戦果は素材 3
前回のコーコーセーたちの来襲から、時間はたっている。
それを考えるなら、そしてタヌキの語った『敵国家』のありさまからすれば、そろそろ動いてもおかしくはない。
あらかじめ、魔法陣が発動したときの動き方は周知されている。
研究中であった者たちが素早く退室し、扉に鍵をかけるのを手始めとして、兵士たちが走り、コーコーセーの少女たちは魔法陣から遠いエリアへと移される。
緊急事態の当番の者たち以外は部屋から距離をとるのは、扉を破るどころか部屋の壁すら抜こうとするような攻撃に備えてだ。
何が文字通り「飛んでくる」かわからない。
『魔王』はもちろん避難させられ、兵舎にそのまま護衛をつけて留めおかれることになる。
先行するのはレオンシオとコア。
その後詰めとしてマカール。
その足元をタヌキも走っていく。
前回と同じくコーコーセーであった場合、おとなしくさせるにはタヌキが対処するのが一番良いということは、実証済みだ。
バリケード代わりに二重に立てられた大盾の群れを抜け、彼らは部屋の前まできた。
「後でコーコーセーたちを連れてきてくれ。仲間の無事がわかれば多少大人しくなるだろう」
すれ違いざまに一人に命令を下し、今回も防御に優れたコアが先頭にたって扉の鍵をあけた。
その動きが「着火剤」になったのだろう。
「っ、う、うわああああああ!」
外開きの扉があけられるのに、一呼吸分だけ間をあけて、少年2人が斬りかかってきた。
「一人では対処しないと、ちゃんと教えられているようだな」
「り、リザードマンだ! 本当にリザードマンだ!」
コアの言葉にかぶせるようにして、警戒の声があがる。
嫌々で来て、その分戦意も低かった前回の少女たちとは違い、その少女たちを追ってきた者であるためか、今回の少年たちは殺意もある。
コアに弾かれても、女子のようにはへたり込んだりはせず、姿勢をたてなおす間にも次の二人が斬りかかってくる。
ざっと、コアは男子六名、女子四名であると見た。
残りは男子九名、女子一名。
やはり最初の女子十名は、はなから捨て駒であったのだと、コアも判断せざるをえなかった。
彼の倫理観からして、そのような戦法は受け入れにくいことではあるのだが、……何より、戦うすべを簡単に与えられただけの子どもを虐殺するような国であると思われていることが、彼には受け入れがたい。
前に出ながらもう一度突き飛ばし、三組目を相手取るその間に、できた隙間からレオンシオも前に出る。
「ケンタウロス?!」
「いや、馬じゃない!」
彼らの姿にまた悲鳴のような怒号のような声があがる。
「女子、援護!」
その中で指示が出され、立ち尽していた一人が慌てて呪文を唱え始めた。
「俺が出る!」
最初に斬りかかったうちの一人が叫ぶなり、同じように、しかし短い呪文を唱えた。
「……様子が」
終わった瞬間、その男子の様子がもだえ苦しむようなものになり、吼える声とともにその少年が武器を振り回しはじめた。
その手にあるのは大剣、幅広の、はじめから両手で使うための長さと重さのものを、片手で。
仲間たちはその勢いに、慌てて必死で後ろに下がり、当たらないようにしている。
……そう、振り回しているとはいえ、少年のその動きはめちゃくちゃで、いっそ苦し紛れの動きのときに、剣をもっているだけという有様。
相対するコアに、風音も激しく叩きつけられた体験は、鉄製のトライデントの柄を歪ませた。
折れることはなかったにせよ、まともに持つこともできないレベルの損傷。
「……はっ、人間の腕力ではないな」
手がしびれかけた、とコアはわざと口元を意地悪くゆがませて、件の少年に笑いかけたが、……彼はすぐ、異常に気付いた。
少年の目は彼に向けられているようで、焦点はあっていない。
「うあ、あ、ああああああ!」
正気ではない。
そしてコアが彼にかかりきりになっている間を狙ったものか、レオンシオの方へと残りの五人がかかっていく。
少女たちは魔法を練っているらしく、呪文を唱える声が人数分重なる。
「きゃああああ!」
それが悲鳴で途切れた。
「抑えます」
「了解した」
「頼む!」
ウツギの髪が伸び、少女たちを、少年たちをからめとっていく。
それはコアの目の前、錯乱したような少年にもおよび、少年はうめき声をあげ、暴れながら芋虫のようになっていく。
「お前、あそこで唸ってたやつじゃないか」
コアの肩にのってくるなり、タヌキがそんな声をあげた。
「あ、あ、あ」
しかし声をかけられた少年は、そのことをすら理解できていない。
むしろその刺激に、タヌキの方にターゲットをうつし、無理にでもそちらを。
「お前、悪いモンくわされたんだなぁ」
「タヌキ様、御下がりを」
「いや、こいつは俺が引き受ける。レオンシオの方を頼む」
その肩からひょいとタヌキが飛び上がる。
「つれぇだろ? 冷やしてやるからな」
べちょり。
着地した巨大スライムはその中に少年を呑んでいた。
「公彦!」
「やめて!」
するりするりとウツギの髪が解かれ、少年の体だけがスライムの中に残るのに、悲鳴が上がる。
そう、スライムというものをゲーム知識なりファンタジー知識なりで多少でも知っていれば当然の反応だろう。
スライムに全身を包まれたら、もう逃げられない。
それが身体を強化されたベテラン戦士であっても、粘性のある水はその重さでもって動けば動くほどに体力を奪っていく。
ましてやその水は生きていて、体力を奪われながらでもと泳いで脱出することも、動くことで阻まれてしまう。
そうして……ゆっくりゆっくりと、溶かされ食われていく。
「まぁ落ち着けよ。また熱だしてんなぁ……かわいそうに」
だが、その当事者であるはずの少年は聞き覚えのある声と、まだ覚えていた冷感ゲルのような感触に、すでに抵抗を止めていた。
すり減った理性の、最後の働きだった。
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