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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
生贄勇者編
81/147

遠景:一班のはなし

 ある意味『方法』が確立したからとでもいえようか。

あるいは第二陣があっさり負けたからかもしれない。

第三陣となる一班所属の男子たち全員に、向こう曰く『超人化』の処置の声がかかったのは。

それを拒むものはいなかった。


 友人も、恋人も、死んだ。きっと殺された。

先生も、大人たちはみんな死んだ。

元の世界に帰る望みは無い……。

そんな、後もなければ前進した先も崖のような状況で、差し出されたもの。

もはや自棄になっても仕方ない。


 そしてたった一人だけ残された女子である、水野萩にその声はかからず……むしろ、傍目からすれば彼女は優遇されているようにも見えた。

たった一人になった彼女には個室が与えられ、魔法の授業も一対一で受けるようになった。

だがそれが優遇であると驕ることは彼女にはできなかった。

特別扱いであるとしても、その後が怖いという『特別』なんじゃないかと……双子の姉である芹とは別の才能があるからと分かたれたときから、疑ってかかっている。

たとえばそれは、これから人柱にする娘を、その価値を高めるために磨いているような……。


 萩は上記のように個室を与えられたことで、かえって隔離された状態になっていたため、自分の属する班がどうなっているかを知ることはできなかった。

九人の少年すべてが、凶暴化する薬の実験台に、しかも二班もまじえてのころよりもさらにその薬が強い物になっているなど、想像できるはずもない……。


◇◇◇


 身体のあちこちがちぎれてしまいそうな痛みの中では、思考なんて柔いもの、真っ先にちぎれてしまった。

ぐらぐら煮え立つような頭の中では、考えるにしたって「いてぇいてぇ」と悲鳴くらいがせいぜいだろう。

痛みの時間が終わるころにはもう誰もが起きあがることができなくなっており、もう一班の男子生徒たちがまともに動けるのは、朝目覚めてから昼にかけてくらいしかない。

よって、それまでの個室での処置ではなく、彼らは自分たちに与えられたベッドで呻きながら夜を過ごすのが常となってしまった。


 毎日、一日の四分の三ほどの時間を寝て(眠れるわけではない)過ごすのだから、今まで鍛えてきたことも無に帰す、そのはずだったが、彼らの肉体は寝窶れするようなこともなく、元々強化処置を受けていた者にいたっては、かえって体格が向上しさえした。

だが訓練の結果ですらない「それ」を喜べるような状況でもなければ、体調でもない……。。

空席も多くなった、蚕棚のようなベッドに横たわり、上のベッドの底を見ながら彼らはひたすら痛みに耐えた。

先の、元々処置を受けていた今村雅弘、中田温大、寺崎元気の三人も、慣れて楽になることもなかった。


 誰か近くにいる者と話そうにも、話すという行為もできずにいる。

そんな孤独の中で、痛みに耐えたあげくに気絶すれば、翌日に目を覚まし、また昼から処置を受ける……。

出陣の日までは、それの繰り返しなのだろうとだけは、彼らにもぼんやりとわかった。

二班の二村公彦が、早いうちに出陣したことすら、彼らにとっては羨ましいものになってしまった。

彼がどうなったかを、教会の人間たちに聞かされても、だ。


「起きてるか?」


 気絶と同じ眠りから目を覚ました誰かが、灯り一つない暗闇で小さな声をあげた。


「寝てる」

「寝てるよ」

「起きてない」


 口々に答えがあるが、要は「起きたくない」。

起きてしまえば、憂鬱な一日を始めなくてはならない。

それが無駄な抵抗であろうとも。

あと、単純にもっと寝ていたい……。

それがわかるからこそ、ふは、と話しかけた男子、三宅一幸は笑った。

眠りから覚めたばかりだ、笑っても体が痛くない。


「起きてんじゃねーか」

「起きてねえよ、寝っ転がってるだろ?」


 朝食までの短い時間。

前までは巡礼にきたのだという、この世界の住人がぽつぽつ同室にいたのだが、今のこの状態になってからはこの寝室は少年たちだけになっていた。

何も知らない人間からすれば、うめき声をあげ、声をかけても返事すらできないほど苦しみ続ける集団だ。

何かの病気を疑われるだろうことは当然。

となれば、健康な者を同じ部屋に置くことはできないだろう。

この宗教の外面の問題もあるし、下手に第三者を関わらせて、自分たちに何をしていたかを知られるのもまずい、となる。


 だが半面、それはこの寝室にわずかながら集団のプライバシーが生まれたということである。

もちろん彼らの容態の様子を見、いざというときには救命にあたるために扉の外で聞き耳をたてる不寝番はいるだろうが……。


「なぁ、どうなるんだろうな、俺たち」


 だからこそ扉から離れた寝床で、声を潜めて一幸は仲間たちにささやいた。

だからこそ仲間たちはあくまでも彼に応える。


「わっかんねぇ」

「どーしよーもねぇ」

「どうにもなんねぇ」


 悪ガキぶった続けざまのその答えに、一幸は笑わざるをえなかった。

そりゃそうだ、と。

同時にその明るさに、彼の肩から力が抜けてしまう。

自分と同じであるならば、級友たちは昨夜の痛みで、眠りからさめたばかりなのに体力を削られているはず。

そも一幸が起きているのに起き上がっていないのは、起き上がる体力がないからだ。

横たわったまま笑う、その笑いだって力が無い。

それも、全員が。


「もういっそ、早く向こうに送ってくれと思うよ」


 一人の声に、そっと静寂が落ちた。

それは無言の肯定だった。

読んでいただきありがとうございます。


簡単に一班の名前を。

・男子(○は前回から一段階強化を上げている)

三宅一幸

今村雅弘○

宮代敏

中田温大○

灰谷悟

寺崎元気○

荒井章広

河地朝陽

・女子

水野萩

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