勇者なんかじゃない 2
◇◇◇
聴取前に、記録官の手によって作成された簡単な九人のコーコーセーの調書を、『魔王』はタヌキや四辺境伯とともに読んでいた。
読み終わったマカールが顔をしかめる。
「メイドたちの証言で、積極的に話しかけてくる、というものがあるが……こちらにも来ているぞ。あれはもしかして、情報収集のつもりだったのか?」
「そんなことがあったのか?」
「近づいてくるだけの期間が長かったが、二回目のコーコーセーが来たその夜から、食堂にいる者には来るようになった」
初耳だという他のメンバーに、マカールは雑談もしていないと肩をすくめた。
「なぜかはわからないが、グラキエースにか近寄ってきているようだぞ」
「なるほど、メイドたち以外、そしてメイドたち以上に情報をもっていそうな存在である彼らにきた、ということでしょう」
ウツギがうなずく。
グラキエースという種族は精霊体というもう一つの姿があるゆえにか、男女問わず線が細く、人間基準で見ると美しい者が多い。
近付きやすさでいえば、ヘルバたちの方のはずだが、ヘルバたちは接触が多いがゆえに「もう一段階上」にハードルを上げたのかもしれない、というのがウツギの推測だった。
「……そういえば、自分も人魚たちから、コーコーセーたちが様子をうかがっているような報告があがっています」
挙手をしたのはコアだった。
「リザードマンやスケイルテイル相手には、相変わらず遠巻きではありますが」
コアの言う通り、鱗に覆われ、直立したトカゲといった姿のリザードマンや、上半身は人だが下半身や腕はリザードマンというスケイルテイルに比べて、水の外の人魚は格段にニンゲンに近しい姿だろう。
あー、と頷くのはウングラであるレオンシオ。
半人半獣の彼らは、上半身と下半身、あるいは人の形をした獣と大別すれば二種類になるが、そのいずれでもコーコーセーたちよりだいぶん体格が良い。
加えて獣としての半身は、コーコーセーたちからすればいわゆる小動物のかわいらしさには遠い。
だがそれ方面でウングラたちに絡まなかったのはコーコーセーたちにとって幸運だったと言える。
よく考えてみればわかるが、毛皮を撫でるというのは体を撫でるという事。
……むしろ先日『魔王』にレオンシオが背中を許し、自分たちを野営の寝床代わりにしたことが例外中の例外とさえいえる、『忠誠の証』レベルの行動なのだから。
「そうかー。たしか一人だけ盗聴器残してあったから、そっちに情報集約してんのかも」
こっちがあっちの話を集めるように、あっちもこっちの話を集めている。
それは十分にあり得ることだ。
だからこそメイドたちには元から情報を渡していなかったのだが、彼女たちが雑談に応じていたために、四辺境伯の兵士相手にも、と思ったのかもしれない。
「逆に釣ってしまいますか」
少し考えて、『魔王』が提案した。
「お。情報戦ってやつだな?」
「そうです。釣れるかはわかりませんが」
自信なさそうに『魔王』がいうのにウツギはやわらかく笑んだまま頷いた。
「ご安心を。悪だくらみは、我々の仕事です。そうですね、今回の場合は一人だけガードを緩める方法でまいりましょう」
ウツギによれば、ガードを固めたなかで一人だけ、あるいは二人まで、親しみやすく話しやすい者を置く。
その人物だけが自分たちと話してくれると思わせる。
あるいはその人物ならば自分たちを助けてくれると思わせる。
そのためにはある程度、この軍の中で顔が利く存在でなくてはならない……。
「そんなら、適任は一人というか一匹だな」
いっそ愉快そうにレオンシオがいう。
「あー、同郷だった」
「なるほど、お任せできるな」
「警戒心を持たせないことにかけては一流でしょう」
「へ?」
知らぬはタヌキばかりなり、といってもいい光景になっている。
『魔王』もまた、うんうんとうなずく側であったのだから。
かくして、聴取役は元から務める予定ではあったのだが、それに加えて定められた情報を与える役がタヌキに決まった。
同郷のよしみに加え、自分たちに害を及ぼすとは思えないその姿がやはり決め手だった。
◇◇◇
そしてタヌキは、カズヒデの前に座ることになったのだった。
『魔王』は彼らから見れば、付き添い役に見えるだろう。
カズヒデの話は、彼らが攫われるところまで、おおむね前回の女子のものと一致した。
宗教施設で役を与えられ、訓練を受けるところまでだ。
おそらく次の順番の少年もそうだろう。
女子ばかりの班がこちらへ出発した後、キミヒコが訓練から抜け、夕方まで戻らないようになった、というくだりからが新情報だ。
「キミヒコは何をされたか、いってたか?」
「…………いいえ」
あ、嘘だ。
揺らぎを声に感じ取って、『魔王』は思う。
おそらくは、少し考えたのだ。思い出そうとするのではなく。
「うん。じゃあ落ち着いて聞いてくれ。キミヒコは現在、この城で集中治療を受けてる。もうな、すっげぇ酷い状態だった」
対してタヌキは、あけすけといっていい態度で情報を渡す。
あまりにもあっさりと情報が手に入ると、ニンゲンは疑うものだ。
まだ隠していることがあるんじゃないか、だましちゃいないか。
そう、賢ければ賢いほどに。
「酷いって……どういう」
「まず、体全体な。ゲームのバフなら副作用無しが当たり前だけど、キミヒコに仕込まれているのはそんな都合がいいもんじゃない。体中ぼろぼろだ。手首足首あたりも、擦り傷が膿んでてひでぇ。何より、体の中に突っ込まれてた魔力がなぁ……。元々地球に魔法なんてねぇだろ? 耐性がねぇんだ。ここまでわかるか?」
カズヒデがうなずくのを見てからタヌキは続けた。
「バフが利きすぎたんだ。だからキミヒコから、そのバフの魔力を抜くのが大事なんだ」
『魔王』はそれを聞きながら、カズヒデを観察していた。
彼は、じっと怖いくらい真剣にそれを聞いていた。
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