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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
生贄勇者編
60/147

三度目の『勇者』 2

「あーなるほどな。そりゃあ大変だったなぁ」


 うんうんとうなずきを返すのも十人目。

現在魔王城では、迎え入れた少女たちを捕虜として城の一角に軟禁する、というかたちで保護していた。

最初の聞き取りの際に発見された『盗聴器』はきちんと封をできる箱の中に入れられたうえで、有識者によって研究されている。

他の少女にも持たされていた者はいたが、そろいもそろって後衛というあたり、少しでも情報を得ようとしている。

ただそれ自体は、ウツギによれば「壊れてもいい安物」とのこと。

やはり彼女たちは全滅前提なのだと、その事実に教えられて『魔王』は暗澹たる気分になった。

そしてまたタヌキによる聞き取りが、その気分を重くする。

『魔王』は聞き取り調査の間、部屋の片隅の椅子に座り、聞いたことを書き取るようにしていた。

少女たちからすれば、そんな場所にいる『魔王』を倒すべきと設定された相手とは認識できなかっただろう。


 タヌキと同じ世界のニンゲン。

戦うことも無く育ってきた者たち。

『魔王』の私室でタヌキが教えてくれた言葉によれば、基礎以上の学力を与えられている年齢で、「人材」となるべく育てられている段階の子どもたちなのだという。

『魔王』からしてみれば夢のような環境を、その世界の、特にタヌキが暮らしていた地方、国では誰もが与えられていたのだと。

この国にも、私塾のようなものはある。

だがそこで学べる知識、そして蔵書などは、先生となる者の才覚によって違う。

魔王城にあるような図書室は、この国最大の町である城下町にも無い。

もしかしたらナイセル領には図書館や大規模な私塾はあるかもしれないが、たいていの子どもにとって、教育は近所の老人による手習いが限界だ。

『魔王』は自分の学習環境は恵まれていたことを知っている。

そこから見れば、コーコーセーという彼女たちの身分は、破格の超高度人材の集団。

それを攫ってきて、使い捨てにしてしまう、この世界のニンゲン……。

『魔王』はその非道さとともに、ニンゲンの思考にややおそれを抱いた。


「よしよし。今すぐ帰る道はわかんねぇんだ。だけどここは、そういうことさせねぇからな。安心してくれ。部屋に戻っても大丈夫だぞ」


 この終わりのタヌキの台詞も十回目。

そして十人目となった少女は、他の少女たちが住まわされている部屋へと付き添いとともに戻って行った。

贅沢はできないが、焼き菓子などを持たせて帰している。


□□□


「間近で見てみて、どうだった?」


 食堂で白湯の入った器を手にしながら、『魔王』はタヌキの問いかけに考えた。


「そう、ですね」


 言葉を探す彼を、タヌキはじっと見ている。


「嘘をついているようには見えませんでした。彼女たちは密偵のようなものですらないと、思います」

「うんうん」

「その上で、彼女たちはそもそも争い事には向いていません。彼女たちを本当に使いたいというなら、ここに送り込むなど愚の骨頂ですね」


 この会話は、『魔王』の私室ではなく、食堂のたくさんあるテーブルのひとつでの会話だ。

この場にいる者ならば、誰でも聞ける。

現に兵たちが、自分たちも白湯や粉茶などの器を手にしながら、大っぴらにそれを聞いている。


「数字、文書管理、そういった人手を必要とする仕事が無いわけがないんです。なのにあまりにも易々と使い潰す。これは正直不可解すぎて」


 いわばこれは『魔王』のコーコーセーたちに対する態度の所信表明のようなもの。

それは『魔王』も承知の上。


「うん、そうだな。俺にもそう見える。男も一緒に攫われてきたって話なのにな」


 と、同時にこれはあの捕虜たちが今までの『勇者』たちとは違うのだと印象付けるものでもある。

うかつに近づいて……恨みを晴らそうとするものが出ないようにするための。


「あの魔法陣ですが、どうやら十人がむこうの技術限界のようですね。男女十五人ずつというなら、敵地に残っているのは男十五人、女が五人ですが」

「逆に男十人組とかありそうだよな。なんてか……」


 あ、と小さな声がそこここであがった。

もしかして、と思うものが、その声の数だけいたということだ。


「敵討ちのマッチポンプ、じゃね?」


 タヌキの言い方はわからないだろう。マッチもポンプも無いのだから。

だが「敵討ち」という言葉で、ニュアンスそのものは伝わる。

二度目の『勇者』たちの半数は死亡して、もう半数は戦闘不能状態で送り返された。

城の兵たちもその数までは知らずとも、クアドラド領での戦いの話は、おおまかに知っている。

今代の『魔王』との戦いに臨めば、今までのように易々とその首がとれるわけではなく、返り討ちにされることもある……いや、今までの隊が勝てなかったことを考えれば「少女たちは捨て駒、それを使って残りの怒りを煽る」ということはありえると兵たちも考えたのだろう。

仲間を傷つけられて怒らないものはない、その上で少女たち自身もまるで助けられるとは思っていなかったような態度だった。

もしこの推測があたっているなら、次か、またその次で怒りに燃えた少年たちが現れるだろう。

そうなってしまえば、少女たちを取り押さえた今回のようにはいかないかもしれない。

ムームーとタヌキが口吻をさらにとがらせ、腕を組んで考え込む。


「取り押さえる手順とか、考えなきゃなんねぇなぁ」


 別世界からのニンゲンは、ひとまず取り押さえる。殺さない。

その方針をこうやって「公言」する形で周知する。

荒事に当たる可能性のあるものは、四辺境伯家の兵に限らない。

少しでも事故の起きる可能性は減らさなくてはならない……。

読んでいただきありがとうございます。


所信表明、大事。

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