戦果は素材 4
「よしよし、大丈夫大丈夫」
そういわれて、少年はぼんやりと動きを止めた。
動きを止められた。
それに今は自分を焼き尽くすような熱の苦しみから、冷感ゲルに包まれる心地良さが救ってくれている。
疲れ切ってしまった人が、立ち止まった時の「もう歩きたくない」。
それに少年は捕まってしまった。
ふと脱力した体は沈むことは泣く、やわく支えられているような姿勢で「浮いた」。
何のなかで浮いているのか、少年にはわからないのだけれど、天井を見上げる形で彼はただぼんやりと、あるいはうとうとしはじめた。
だがスライムの中で動きを止めたように見えるそれが、傍目からはどう見えるかは想像に難くない。
「こ、ころさないで……」
体をウツギの蔦に締め上げられたまま、少女の一人が懇願する。
「二村くんを、殺さないで」
ただしそれは彼女自身の命乞いではなく、スライムの中に連れ去られた少年のため。
「どうするかはお前たち次第だ。抗戦するか? 降伏するか?」
タヌキは何も答えなかったため、代わるようにコアが重々しく告げた。
ひとまず、心を折る。反抗心を削る。
もっとも、現時点ですべての少年少女は拘束されており、彼ら……タヌキ曰くチキューの平和な環境下で育ってきたコーコーセーにその拘束を解くすべも、反撃するだけの経験もない。
やろうとしたってどうすればいいかもわかるまい。
これで、終わりだ。
「捕虜だ。前と同じに体術ができるものを、ああいや、今回は男もいるから、女性兵以外も必要だ」
扉の外からは、控えていたマカールが同じく控えていた兵たちに指示を与える声がする。
念のためにと、手を縄で戒められはしたが、彼らは大きな傷もおわず、捕虜として魔王の城へと迎え入れられたのだった。
◇◇◇
「ああ、なるほど」
「これはまた酷い事を」
それからわずかな時をへて、兵舎の一室、正確には元魔法陣の部屋に設置された台の上に、件の少年が寝かされていた。
反動があったのだろう、完全に眠り込んでいる。
その体を一通り調べ終えたウツギとマカールは、その最中に副官たちが書き記したものを読み返していた。
「……あまり、そうだな、こういった物に対する評価としては間違いなくおかしいものとは思うが、あまり性質の良くない薬品なのは間違いない」
「植物性のものを数種類。ですがこれはほぼ何の薬効もありませんね。逆に麻酔どころか、疼痛を与えています」
「ウツギも魔力がメインだと?」
「この術の形式ならば。……ああ、何の役にも立っていないわけではなく、薬液を魔法の媒体にしていますね」
「薬液をエンチャントの対象にしているわけか」
「そんなところです」
彼の体表に擦りつけられていたらしい薬液は、本来はスライムに浸かったときに拭われていてもおかしくなかったが、傷を覆う包帯に沁み込んだものがのこっていた。
その成分をウツギが調べ、マカールは傷口や体を調べ、その結果を合せて話している。
医学というよりは魔法、その痕跡をさらに魔法をかけて診る。
その会話を端で聞いているコアとレオンシオも、なるほどとうなずいていて、わからないのが顔でわかるのはタヌキだけだ。
『魔王』はといえば、わからないのではなく、わかろうと努力している、そんな顔だ。
「結論としては、疑似的にバーサーカーにする魔法薬を使っていたということです。酷い事を」
「中和や治療はできますか?」
「できるかできないかでいえば、できる。コーコーセーたちを懐柔する一助になるだろう、解読に当たらせる」
わからないながらも、治るということにタヌキはわかりやすくほっとした。
前々から『魔王』をはじめとした幾人かのものたちはそう思っていたのだが、タヌキはコーコーセーに対して身構えない。
警戒しないし、その逆に侮りもしない。
敵として見ていないともいえようか。
タヌキは獣である。
が、おそらく彼は狩られる立場の者ではないのだろう。
でなくば、獣が同じ世界のニンゲンをあまり警戒しないのはおかしい。
「たしかタヌキ様がかの国で見つけたのは、あと三人、だったか」
「おう。……増えてなけりゃな。たぶん、取り置きにしてなきゃ、次の時にそいつら全員送り込んでくるはずだ」
「今回の相手はなかなか膂力もありました。三人一度でなくとも、二人でも厄介でしょうな」
直接相手をしたコアのいうことだ、説得力がある。
それだけの膂力を無理に引き出した状態となれば、終わった後の体は当然のようにずたぼろだ。
少年が眠り続けているのはその理由もあるだろう。
彼に対しては、体内の炎症を鎮め、強化に使われた魔力を抜き、また毒物を中和させるという治療を主体に、その他こまごました治療も並行して行っている。
並行治療はヘルバの薬師、グラキエースの治癒術師といった衛生兵たちがそろって主張したものだった。
この治療法が確立できれば、のこる三人に対してばかりではなく、かの国家が同じように疑似バーサーカーに仕立てた者たちにも使えるという目算に寄ってのものだった。
「ひとまず、同じような奴には次も俺があたるよ。捕獲法は今回と同じで大丈夫そうだし」
タヌキが右前脚を上げて申し出た。
「それでは、次の残りのニンゲンの装備の盗聴器について」
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