鳥を見た 5
宗教はオペレーティングシステムである、という考え方がある。
同一の思考を広めれば、考え方の方向性や考え方そのものを共有しやすくなる。
それをパソコンにおけるOSにたとえるのは、やや不謹慎かもしれないが有効なたとえだろう。
表計算ソフトだろうと、ワープロソフトだろうと、それを管理・操作補助し、ハードウェアに仲介するのはOSなので。
閑話休題。
つまりこの高い演台にたつ女は、この宗教施設におけるトップの位置にあるのだろうとタヌキは判断した。
この宗教はこの世界でどれほどの範囲まで、そしてどれほど強い影響力を有しているかはわからない。
だが異世界の人間とはいえ、子どもをああいう姿にして苦しめておいてもまだ許されるということを疑いもしていない、いやむしろ何が悪いというような平然とした態度を見る限り、この『OS』は相当強いようだ。
異教徒だと倫理的には問題ねぇって扱いなんだろか? そんなことまでタヌキは考える。
厳しい環境下だと宗教は強いらしいし、排他的になりやすいらしいからと。
そのほか、この街の政治の事も話しているので、この宗教のエライヒトが、街の政治でもエライヒトであるのは間違いないだろう、とも。
街の政治状況を知るならここで話し合っていることを聞くのは有用だが、タヌキにはもうひとつ調べてみたいことがあった。
『魔王』たち、……魔王、四天王、侍従と配下たちを演じるものたちを討伐して封印する、もとい、殺すのはこの世界における儀式らしい。
では、その完遂を『世界』はどうやって知るのか。
今までの『魔王』たちの歴史で、主だった役名つきだけで八十一人。
巻き込まれた兵士、一般人だってたくさんいるが、一旦置いておく。
極端な話、口裏をあわせれば、中の一人二人くらいは逃れることもできたのでは?と考えたのだ。
たしかに上位五貴族とその配下の目はあったとして、すべてを監視することはできまい。
だが、タヌキはあれだけ城の文官たち、メイドたち、兵士たち、下働きのものたちに入り混じって親しくなったのに、逃げのびただの、もしかしたらといううわさ話すら聞かななかった。
よくある歴史のIFは、噂ですらまったく存在しなかった。
宗教の熱狂が、皆殺しを決行させたとも思えるが、その様子を同行者が見届けるだけで、成功の報告に成るのか?と。
そこに女学生たちが持ち込んだ、通信機のようなもの。
どれくらいのタイムラグがあるかはわからないが、生き物や使い魔を利用せず、距離を問題にしないような通信がニンゲン側にあると、確信を持たせた。
それを使える……女学生からの通信を傍受できるような施設があるはず。
タヌキは本堂のその空間から出て、そちらにターゲットを移した。
幸い主だったニンゲンはこの空間にいる上、治安がいいためか哨戒のニンゲンも少ない。
念のために天井を伝いながら、タヌキは近いところから部屋の中を調べていった。
電灯とは違って、火の明かりは楽に点けたり消したりはできない。
必要、あるいは重要な場所であれば、灯りを欠かすことは無いはずだと、灯りのある部屋から片端から入ることにした。
ひとつめは衛兵の詰め所。
だが一人しかおらず、居眠りをしている。
タヌキが上から落っこちれば、それだけで無力化できるだろう。
ふたつめは倉庫らしい部屋で、部屋いっぱいに箱が置いてある。
中身は布のようで、蓋が開いた箱からきらきらしい布がこぼれている。
衣裳部屋かもしれない。
みっつめは、こちらも倉庫のようだが、部屋いっぱいに棚が据え付けられているらしく、部屋全体を見通すことができない。
迷路のような棚にいっぱいに道具のようなものが並んでいるようだ。
だが、その用途は形から推測してもタヌキにはわからない。
よっつめは、ランプやら松明、それらに使う燃料などの照明用の品々が、地球でいうところのフレーム棚に載せられている。
「……うーん」
今までの部屋を頭の中に並べて、タヌキスライムは天井で考える。
なんとなく、それに近いものが、あるようなないような。
いつつめ、大きなものや小さなものなど、さまざまな鏡がある部屋。
中央のテーブルには小瓶や小さな菓子鉢を思わせるようなものが並んでいる。
白粉やら香水やららしいニオイがするから、容器には化粧品が入っているのだろう。
「あー……これ、楽屋だぁ」
化粧品のあたりで、タヌキはその部屋が楽屋と判断した。
となれば、衣裳部屋、小道具、大道具、楽屋、それから警備員室といったところか。
まるで劇場。
寺の本堂と考えたのも、あながち間違いともいえないだろう。
寺でも本堂に生活感の在る部屋は無い。
生活感は、あの木造の宿舎や石造りの病院に全部置いてあるのだろう。
ただし、寺の本堂ならば仏像が、神社でも本殿には御神体が主体だ。
あまりタヌキは教会を知らないけれど、あちらにだって大きな十字架とキリスト像やマリア像があるというのは知っている。
だがこの『本堂』には主体が……大きなシンボルになるものが見当たらなかった。
少なくとも、タヌキが見てもそれとわかるものが。
もしかしたら偶像崇拝を禁じるような宗教なのかもしれない。
あるのはそこここに、花の意匠ばかり。
そういえば遠目にではあったけれど、同じような花がさっき演台に立っていた女が着ていたヴェールやケープの模様になっていたような気がする。
この花が、この宗教のシンボルなのかもしれない。
上下に引き延ばした8の字を、三つ重ねたような六弁の花。
意匠化されたそれは決して写実的ではない。
描きやすさを考えたら、本当に8の字を三つ重ねているのかもしれない。
この花を持つような神様って、どんなんだ?
そう思いながら、タヌキはさらに別の部屋を探した。
むっつめは二階の部屋。
こちらも警備室で、一人の兵士が暇そうにしている。
ななつめ。
灯りは点いていない。だが鍵をかけられている部屋。
今必要じゃない、だけど重要な部屋だということを、その鍵が教えている。
タヌキはしばし考えたあと、ドアの隙間から入り込んでいった。
鍵があるから、中は無人で無灯なのも当然だと思っていたのだけれど、ほんのりと灯りになるものがある。
大きな水晶玉がいくつかと、
「……テレビ?」
壁に立てかけられた、大きな額縁、の形をしたもの。
そういえば、あの女子たちが持たされていたものにも、ガラス玉のようなものが付けられていた気がする。
仮称:額縁の正面にならないように注意しながら、タヌキはスライムの身体をさらに薄く、あるいは細くして、水晶玉に近寄ってみた。
タヌキには魔法がよくわからないが、ひとまず触っても大丈夫そうだった。
帰り際にここから一個攫っていってウツギかマカールに預けるかと、タヌキは一旦部屋から出ようとしたが、ドアの向こうに気配を感じて、天井へと引っ込んだ。
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