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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
国内平定編
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『眠らずの雪熊』 1

 亜竜とは違う、まさしく竜と呼べる存在に化けたタヌキの空飛ぶ速度ときたら、早馬でだって追いつけまいというもの。

当然、馬のように乗ることなどできず、『魔王』は荷物ともども背中に載せられて移動した。

まっすぐ北に、ちょぼちょぼと林のある荒野の中を通る道の上を飛び続け、日暮れの大分前に竜は地上に降りた。

道のわきに有る、小さな林の中だ。

その頃には、ただ載せられていただけの『魔王』の方が疲れ切っていた。


「だいじょぶか? 飛行酔いしたか?」

「……ちょっと、目が、回ったような」

「焚火の枝を拾ってくるから、休んでてくれ」


 数時間というもの飛びっぱなしであったというのに、タヌキはぴんしゃんしていて、林へと行ってしまった。

『魔王』の常識からすると、まさに魔獣だろう。

おおよそ十日分もの距離を数時間で飛んだのだから、本来なら『魔王』の疲れ方の方が当たり前なのだけれど。

彼は一息つくと、まとめてきた荷物を広げた。


 城から持ってきた品物は数えるほどしかない。

抱えるほどの大きさの、焼しめたパンがふたつに、チーズの塊。

飲み水を入れるための水筒やパンを切るためのナイフ。

火打箱、魔王の衣装としてのマントとその下に着こむ防寒着。

それから地図、というよりも道のりのためのメモ。

野営に必要なはずの天幕もない。

子どもの家出だって、もう少し荷物は多いはずだ。


「これっくらいあればいいか?」


 さっき出たばかりだったはずのタヌキが、もう前足一杯の枯れ枝を持って戻ってきた。


「ありがとうございます。じゃあ、すぐに火をおこしてご飯にしましょうか」


 食料を入れた包みを『魔王』は開く。


「すぐに持ち出せて、日持ちしそうなものはあまりなかったので、簡単ですが」


 タヌキがかき集めてきた枝を組んで、火を入れる。

ナイフでパンを切るのを、タヌキはわくわくと見ていた。

その上に、焚火で炙ったチーズを流し落とすのを見る頃には、身を乗り出さんばかりの様子。


「どうぞ」


 差し出した一片を、目をキラキラさせてタヌキが受け取る。

そのまま大きく口を開けてかぶりついた。

もぐもぐと硬いパンとチーズを咀嚼するのを横目に、『魔王』も自分のためのパンをこしらえる。

それにかぶりついた隣で、声があがった。


「うまっ! チーズうまっ! あっつあつ!」


 咀嚼しながら、魔王は思わず笑ってしまう。


「コータ様、水もありますよ」


 空っぽだったはずの水筒の中に、音を立てて水が満ちた。

水を生み出す魔法。

初歩程度の腕前だが、二人で飲む分には充分だ。

水源を探さずに済むし、重い水を持ち歩かなくてもいいのは助かる。


「ありがとな! それで、道は、今のままか?」

「はい。このまま道をずっとずっと、北へ。……このままなら、明後日にはイリイーン家の領土に入ります」

「わかった。あ、飛行酔いしそうになったら、タテガミ引っ張ってくれ。降りるから」

「はい」


 天幕は無くとも、巨大化したタヌキの腹の毛皮に埋もれれば、温かく柔らかい寝台になる。

昨日、今日。

今までの五年間、『魔王』はそれなりに国を動かし、自身も働いてきたつもりだった。

それが停滞だったと思えるほどの激動ぶりの二日間。

その疲れがふかふかの毛皮の中で、『魔王』を眠りへといざなっていく……。



 イリイーン領の境目は肌でもわかる。

今は春だというのに、急激に気温が下がり始める。

進むにつれて、それは視界でもわかってくる。

土地が緩やかに登りへと傾斜していくにしたがって、地面が白に覆われていく。

針葉樹と雪が覆う山を幾つも並べた土地こそが、イリイーン領である。

「ひゃー」

「ここは一年中、土地が雪を保たせている場所なんです」

 その頃になれば速度にも慣れて、飛びながら会話もできるようになっていた。

すでに朝には魔王としての身なりも整えてある。

もし地上から誰何の声を受ければ、すぐに降りて応えられるように。

だが早馬も超える速度には、声をかけることもできなかったのだろう。

結局、イリイーン家の城の、凍った中庭に降りるまで誰にも呼び止められることは無かった。


「こんちわー! 困った熊を退治しにきたぞ!」


□□□


 『眠らずの雪熊』の脅威を除き、北方領の安寧を得る。

それは九十五年前に初代魔王が倒れ、雪熊が現れて以来のイリイーン家の悲願だった。

封じられた土地の風土自体は彼らの体質に合うものでそのことに不満はないが、彼らの手に負えぬ雪熊がそこにいて、この九十五年というもの彼らをさいなみ続けてきた。

しかし、いきなり空からやってきた竜が、その悲願を叶えてくれるとのたまったなら、耳を疑うのも当然だろう。

その背から降りてきたのが当代の魔王でなければ、聞く耳もたずに討伐してしまうところだ。

さらにその竜は、彼らが見たことも無い小さな獣になって、偉そうに胸を張ってこういった。

『ちゃちゃっとやっつけてやるから、出没地点に連れてってくれ!』

頭痛を覚えるのも、当然の話ではなかろうか。

しかしながら当主は……三代の魔王に仕え、引退を控えた今代の当主は腹をくくった。

当代の魔王に、賭けてみようと。

もとより、次の封印行の際に散ると決めた命だ。

かくして、雪の山中に作られた城から魔王とタヌキ、そしてそれに従うように三十人ほどの魔法騎兵小隊が雪狼に乗って出発した。

ひとまず、その人数が緊急事態に動かせる、彼らの最大数だった。

読んでいただきありがとうございます。

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