後始末と、この先の計画 2
『城内に、国外へと出入りできる魔法陣がある」。
だからといって、そしてそこからの逃亡者がでたからといって、すぐそれを使うわけにはいかないというのは当然の話だ。
向こう側は当然、人間の国。
まして上位五貴族が逃れた直後なら、見張りを立てることや、物理的に潰すことも十分あり得るだろう。
ゆえに、魔王側の者たちがまずした処置は、魔法陣の解析と解読だった。
『魔法陣』とはこの世界において、呪文による魔力の形状指定・使用を、システム化したものである。
ヒトが技術を持っておこなうことを、機械に置き換え動力を与え……と考えるとわかりやすい。
動力としての魔力さえ与えれば、かならず一定の動き方をするもの。
ただしその性質上、働きも場所も固定される。
転移の魔法陣でいえば、転移先をミスすることなく、一定の人数が確実に送れる。
その代わり、別の転移先を選ぶことはできず、その魔法陣を動かすことはできない。
ヒトが呪文の形で行使するなら、メリットデメリットが逆になることを考えると、メリットの方が大きいという判断になるだろう。
属人性が高い能力は、イコールその人物の力量がものをいう。
えてして、ヒトの技能レベルを高い方に揃えることは難しいものだ。
「どういう術式を使っているかがわかれば、応用自体はやりやすいんです」
つまり、と『魔王』はこの魔法陣という技術の無い世界の住人であるタヌキに説明した。
タヌキのほうはといえば、目を白黒させながらもなんとかうなずいている。
「本当は比較研究のために、いくつかを並行して調べることができればいいのですが」
「壊しちまったもんなぁ」
『魔王』とタヌキは顔を見合わせあって、へにゃりと力なく笑った。
兵舎地下の魔法陣をはじめとした城内の九十五年前の遺物たちは、兵たちの尽力で、発見次第壊された。
四辺境伯家の領地にあったものも、領の留守居役たちは片付けてくれている。
これは下位五貴族の領地においても同じく。
上位五貴族の領地は調べ切れていないのだが、『封印行』とは、人間による虐殺であり、施設などの破壊を伴うものであることを考えれば、自領に置くはずはない……というのが大半の考えであった。
隠された魔法陣は、城内の奥まった場所、そして人間と内通していればこそ『勇者』の転送がわかるから避けられる……。
そんな理由があったのだろうと。
内通以外の同じ理由で、例のまだ壊れていない魔法陣は研究のため残されている。
『勇者』転送の危険性も織り込み済みゆえに、文官たちは部屋に近づけないようにし、出没すればすぐ対処できるように。
「じゃあ、攻め込むのはとか偵察とかは、それを解読できるまではお預けかー」
「そうなりますね」
「んー……前と同じで、『魔王』一人だけなら俺が乗せて飛べなくもないんだよなぁ。船できてたって話なら、飛んできゃそれほどはかかんねぇし、海の上の休憩をどうするかだけなんだよなぁ」
「相手はおそらく軍になります。こちらも軍を揃えなくてはなりませんから」
「それな。相手が全体どういう規模なのかとか、俺たちなんにも知らないもんなぁ」
正味の所、数を出すだけ出して、初手で圧倒してしまうというのが正攻法ではある。
少数での戦闘での危険性がすべて潰せる時点で、やはり大軍は『正解』なのだ。
ただ、大軍を動かす上での最大の問題が、なかなか攻略できない難問であるだけで。
こてんこてんとタヌキが小首を左右にかしげる。
何かを考えているのは確かだが、国ひとつ敵に回す行動は、四体の魔獣を屠ったときのように速攻ができるはずもない。
早々に諦めてしまったらしく、タヌキは両前足を上げた。
おてあげ。
こればかりは、魔法陣研究が進むまでは、その他の準備を進めるしかない。
「上位五貴族の、一族の放逐も、もうはじまっているんです」
それぞれの領まで取り締まりの手が伸びるのはまだ先に成るが、『城下町』にある邸宅に籠った者たちは、一旦収容してから荒野へ。
どうしてと抗う者もいたが、暴力沙汰になることは徹底的にさけた行動を心掛けたことと、そして「どうしてそうなったか」の理由と当主に近い者たちが国外に逃げたことを伝えれば大人しくなったため、五貴族側に怪我人をだすことはなく、こちらの被害もひっかき傷くらいのもの。
急いで逃げ出した者もいたが、あえて追うことはしなかった。
収容される間もなく逃げ出せたということは、大半はろくに手持ちもないままだろう。
なお、理由についてはそれぞれの邸宅の、閉ざした門の前に掲示もした、と。
そうなれば戻ってきたとて、周囲の目はいかばかりか。
「なあんも関わってないってな奴らは、かわいそうだけどなぁ」
さぞや沙汰を恨んでいるだろうとはタヌキも呟いたが、五貴族の側とて恨まれている。
おそれながらと、沙汰が発表されてから「逃げのびた」者の居場所を密告が幾つもきている。
密告に対する報酬など、そも設定していないのだが、そんなものがなくても嫌いな奴を嫌な目に遭わせてやりたいというシンプルな欲求を満たせればそれが報酬に成る、ということもある。間違いなく。
こればかりは、それまでに積み重ねてきた物なのだろう。
「陛下!」
大きな音とともに、ドアが開いた。
そこにいたのは焦った表情のレオンシオ。
「ユーニスが逃げた!」
目を丸くする『魔王』とタヌキの目の前に、牢番の兵士が額づく。
「申し訳ございません……! 朝の見回りから、おそらく時を置かず」
「内通者がいたのか?」
床に頭をすりつけんばかりの牢番を『魔王』はそっと起こさせようとするが、牢番からしてみれば失態でしかなく、ますます頭を低くするばかり。
「お前のせいじゃない。あれは俺たちのミスだ」
先日のエドマンドはあえて手薄にしていたという面はあった。
しかしユーニスに関しては……
「陛下、ユーニスは牢内で転移の魔法陣を作っていた。作れるんだ。すぐナイセル領へ兵を出そう」
レオンシオの進言に『魔王』はうなずいた。
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