勇者なんかじゃない 1
バーサクした、とコーコーセーたちが表現した少年の名前はフタムラキミヒコ。
彼は兵舎の一角、ヘルバたちの区画の一室で治療をうけていた。
毎日のように付けられていた傷で腕の表面はぼろぼろ、体内もぼろぼろ、魔力が偏っていて溜まっている上に、使われていた薬品も残っている。
これを療養、魔力の抽出、薬品の中和と並行して行うことになる。
三人がかりのそれに、記録係としてさらにもう一人がつけられ、体内の魔力を含めた容体が安定するまでは交代でつきっきりになる……。
おおよそ、この世界ではありえないほど手厚い看護といえた。
ある意味王様だってこんな療養、受けられるかどうか。
しかしそうなっている本人はまったくといっていいほど意識がなく、寝返りさえも打たない様子。
念のため床ずれに警戒しての用意もあったが、もしかすると用意が無駄にならないかもしれない……。
コーコーセーが送り込まれて二夜が過ぎたが、意識を失ってから一度も取り戻していない。
その様子を『魔王』に抱えられながら見ていたタヌキは顔を曇らせていた。
集中治療室みてぇだ、とも。
手探りの治療ゆえに、仕方のないところだ。
なんらかの変化を与えることは容易だが、それをもとに戻すのには骨が折れる。
地球のもので例えるならば、マジックインキの落書きのように。
だがそれも、紙の上なら裏移りまでしてしまうが、何かのカバーの上、さらに拭うときに除光液のようなものを使えるならば、消せるだろう。
キミヒコへの治療は、つまり除光液となる方法を見つけるためのものでもある。
「話は、聞けそうにありませんね」
「そだな……」
「でも、この治療記録はきっとコーコーセーと話す時に役立ちますよ」
「うん」
記録係から経過の報告を受け取り、一人と一匹はコーコーセーを収容する区画へと歩き始めた。
前回と同じく、一人ひとり個別で聞き取りを行うことになっている。
前回と違うのはすでにすべての盗聴器を隔離、あるいは分解済みといったところか。
これにより、『魔王』が参加して積極的に質問することも、またタヌキがより突っ込んだ話をすることもできるようになった。
やはりコーコーセーたちは、盗聴されていること自体は気づいていないものの方が多かったが、果たしてそれがそう装ったものかはわからなかった。
「では、はじめましょう、タヌキ様」
「うん」
◇◇◇
今回は男女ともにいるため、それぞれ同じ性別のものが割り当てられている。
男子にはメイドがあてられたないため、城の兵士がその役にあたっていた。
「最初は、あいつらのリーダー格だな」
名前のリストを見ていたタヌキが「こいつだ」と示した名前は、前に『魔王』が見たくねくねしたものとは違う直線ばかりのものだったが、やはり異世界の文字である。
「みやけかずひでって読むんだ」
ちょうど単語のように、何文字かで一区切りになっているものが、二十。
全員分の名前であるらしい。
「たぶんだけど、リーダーに指名されたやつは何かをもたされていると思う」
「物は、……ああ、情報ですね」
「うん。前の奴らから日も経ってるし。その間にあったこととかも立派な情報だ」
うんうんとうなずきあいながら、聴取のために用意した部屋にさしかかると、入り口にたっていた兵士が彼らに向かって敬礼を見せた。
「お。キースがかずひでの担当か。お疲れ」
「はい。実は申し上げたい事が」
城門の守備役だったキースがカズヒデの担当なのだろう、と思ったら、彼はそっと声を潜める。
「あちらの人数が多くなったからかもしれませんが、我々に接触を図っているようです」
「メイドさんたちとかの話は聞いたことあるけど、お前たちの方にもか?」
「はい。話しかけてくる内容は雑談なのですが」
キースの話によれば、捕虜にして二日が過ぎたが、翌日にはもう話しかけてくるものがいたらしいと、複数の兵士から話があがっていると。
人懐っこいというには、少々必死すぎる様子で。
なりは大きくとも子どもであることを知っているゆえに、兵士たちはそのコーコーセーへの対応に困ったのだが、「応えない」ということに留まったのだという。
メイドたちは、第一陣の少女たちとは雑談をするようなこともあったのだが、それはメイドたちが武装していないがゆえにだろう、と『魔王』をはじめとしたものたちは考えていた。
予想よりも積極的といえばポジティブにも聞こえるだろうが、……なんらかの成果を欲するがために必死になりすぎているのかもしれない、とも考えられる。
「以降も、この対応でよろしいでしょうか?」
「わかった。その対応にしてくれて助かった。……ありがとう」
「はい。お気をつけて」
これから聴取ということはキースも知っている。
その前にこの報告だけは、と伝えるために、ここで待っていてくれた。
そのことも入れて礼をいうと、『魔王』はうなずいて部屋の中へ入った。
室内には大きな机が設置され、すでにカズヒデが席についていた。
だが彼の正面に座るのは『魔王』ではない。
「待たせたな。始めるか」
タヌキが正面に座るなり、朗らかな声をかけたのにカズユキが目を丸くする。
タヌキがしゃべること自体は、例の魔法陣の部屋で見たはずなのだが、目の前で、自分に向かってとなるとまた違うものであるらしい。
驚いた後に来るのは疑いの目か、怯えかというところだが、タヌキという小動物かつ日本人としてはゆるキャラに分類される存在ゆえにだろう、今まで後者はなかった。
「名前はミヤケカズヒデで間違いないな?」
「は、はぁ……」
「まぁそう緊張すんな。獲って食ったりしねぇよ。んで、高校は……」
ひとつひとつ、身元を確認していく。
「俺は間違いなく日本産タヌキだから、固有名詞いってもらっていいぞ。んで、他の女子からいきさつは聞いてっけど、最初からここに来るまでを話してもらえるか?」
同じ地球の出であることを話してからのその話に、少年はぽかんとしつつも口火を切った。
「……僕たちは、修学旅行先でさらわれました」
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