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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
国内平定編
8/147

南へ

「次はどいつをやる?」


 フススと鼻息も荒く寝室の扉を開けたタヌキに、『魔王』は驚いた。

昨日の今日だ。それも早朝。

三日をかけてイリイーン領へ飛び、一日で眠らずの雪熊を退治して、また三日で魔王城へ。

それはどう考えても強行軍以上の何かだ。

『魔王』は同行こそしているが、背中に載せられ、道中の野営も大きくなったタヌキに包まれていたから大した疲れはないが、タヌキ本人は朝から夜まで飛んでいた。

自分とは比べようも無く疲れているはずだ、と。


「でもなー。俺どうやってこっちに来たかわかんねぇから、いつあっちに戻されるかもわかったもんじゃねぇんだよ。だからできるだけ早く、仕事をしたいんだ」


 言われてみれば、それもそうだ。

世界の壁を飛び越えてきたタヌキだが、その理由がわからない以上、明日にでも消えてしまうかもしれない……。


 魔獣の一角を倒したという報告は魔王城の者たちを沸かせた。

先代以前の魔王、そして四辺境伯の誰もがやれなかったことだ。

たった一週間で往復した上でそれをやったというのだから、疑いの目で見る者も多かったのだが、あの時の門番をはじめ、亜竜を撃退する様子を見た者たちは大歓声を上げた。

追って連絡が北方から届けばそれが真実とわかるが、それとともに敵が増えると『魔王』は見ていた。

この国は『勇者』や『封印行』に対して一枚岩ではない。

奪われないというだけで、この国では利益になるのだから。

だからこそ、四辺境伯を確実に味方にしなくてはならない。

最低でも、タヌキがこの地から消えてしまうまでに。


「っ、では、南のエルア領に参りましょう。リザードマンやスケイルテイル、フィッシュマン、人魚といった鱗人(スクウァーマ)と呼ばれる種族の者たちの暮らす地です」


 南に位置するエルア家の領地のほとんどは、大きな湖とその周辺の沼地……人間であれば、道を踏み外せば深く足をとられるならまだまし、といった土地でできている。

イリイーン領とは逆に、年間を通して温暖であり雪を知らない気候ではあるのだが、そのような土地の性質上、水に属する者や水棲の者しか暮らせない。

かつて初代魔王の時代、エルア家を筆頭としてスクウァーマの者たちはそれらの土地を逆手に取って人間と戦い、また魔王領に乗りこもうとする船を着岸前に沈めていったという。

だが今は……南の土地のほとんどを覆う湖は、巨大魚が我が物顔で泳ぎ回り、人魚であろうとも湖底にあるエルア家の城にも近づけない有様。

巨大魚はまるで甲冑を纏ったような姿をしているのだという。

元々魚の中には、唇が嘴のように硬質化しているものもあるが、巨大魚はまさしく唇こそが歯であるかのような形と硬さをしている。


「ダンクルオステウスみてぇ……」


 次の獲物(タヌキという魔獣にとっては、獲物であろうと『魔王』には思われた)に、またしてもタヌキは『魔王』にはわからない単語を口にする。


「だんくるおすてうす、とは?」

「昔々にいたでっけぇ魚でさ、顔ンとこがこう、聞いた話みたいに硬いんだ。でも体まで甲冑みたいに硬いんだったら、甲冑魚かなぁ。でもあいつらもそんなに大きくならねぇし」


 やはりわけがわからない。

だが、『魔王』のベッドの上にのりかかって腕組みをして考える様子からして、どうやらこの時点からこの小さな魔獣が勝ち筋を見つけようとしているのは確かなようだった。


「よし、決めた」


 しばらくすると、ひとつ頷いて、タヌキは立ち上がった。


「また弁当とか、必要なモン頼む。同じくらいの距離だったら、同じくらいの日数で行けるはずだ」

「わかりました。あのパンのような物でかまいませんか?」

「おう、頼んだ!」

「それと……これは僕からのお願いなんですが」

「なんだ?」

「どうやって倒すのか、教えてください。他の人に説明をしなくては、協力を仰げないんです」

「うん。次のはとくにわかりにくくなりそうだからな。わかった」


 ただまぁ……タヌキの説明を『魔王』が理解しきれるかどうかはまた別の難しさがある。

それを彼はよくよくわかっていたのだけれど。


「鉄の船になって、水中に爆雷落とす」


 こんな答えがくるなんて、考えもしない、というかできない。


「この方法は、俺のいた世界で水中を進む船を攻撃するためのものなんだ。最近だと自動で追っかけるミサイル使うんだけど、俺、それまだ作れないからなぁ。仕組みがわかってるものでないと」

「……あの、ですね。まずその鉄の船とは、何ですか? 船底に鉄板を貼って牙を防ぐとかならばすでに……船ごと噛み砕かれています」

「うん、鉄でできた船だな。でっけぇぞー」

「ええと」


 理解の範囲を超えたとき、誰もが言葉を失うものだ。


「しかし、なるほどなー。鮫方式の下からの突き上げへの対処も考えといたほうがいいか」


 ひとりごちるタヌキを、『魔王』は信じられない物を見る目で見ていた。

実物を準備するのは絶対に不可能な……実物があり得ないような鉄の船。

しかも今までの戦法を見るに、タヌキはそれに化ける。

鉄の船になって、と言ったのだから、今回もそうするつもりであるのは間違いなさそうなのだが。

現実には無いものであっても、変身できるのがタヌキの強みであることは、先の蜂や貝の事例で知っているつもりであったのだが、本当に想像上の物にもなれてしまうのだろうかと魔王は首を傾げた。



 前回と同じく、食料と少ない荷物とともにタヌキの化けた竜は街道の上空を飛んでいく。

今度の旅程は先とは逆に、南へ南へと。

秋に北国を訪れるなり、春に南の島を訪れるなりするならば、その季節を加速させたような気温や景色に出くわすのも十分ありえること。

だが、春という季節が後退したのが北方であるなら、南方は春が駆け足で抜けていったよう。

段々と熱く……暑いというよりも熱くなっていった。

こうなれば必要なのは毛皮ではなく日よけだし、水だ。

三泊の道中、魔王はたびたび水を作り、身体を冷やして喉をしめらせた。

二日目にして彼らは日中の飛行を諦め、夜間行動に切り替えざるを得なくなった。


「前もそうでした。道中が長かったので、少しずつ時間をずらしていったんです」

「高速移動もよしあしだなぁ」


 今度は忘れずに持ってきた小型の天幕で作った日陰で、最後の休みをとりながら二人は話し合った。

日暮れから出発できるようにすでに『魔王』は身なりを整えている。

軽いマントに黒い紗の被り布。


「頭に布かぶるって、苦しくねぇ?」

「中が陰になるので、存外涼しいんですよ、これ」

「そうなのか。それじゃあ、エルア家の人たちに説明頼んだぞ!」

読んでいただきありがとうございます。

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