しながら、話を聞きだしていく。
『辛い』という感情には、そっと寄り添う方がいい。
「なんでって、やっぱりお前たちにいうこときかせるためにだよな」
「でも、俺たちは単なる、高校生で」
「うん。異世界の、な。特別に呼び出された、特別な「単なるコーコーセー」だ」
「あの、それって」
「……お前たちにとって、怖いこというぞ」
タヌキの声が、ぐっと低くなる。
それに、『魔王』も背筋に力を入れた。……ここでいうんだ。
「お前たちが、俺たちを倒せるならよし。倒せなかったら、「特別なニンゲンでも倒せなかった」と魔王に箔が付いて、次に送る『勇者』の格が上がる。お前たちは、別の『勇者』どもの踏み台にされるんだ」
完全にとまではいかないが、捨て駒であると伝えること。
それは、彼らがもてはやされた『勇者』なんかじゃないと伝えることだった。
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