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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
生贄勇者編
70/147

鳥を見た 6

 タヌキはぴたりと天井に貼りついた。

限られた光量ではそこまでは届かないだろう。

鍵を開ける音がして、蝋燭を灯した手燭とともに誰かが入ってきた。

手燭の反対側には、紙束のようなものやペンを思わせる短い棒も持っている。

ほのかな光を持つ水晶玉にその人物……この本堂ではよく見る、切りっぱなしの髪に白い長衣といった外見の男は、水晶玉を置いてある机の上に荷物を広げたあと、その前の椅子に座り、左手を水晶玉にあてた。

右手にはやはり筆記具であるらしい棒を手にして、紙の束を広げている。

何もタヌキには聞こえないが、蝋燭の灯りの下で何か書きものをしているようだ。

くそぅ、文字習っときゃよかったな、などと声に出さずにタヌキは嘆いた。


 男は用紙を変え、左手で何度か指先で水晶玉を叩く。

そしてまた何かを書いている。

この水晶玉がなんらかの受信機であり、左手の動作が操作であるらしい。

男は何枚かを文字で埋めると、また荷物を纏めて出て行った。


 足音が聞こえなくなってから、タヌキは天井から降りた。

触腕をするすると伸ばし、水晶玉の表面に触れると


「うお」


 触れたところから振動として、音、いや声が聞こえた。

淡々とした声で、今日あったことを告げる声は、魔王の城にいる少女のうち一人に違いない。

冷静であろうとしているのだろうが、声からは緊張が伝わってくる。

見つからないように、仲間からも隠れてこういうことを伝達しているはずだ。

もう他にこういったものを持っている子はいなかったし……そんなことを考えながら、タヌキは水晶玉の音を聞いた。

そうしながらも、鍵を解除さえできれば水晶玉持ち出せるな、とタヌキは算段をたてる。


 ひととおりの報告が終わると、一言少女は「たすけて、こわい」としめくくった。

音が終わったかと思うと、少し間をあけて最初から報告がはじまった。

リピートだ。

水晶玉は幾つもある。

それぞれ別の報告なのだろうか。

さっき男がしたように、水晶玉の表面をスライムが叩く。

同じ声が別の事をしゃべりだす。

どうやら報告を録音して貯めておき、そのたびごとにひとくくりにして繰り返すらしい。

この水晶はあの女子高生のもの。

触れることで再生が始まり、叩くことで前の報告に移れる。

振動を音として聞くことになるので、外に音声が漏れることは無い。


 持ち出すなら、この水晶玉はやめておこう。

今使っているようなものは、なくなるとわかりやすい。

となれば……。うねうねと粘液めいた、不定形の触腕は部屋の棚を探る。

すぐとりだせるものは使用中とか、それに近い状態だろうと見当をつけて、タヌキは次々と触れていく。

さすがに今使っていないようなものは、電源的な何かが動いていないらしかったが、それでも軽くたたけば「入った」。

手に伝わるのは、女子高生のものとは違う、必死な声。

―――本当なんだ。魔王がおかしな獣を呼び出して。

―――あと一歩だった、あんなの聞いてない。

―――あんな馬鹿なことがあるはずが。

―――どうしてこうなったんだ!これは封印行だろ?

―――魔王に俺たちは勝てるはずだっただろ?

今までの水晶玉の性質からして、これは最後に録音された一区切り。

声は……タヌキ自身も今の今まですっかり忘れてしまっていたが、あの最初の『魔王』との邂逅の折、彼らの前から逃げ出した『勇者』御一行様のようだった。

叫ぶような弁明の内容に心当たりがありすぎるタヌキは苦笑してしまったのだが、その口の端が引きつる。

録音は、断末魔で終わっていた。


「……そか」


 タヌキだって、逃げ帰った『勇者』役のニンゲンたちがどうなるかなんて、それなりに感づいていた。

二番目に会った連中の中に、逃げることはできないといっていた者がいたし、ウツギの挑発にも反応していた。

だからあれは、正真正銘の弁明、命乞いだった。

とはいえ、それであの『勇者』たちを憐れんではいけない。

それは今までの『魔王』側の犠牲者の上に確立されてしまった『封印行』を肯定することだ。

そう、タヌキは思う。

内容に落ち込みながらも、持ち帰るのはこれにしようと決めた。

上に埃が積もっていたし、奥の奥にあった。

たぶんこれはもう使用済み扱いなのだろう。


 場所を覚えておくと、タヌキは他の水晶玉にも手を出した。

ほんのりと光っているものに、ぴたりぴたりと触腕を当てて中身を確かめつつ、情報収集をすすめていく。

音声による報告は少なくともこの地では、あるいはこの組織においては一般的なものらしい。

ウツギも似たようなことはできるが、リアルタイムでの受信、かつ術者がそれを行使している間だけ聞くことができる。

ある意味でその術に専従しなくてはならないが、これは水晶玉という器に、それも何回分もため込んで置ける上に、必要に応じて再生できる。

これを持ち帰れば技術革新がおきるだろう。

分析はタヌキにはできないが、そこは「よきにはからえ」ができる仲間たちに任せてしまうことにしよう。

そんなことを考えながら聞き流していた水晶玉たちのひとつから、聞き覚えのある声がした。


「おや」


 その声は、声の主が今いる場所を告げて、援助を求めている。

上位五貴族のエドマンドら四人。

ユーニスはおそらくナイセル家と同じ場所に逃げたからか、合流はしていないらしく、逆にナイセル家とのつなぎを依頼するための言葉が流れてきた。

四辺境伯領の住人と違って、中央部の者たちは見目がニンゲンに近い。

だがそれでも人目を避けて人里離れた場所に逃げたか、暮らしの不満を訴えている。


「ぜってぇ戻らせねぇからな……」


 そう小さくひとりごとして、タヌキは水晶玉の言う地名らしいものをおぼえた。

「そこにいる」とわかっているのが大事なのは、狩りでも攻略でも同じことだ。

これをもって情報収集に一旦区切りをつけ、タヌキは別の部屋を調べるために出て行った。

読んでいただきありがとうございます。

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