鳥を見た 4
食堂の天井に移って全体を見回したタヌキスライムはあることに気づいた。
ここにいるのは男ばかりだ。
女性の姿は、奥の厨にもない。
それと少し前まで平屋の建物でうめいていた少年たちが、この中にまざっているのと、彼ら以外の男性の姿。
この建物には、あわせて十五人の少年たち以外にもこの地域のニンゲンもいるらしかった。
タヌキは音を立てないようにしながら食堂を出た。
考えた通りなら、この建物にはもうひとつ食堂があるし、たぶんではあるが一つの建物を通れない壁で仕切っている可能性がある。
なので、さらに窓を使って外に出て、壁沿いにぐるりと回る。
少し進むと、耳(スライムとしては感覚なのだろうが)に、少女の声が届く。
にょろにょろと染み入るように、声が聞こえてきた窓からタヌキは忍び込んだ。
そのまま慎重に天井まで登って、下を見る。
ここもまた食堂で、今度は女ばかりだ。
こちらは女性棟であるようだ。
そして全体の人数もやや少ないように見えた。
その中でも東アジア系、あるいは日本人に見える少女を探し、タヌキはその直上へと移動した。
いち、に、さん、し、ご。五人。
地球からさらってこられた女子は十五人。
十五から十を引けば、残りは五。計算は合う。
年頃も高校生くらい。
どうやら彼女たちは食欲が無いらしく、夕食もほそぼそと食べているだけ。
口数も少ない。この年の少女たちだというのに。
なにより少女たちの暗い様子が気にかかった。
そういえば少年たちもあまり……そう、空元気のようにも見えたことを思い出した。
会話からはあまり情報は得られそうにない。
ひとまず男女二十人見つけることができた、また寝込んでいた少年たちの経過も気になるしということで、男性棟へ戻ることにした。
こちらに無事で友人たちが保護されているという情報を聞かせれば、落ち込んでいる少女たちには朗報になるだろうが、突然出てきたタヌキを信用できるはずもないだろう。
男性側の食堂に戻ると、そろそろこちらも食事が終わったころらしく、席を立つ姿がある。
その中でもやはりあの少年たちは食欲が無いらしく、皿の上にわずかな量を載せているか、少年によってはテーブルにあるのはコップだけ。
それもちびちびと飲んでいる様子。
天井から見ているタヌキはその姿をじっくりと観察していたが、彼らが同級生だろう少年たちに遅れて部屋に引き上げるのに合せてついていった。
彼らは大部屋の片隅で水と布で汗をぬぐうと、蚕棚を思わせる、間隔は置きつつも部屋いっぱいに並べられたベッドにさっさと入ってしまった。
やはり日が昇る前から日が暮れるまでを活動時間と定められているらしい。
遅れて入った少年たちが横になるころには、すでに他のベッドからは寝息も聞こえている。
タヌキは専門家ではないため、少年たちを見ただけでは異常はわからない。
げっそりした様子を見て覚え、彼らが眠り込むと、宿舎の外に出ることにした。
タヌキの目論見通り、誰も侵入者には気づいてはおらず、静かな夜の中へと抜け出すことができた。
壁をのぼりながら見てみたが、街灯のたぐいも見当たらず、街全体が夜の中に沈んでいる。
酒場のようなものも、見える範囲には無いようだ。
……不自然なくらい、行儀がいい。
一応、出歩くものはあるらしく、ちらちらとカンテラらしい灯りが移動しているのは見えた。
何個もあるそれは、帰宅するものか、しかしどこかに入る様子もなく動き続けていることから夜間の警備兵か。
ふむ、と宿舎の屋根でタヌキスライムは首?を傾げた。
彼の出身は温泉もある街だ。
大繁栄とまではいわないが、寂れ切っているわけでもなく、歓楽街もある。
ニンゲンの繁栄と『夜』は切っても切り離せないものだろうと、タヌキは考えている。
だがその気配のない不自然さに首をひねったのだ。
そういうことって、アリ?と。
ある意味治安はいいといえるかもしれないが。
タヌキスライムは頭?をひとつ振って、彼の思う所の『寺』の『本堂』へと向き直った。
そちらはといえば、宿舎が真っ暗なのとは正反対。
建物内から明かりが漏れているのに加え、外側にも松明を掲げている。
周囲が暗い文、小さな明かりひとつでも目立つものだが、わざわざ外側にもというのは
「ライトアップみてぇ」
タヌキの正直な感想は、故郷の中心部の『お城』を照らす灯りを思い出したゆえだった。
ここが寺……宗教施設であるというなら、光が照らしている方が神々しいだろう。
視覚効果というやつだ。
ついでに宿舎の方は少年たちがベッドに入ったとたん、鎧戸まで閉められていたから、彼らが自分たちに与えられていない灯りに気づくことは無いだろう。
にょろにょろとタヌキは壁を降り、影を伝うようにして本堂の中へと入ってみた。
外側や高層にはあまりひとけはないが、本堂の中央部には幾人ものニンゲンが集まって歌をうたっている。
美しい歌声だが、歌詞の無い、らららとか、あーあーとかメロディを歌っているものだ。
タヌキはそっと屋内の灯り、ランプの火影に身を隠し、何をやっているかを観察した。
収束するように歌が終わる。
白い衣の女が一人、集団の前に空けられている、一段高い所に進み出た。
ごくシンプルな白いドレスに、白い布を被っている。
だがドレスの表面はきらきらと灯りに輝き、被っている布もこのランプだけの灯りでも、向こうが透けて見える、いわゆる模様入りのレースのヴェールであるとわかる。
前に進み出た彼女の肩に掛けられたケープはグラデーションで桃色から白へと移るものだが、透けている上に白いドレスに着せかけられると模様が見えた。
これも細やかなレースでできている。
昼のうちに、文化レベルを探っていたタヌキは、見える所だけでも前に出た女の衣服に金がかかっているのがわかった。
シンプルだからこそ、素材に金をかけているタイプだ、と。
「みなさん」
女が口を開くと、それだけで場が鎮まり、一種の緊張が満ちた。
「女神さまの加護と祝福により、彼らの成長は著しいものとなっています。数日のうちに、彼らはさらにたくましくなることでしょう」
場が一気に盛り上がる。
「先走ってしまった方々は気の毒でしたが……。おそらく、彼らがその無念を晴らしてくれるものと信じます」
なんかヤだな、とタヌキは思った。
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